企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


リコール 一番長かった6月 13

間が空いてしまいました。8月になってしまいました..

【記者会見 当日】です。

 万全の準備をして、というよりその時点でやれることはすべてやってリコール記者会見当日を迎えました。
前日夜は会見原稿や説明用のフリップの準備、リコール製品実物の用意ほか協議会各社の広報担当の役割分担の確認。司会進行は、機器メーカー側のトップ企業の広報室長。百戦錬磨の人です。謝罪のタイミング(一斉起立で頭を下げる、あれです)の確認や質疑の切り上げのポイントなどを取り決めていきました。
当日午前中は、勤務先の社長が読み上げるコメントと想定問答の最終確認。
そして午後早めに会場に入ったのでした。

会見は16:00開始でしたが、TV局の撮影クルーは14:30頃から続々と会場に入ってきます。
会見定刻までの間はほぼ満席(40名くらいだったでしょうか)という状況。この時期、いかに製品リコールが記事になりやすい素材だったかということですね。一方、フロアを変えて借りた会見者控室は記者たちに発見されることなく、会見者は落ち着いて時間を過すことができました。

定刻・会見者入場直前に、会場にてリリース文書を配布。
会見者入場、着席と同時に司会が会見開始の挨拶と記者会見全体のおおよその所要時間を説明したあとに、協議会会長がリリース内容にそって、会見趣旨から説明開始。
会見者は協議会会長と副会長2名の3名(うち、副会長が勤務先の社長でした)
これまでの経緯と、過去にさかのぼって製品起因の事故であることを認め謝罪の意を表したところで、起立して頭を下げる。ここで沢山のフラッシュがたかれます。(よく見られるシーンですが)

テクニック面を強調するわけではありませんが、報道陣が撮りたい写真、欲しいコメントを会見の早いタイミングで提供しないと記者のストレスが溜まり会見が不穏な空気で満たされてしまいます。だから、パターンだね、といわれることがわかってもこの動作をとるのです。

このあとはそのまま会見説明を最後まで行い、質疑に移ります。ヤマ場はまず過去の2件のうちの1件目の人身事故の説明です。
記者の質問を勤務先の社長がひきとり概要と経緯を説明。説明が一区切りついたところで、再び謝罪と起立、頭を下げます。念のためなのか、ここでもフラッシュがたかれます。
ここで記者のきつい質問が何発も続くかどうかが最大の懸案だったのですが、責任(賠償請求など)を取ることを明言したためか、記事にするための詳細確認の質問が続いたのみでした。「この人が燃えたら大変」といわれる某社会部記者が冷静に事実確認の質問に終始した時点で、この会見は無事に終わると確信しました。

大体質問が出そろったところで司会が時間を区切って会見を終わらせました。
撮影クルーが説明クリップや製品の映像を取りにばたばたと会場内を移動する合間に会見者は退場、記者の対応は会見場に残った広報担当が行いました。僕も何社かの記者の質疑を受けましたが事実確認以上のものはなかったように記憶しています。
過去の非を認めそして一刻もはやく改修を進めたいという意思を全面に押し出した会見と受け止められたのではないでしょうか。

その日の18時台のTVニュースには会見の模様が流れました。
メーカー側を非難する論調はなく会見内容をそのまま伝える内容がほとんどでした。
この点ではリコール会見は成功だったといえるかもしれません。

しかし、これですべてが終わったわけではありません。所轄消防署に確認依頼をしている事故の決着がまだ残っていました。(まだ、続く)

