企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


法のデザイン  ビフォアー・インターネット世代が読んでみた

 話題の「法のデザイン」、アフターインターネット時代を見据えた本書をビフォアー・インターネット世代が脳にこむら返しを起こしながら読んでみました。
 勤め始めたときに業務ツールとしても、生活ツールとしても電子メールやインターネット環境(携帯電話もなかった)もなく、これらの環境が整ったのは30歳を過ぎてから。物事の発想のスタート地点に「インターネット」がない世代なのに、もうアフターインターネットとは…

  幾つかのエントリで触れたと思いますが、自分の勤務先は規制や許認可の厳しい業種に属しています。その中でこれまで自社の業務で官需営業、社外業務では末席ではありましたが自治体の協議会、業界団体の会務に関わってきたことがあります。(業界団体については今も関わっていますが)規制が厳しい一方、行政とのパイプが何本もあるし、法や制度が創り出すマーケットの恩恵を受ける業種であることを身を持って体験しています。法や制度に込められた行政の意図やそれを支える仕組みをよく知ることでビジネスを拡大していくというか、法・制度はうまく使い倒すものという気持ちが今もどこかにあります。(だから、こんなことをいってはあれなのですが「法務といえば法令遵守等」には居心地の悪さを感じるのです。)しかし、ある補助金市場に食い込もうと走り回っていたときに痛感したのは、法や制度が整備される頃にはビジネスの仕組みもほぼ出来上がっているということ。法・制度の整備に「汗をかいたもの(官民問わず」が最初に利益を手にするの自明の理で、法・制度を守る、利用する側にいるだけでは、いつまでも先行者(本書の表現を借りれば法をデザインする者)に追いつきません。ビフォアー・インターネット時代においても情報格差は当然あり、インターネットがない分、もしかしたら情報を持つ者と持たない者の格差は大きかった可能性もあります。(考えつく理由は多々。ここでは触れません)
 ではインターネット時代ではどうなったかというと、公知情報の量が増えただけで格差は縮まっていないという印象です。(あくまで自分の感覚)

 企業法務担当者は自社のビジネスに関する法に通じるのが当然、であれば法や制度の整備の際にもっと関与できればよいのですが、業界団体には主に事業企画や技術部門の人間が参画しますし、その団体も顧問弁護士を置くことがあります。したがってパブコメなど事業者(団体)として意見を出すときに間接的に事業担当者から意見を求められることはあるにせよ、直接関与する機会は少ないかもしれません。そこにもどかしさを感じている人もいると思います。

 それゆえ、本書1部の「リーガル・デザイン論」は若い法務担当者の心をつかむだろうと思いました。

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汗をかく仕事  BLJ2017年4月号(2)

 今頃になって3月初めのエントリとは。

 かつて「数字は人格だ!」と叱咤していた上司がいましたが、彼がそれと同じくらいいっていたのが「汗をかいた者が成果を手に入れろ」ということ。一つの仕事をとるために様々なアプローチで攻めるのはどの業界も似たようなものだと思いますが、ライバル事業者だけでなく身内の部門ともなぜか争うことがある、そんなときに上司が「誰がこの仕事のために一番汗をかいた?」と突っ込み、整理するのでした。
 BLJ4月号「独禁法の道標」にいわゆる「汗かき談合」が取り上げられていたので思い出したのでした。
 
 公共工事(特にインフラ系)の仕事獲得に取り組むとなると、基本計画、基本設計、実施設計、積算、入札とプロセスを踏むのですが、数年がかりになります。その間、行政機関、コンサルタントに何回もアプローチを行い、技術面の提案、図面の作成などすぐに売上にはならない仕事を繰り返します。その末の工事発注が競争入札によるものですから、最後の刈り取りのために法の領域を侵さざるをえないと考えることになりますし、同業者もライバルとはいえ仕事については共通の理解があるので、まあなんというか記事のようなことになります。汗をかいた者が仕事をとる、汗をかかない者の横取りは許さない。そういうこと。以前「道標」で取り上げたメーカー系列維持管理業者と非系列維持管理業者を巡る不公平な取引についても根っこのところはこの精神です。
 当の担当者は自らの仕事を「必要悪」であるといっていたので、罪悪感があるかはわかりませんが法に抵触していることは承知しているのです。

 自社の場合はかなり早い時期に過分にヒステリックにこの世界に関わりのある事業を取り潰したのですが、副作用というものも当然あります。大きいのは人の問題。「談合」の一点を除けば、公共工事に関わる担当者の営業は人脈構築力、情報収集力、行動力を求められるもので決して「なあなあ」で仕事をしているわけではないのです(中には典型的な寝技師のような者もいますが)。だから担当業務を変えたとしても支障がない場合があります。
 事業は潰しても人まで潰す必要はないわけで、このあたりが企業や法務、コンプラ担当部門の柔軟性を求められるところかなと思います。

 ではでは。




 

萎むな、萎ませるな ビジネス法務2017年4月号(続)

 引き続きビジ法2017年4月号から。
 特集2は「グレーゾーンを克服するビジネス著作権」
日常業務では関わりが少なかったのですが、現場からの問い合わせが徐々に増えてきていますので、気合を入れ直さないと、と思っていたところ(気合だけでどうにかなるものではありませんが)。

 特集は福井健策弁護士の「なぜ『なぜグレーゾーンの克服』か?ーゼロリスク幻想からの脱却を」で幕を開け、骨董通り法律事務所の北澤弁護士、ヤフーの今子氏、中嶋弁護士の記事が続きます。

 福井弁護士はダメだししかしない法務担当者にきつい一発をお見舞いしています。
 Google社と最近ずっこけた日本のキュレーション・メディアを比較、前者をリスクをビジネスコストに読み込み収支予測を立てた先行企業、後者を収支予測を立てなかった「乱暴なだけの後発企業」とし、Google社がグレーゾーンを走り抜くことができたのは、収支に関する鋭敏な感覚を持ち合わせていたという。もっともこれは著作権に限らず、他の法令についても同じことがいえると思います。(景表法などは課徴金の算定方法が明らかになっていますから収支予測できるはず?)
 先行者のいないグレーゾーンを進むことはある種冒険のようなものと思います。未踏の峰を攻める登山家もアマゾンの奥地を行く探検家も出たとこ勝負ではなく入念な準備を行います。ビジネスにおいても同じではないかと思います。登山においての成功が山頂制覇ではなく麓のキャンプまでの生還であるなら、ビジネスにおいては第三者から請求を受けない、課徴金を食らわない、評判を毀損させないということになりますか。それこそ法務担当者の頭の使いどころ、ですね。

 ところで福井弁護士、「東京人3月号 特集これはパロディではない」にも「日本のパロディ文化は阿吽の呼吸で守られている」を寄稿されています。この雑誌に法律家が登場するのは非常に珍しいのですが、こちらでも「著作権を知って、日本のパロディ文化を萎ませない」「炎上を恐れてパロディ精神を萎縮させるのはもったいない」と「萎縮」をキーワードとされているように思いました。

 「萎むな、萎ませるな、ビジネス著作権」という特集タイトルの方が良かったかもしれませんね。










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