企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


拾い読み Business Law Journal 2016年11月号 (1)

 拾い読み、です。 
BLJ11月号とジュリスト10月号は特集のテーマや執筆者(対談者含む)が重なっており、ひょっとして法曹界にもメディア戦略があるのかも、と勝手に思っています。あるのかな。

 メインの「日本版司法取引」はいったん横に置いて、まず不定期連載の「不祥事の解剖学」。
今回は東洋ゴム工業子会社の不祥事がテーマです。
 子会社の不祥事がテーマになるたび、「傍流(非主流)事業」云々が必ずといって書かれるのですが、
傍流事業>分社>売却>再び傍流事業という道を辿っている企業にいる身としては、読むたびにおろし金を肌に当てられているような気分になります。
 東洋ゴム工業子会社の件のようにメディアに大々的に取り上げられたものではありませんが、サプライヤーが不祥事を起こしたことがありました。やはり当該事業がその企業内で傍流かつ不採算事業でした。
その企業への対応は粛々と進めましたが、なんともやりきれない気持ちになりました。
 本文中の【事件発生のメカニズム】【長期にわたり不正が発覚しなかった事情】【考察】と読み進めると、不謹慎ではありますがさながら『傍流(非主流)事業あるある』、胃のあたりが重くなります。
 
 上場企業やそれに準ずる企業では、不正防止のためのシステムは当然構築されていると思いますが、そのシステムを運用するのは生身の人間です。本記事でも指摘されていますが、傍流(非主流)事業(子会社)は慢性的な人材不足とそれによるローテーション不全に悩まされています。
 では本社(親会社)から人材を派遣するかという点ですが、傍流事業にエース・準エース級の人材を張るか、モノ、カネを投資するかとなると簡単な話ではないでしょう。検討の行く先に廃業か売却型M&Aが浮上するのは当然のことでしょう。理想は自社の傍流事業を「主力事業」や「新規事業」とする企業への譲渡や売却でしょうけれど、都合の良い話が転がっている業界ばかりではありませんし、まして不祥事を起こしてからでは買い手はつきにくいものです。ではやはり廃業ですかね?
ビジネス環境の変化の激しい時代、今日の主流事業が明日の不採算事業に転落しても不思議ではありません。その都度、売却・廃業を検討・実施するわけにもいかないでしょう。
だから日頃の企業ガバナンス、コンプライアンスが重要なんですよ、と安易に結論づけたくはありませんが。

 ところで本記事中、結びの段落
結局のところ、日本企業の再発防止対策のメニューは、マスコミ関係者に受け入れられやすい対策を列挙しただけで、本当にそれが「正しい治療策」なのかどうかという掘り下げた検討を怠っているのではないだろうか
 昨今の第三者委員会の乱立とそれらの一部の委員会による疑問符のつきそうな報告書公表を念頭に入れての一文だと思いますが、「マスコミ関係者に受け入れられやすい」については企業だけでなく監督官庁も当てはまる、というのがかつてリコール会見に関わった者としての実感です。

 

 

 

Everything's Beautiful 25年目の再構築盤

 本日は音楽ネタです。

 モダンジャズの帝王マイルス・デイヴィスが逝去して今月の28日で25年になります。訃報をきいて呆然とした日から四半世紀経つのかと思うとめまいがしますね。

 今年は没後25年と生誕90年にあたる年ということで、5月のマイルスの誕生日に合わせて1枚のアルバムが発表されています。
それがこれ。


 
   1991年のマイルス逝去後、様々なミュージシャンによるトリビュート盤、カバー盤、リミックス盤が発売されましたが、熱心なマイルスファンに受け容れられるもの、そうでないもの、賛否両論でしたが、「マイルスの不在」を思い知らされるという点で共通していました。

 さて今回はどうかといえば、何の情報もなく聴けば「2010年代のR&B、HIPHOP」。
注意深く聴けば、マイルスのナンバーの音の断片が散りばめられているのがわかりますが、これはどの曲のトランペットソロだ、リズムだなどとウンチクを垂れてもまったく意味はないよなあ、まず楽しめばいいという1枚だと思います。「マイルス」の冠が付くと「これはジャズじゃない」「こんなのはマイルスじゃない」と憤激する人が必ずいますし今回も例外ではないのですが、これはマイルスが存命の頃からのことなのでなんというかお約束のような反応ですね(怒られそう)

 実質未完成のまま死の翌年の1992年に発表された最後のアルバム「Doo-Bop」がヒップホップに取り組んだものでしたから、マイルスが1991年に逝去せず「Doo-Bop」を完成させ、そのままヒップホップ路線を突き進んでいたらこうなっていたかも、と妄想しながら聴いています。

 それでは今日はこんなところで。




 
  

羊の皮を被ったオオカミ少年

 過日、レクシスネクシスさん主催の山口利昭弁護士のセミナーを聴講したのですが、そこで思ったことを少し。

 企業は人間の集合体なので、過ちや不正の発生をゼロに抑えることを理想やスローガンに掲げても、実態はそうはいきません。予防法務をおろそかにするわけではありませんが、発生した場合にいかに迅速に対応するか、というところに軸足を置かざるをえないというのが現実的なところかもしれません。

 組織に能力のある「オオカミ少年」が必要、企業法務がその役割を担うという主張は企業法務担当者にとって共感できる部分がありますが、はたして。

 「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てる目明しのような渉外担当、指摘する事項はもっともだが、どこか上から目線で「べき論」だけ展開するコンプラ担当(役員含む)など、これまでも様々な人物を目のあたりにしてきましたが、人材・人員豊富な企業であればともかく、そうでない企業では「言いっぱなし」「汗をかかない」人間は特に疎まれるもの。正しい指摘であろうとも受け容れられなければそれまで。リスク情報を感知するセンスやどこからか情報を仕入れてくる術と、その情報を活かす先(必ずしも上司とは限らないし、社長とも限らない)を確保する術を身につけていかないとリスク管理担当者(法務含む)は厳しいと思った次第。
 一方このような人間はやはり経営陣からは好まれないだろうもと思います。「まあまあ、今わが社には事情があってだね。」と懐柔しようとしても難しそうですからね。有能なオオカミ少年は多分上にとっては可愛くないはず。尻尾を振ってくる犬は飼えても、なつかない狼は飼えませんからね。また経営陣が誰を重宝している、煙たがっているというような情報は組織内に案外広まっていくものです。仮に物分かりの良い経営陣が有能なオオカミ少年を認めたとして重用されてもそれはそれでまずいなとも。法務やリスク管理担当者は組織の中で色付けられたら終わりだと自分はそう思っていますので。
結局経営陣には役割を認めさせて一定の距離を保つようにするか、日頃は羊の皮を被り、あるいは昼行灯を決め込み経営陣や社内に必要以上の警戒心を抱かせないか…

 ともかく企業法務(リスク管理)は神経を使い思い悩む業務であることよと改めて思ったのでした。







 



livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
アクセスカウンター

    • ライブドアブログ