下記の本は、タイトルにつられて読んだ本です。
実際に危機対応のまずさがきっかえとなって吹っ飛んだ会社はありますしね。


会社なんて一発で吹っ飛ぶ!会社なんて一発で吹っ飛ぶ!
(2008/08/01)
佐々木 政幸

商品詳細を見る

リコール 一番長かった6月 12

つづきです。 
【記者会見2】

広報関係の本にも書かれていることではありますが、実際にやったことを記しておきます。

記者会見の時間は、経産省の発表が終了してからということで午後4時からに決定。

 記者会見会場は会見前日に決定。いくつか候補を検討し、会見当日午後いっぱい、50~60人を収容できる会議室と会見メンバーの控室が確保できる、なるべく霞が関・大手町界隈に近い、ということで日比谷の某会館にしました。霞が関・大手町の近くにする理由は、報道各社の記者が「経産省⇒記者会見会場⇒報道機関の本社」と移動しやすいように、との考えから。午後4時会見というのは夕方のニュースに間に合うかぎりぎりの時間のため。記者に余計なストレスを感じさせないようにするのもひとつの工夫なのです。
 当然、会見会場と会見メンバー控室はフロアを変え、控室の予約者はそれとはわからないようにします。ぶら下がり取材から会見メンバーを守るためです。
決定してすぐに下見をし机や椅子の配置、PAのや会見終了後の会見メンバーの退出路の確認をしました。会場の出入り口が1か所しかないのが難でしたが、(報道記者と分けられない)人員の配置の仕方で工夫しようということにしました。

 さて当日。
会見は午後4時からでも、TV用の撮影がある場合は早め(1時間以上前)に撮影クルーが会場入りします。カメラや照明、マイクの設定に時間がかかるからです。したがって広報メンバーもその時間には会場入りして受付応対をします。
 報道記者が現れるのは開始直前になります。ばたばたしていても必ず受付をしてもらい名刺をいただきます。これは会見で十分な質疑応答ができなった場合の連絡先の確認でもありますし、やり手の記者がきているかどうかの確認でもあります。会見を通じてそのやり手記者が納得すれば、会見も荒れませんし、彼らが書く報道記事も会見側の主旨を反映させたものになります。誰がきているか、というのは重要な情報なのです。
 
 引き延ばしているつもりはありませんが、次こそ会見当日について書きます。すみません。

リコール 一番長かった6月 11

【記者会見1】

 紆余曲折はあったものの、協議会での共同リコール記者会見に一本化され記者会見の準備に入るのですが、当時は危機の際の記者会見といえば某証券会社廃業会見の際に泣き出してしまった社長の姿や社長の「寝ていないんだ」という声を拾われてしまい、ぼろぼろになっていった乳業メーカーの記者会見のイメージがまだ強く残っていた時期です。従来「使用者の誤使用が原因」と主張してきたものを方向転換して「製品設計上の配慮不足」を認める、しかも重大人身事故が発生していた..という内容は、こういう言い方は適切ではないかもしれませんが、下手をすれば記者の格好の標的となってしまいます。
 しかし一方でニュースなり新聞記事で適切な形で取り上げてもらえないと、リコール会見の本来の目的である情報周知と回収・改修の促進が進みません。いかに過剰な反応を起こさせないでこちらの意図を確実に電波なり活字にしてもらうか、記者会見原稿と想定問答の作り込みと何より会見そのものの運営、会見する人間の表現力にかかっていました。

 会見の構成は、「製品改修取組の加速化」と銘打ち、新たに協議会を発足させること、協議会加盟会社による改修促進体制を再整備したこと、過去の事故は製品に起因することを認め謝罪するというもので、そのなかで勤務先の過去の重大人身事故(消防署に確認中のものではない、1件目の事故)について個別説明を行う形にしました。

 当事者である勤務先の社長がその説明を行うのですが、いわば会見のヤマ場になる部分、ここで火がついたらあとは炎上するだけというパートなので、原稿の練り込みだけでなくメディアトレーニングも急遽受けてもらいました。
 スーツ、シャツ、ネクタイの色柄、腕時計その他身につけるものに関する注意から始まり、会見のロールプレイング、会見中の仕草などすべて厳しくダメだしをされました。(あとできいたら社長は急遽スーツを仕立てたとのこと)
 どう考えても記者会見当日の記者の質問よりも親会社の法務部長や広報部長をはじめとする我々の質問のほうが辛辣でしたが、それがかえってよかったのだと思います。

 会見前日の深夜まで協議会で記者会見原稿の確認や会見の段取りを確認しました。いくらやっても十分ということはないかもしれませんが、僕は皆で1ヶ月さんざん苦しんで準備してきたのだから悪いようにはならないだろうと変な自信をもっていました。(自分が持ったところで仕方がないのですが)

 さてリンクは当時記者会見の準備を行うにあたって急いで読んだ本です。5年前の本ですが、危機管理広報の本質がかわっているわけではありませんので、関心のある方は平時のうちに読むことをお勧めします。

 次回も記者会見のつづきです


その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際
(2007/02)
中島 茂

商品詳細を見る

プロフィール

msut

QRコード
QRコード
アクセスカウンター

    • ライブドアブログ