2019年12月31日 17:06

 季節感に乏しい生活を続けているとはいえ、今年の年末感の欠如はどうしたものか。
なすすべもなく大晦の日を迎えての定点観測エントリー。

 このまま今の職場で働いていてよいのかとゴソゴソと次の進路を模索しているうちに、年度が変わり、その直後の起こった勤務先の経営体制の刷新により図らずも次のキャリアが転がり込んできた、というのが今年のトピック。後にも先にもこれしかない。とはいえ人材不足が常態化している組織の常、企業法務の仕事を手放すこともできずに不条理な兼任業務をこの時点まで続けてきている。
「とにかくガバナンス基盤の構築に手を貸せ。俺を助けろ。」春に就任した新しい経営トップの命令とも脅しともつかない一言に乗ってしまった以上、諸々の無理を合わせ呑んでの9ヶ月であった。
 
 その要求にすべて応えることができたかはまだわからない。法務の視点、内部監査人の視点と器用に使い分けができるわけでなく(そもそも使い分けが求められること自体があれなのだが)、己の視界を拡げる機会と割り切ってきたように思う。監査系の書籍に加え、まったく久しぶりに会計系の書籍や情報を漁ることになり、何かと鈍ってきた脳味噌に多少刺激を与えることにはなったとは思う。(脳味噌に取り込んだとはいえないが)

 Business Law Journal 2020年2月号での定番企画「法務のためのブックガイド2020」。大掛かりな法改正関係の書籍が前年度に出尽くしてしまったためなのか、件の経産省レポート内容やリーガルテック系の興隆を受けて思うところのある人が増えたのか、法務実務担当者が挙げる書籍はこれまでになくバラエティに富んでいた。そこに「法律専門書」が占める割合が減っている点が気にならないわけではないが、企業法務の未来は、これまでの業務の延長線を引くだけではやって来ないと感じていることの現れではないか。自分はそのように受けとめた。
 テクノロジーの導入によって企業の業務の(過去からつながる)現在と未来とが突然断絶することはないだろう。橋渡しの役割を負うのか、タイムカプセル の役割を負うのか、あるいはあらゆる出番を失うのか。それはわからないが、未来の到来が予想よりも速まることはあるので、いかなる時点であれ自分が恐れ慄かずに済む程度の「知識」なり「経験」は身にまとっておきたいとは思う。

 徐々に更新のペースが落ち、ノイズも増えていった2019年の本ブログ。にもかかわらず訪問していただいた方には心より御礼申し上げます。
 よいお年をお迎えください。




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2019年12月22日 18:00

 このエントリーは 裏法務系Advent Calendar 2019 のエントリーです。ワナビ(@vvanna8e)さんからバトンを受け取りました。勢いで裏にも登録してしまい、なんと申し上げたらよいのか。

  またこのタイトルかと思われた方もいるかもしれない。自分でもこのタイトルでエントリーを書くことはもうないだろう(ないことを祈っているという意味も含めて)と思っていたのだが、今月に入って報道紙面を飾った企業再編に少なからず因縁めいたものがあるので書き留めておくことにした。(事情をご存知の方は大目にみて欲しい)元々考えていた裏らしいはっちゃけた(?)ネタは別の機会にあげる。

 報道の賑やかしとは別に再編劇の対象会社の中の人となった方にとっては、これからが「再編」の道のりのスタートである。人事・労務・経理・法務といった部門に所属する担当者の方々にとっては、買主企業に一体化するまでの一定期間は苦労が絶えないことと思う。特に「上場廃止・完全子会社」「大企業グループからの離脱」が絡む場合はなおのことと思う。しかし自分の目から見れば事業会社に直接買われたのは幸いだと思う。

 とはいえそんなことは外野だからいえること。

 株式譲渡契約書に必ず設けられる「雇用・処遇の継続」条項はあくまでも時限的なものであり、売主側の対象会社に対するせめてもの配慮程度の意味合いである。だから「経営環境や事業環境に変化が生じた場合」という但し書きが必ずつく。小が大を呑むような再編、あるいは異業種による再編の場合は「処遇」の部分がネックとなる場合が多い。親会社よりも子会社の方の処遇が上のまま、という状況は考えにくい。また伝統的な企業にありがちな分厚い福利厚生制度も再編時の目玉のひとつになる。グループ離脱により利用できなくなる制度もあるが、「あって当たり前」だった環境が失われるという点では従業員やその家族の生活に影響を及ぼすこともある。

 人事労務総務面では事業所の統廃合の可能性が大きな問題となる可能性がある。
存続か閉鎖か。配転か解雇か。所在地の自治体への説明責任も生じる。例え従業員30人の事業所であっても、その家族を含めれば100人超の生活。取引先のことまで考えれば、数百人の生活に影響を及ぼす。その対応は対象会社自身がとることになる。全てを自ら決めたことでないとしても、である。

 会社の機関設計という問題。上場企業に求められる機関設計を完全子会社になっても継続するかという検証は必要だろう。完全子会社化により上場維持のための諸々のコストは不要になるはずである。買主企業の内部統制などの方針にもよるだろうが、対象会社の「役員」「管理部門」の見直しも避けられないものと思う。対象会社の管理部門においては自身の将来が不安定なものであることを承知しながら粛々と再編業務にあたるので精神的にはきつい場面が多いかもしれない。経営不振を理由に大企業の傘下に入った場合はなおさらである。

 買主企業は企業再編の効果を早期に出すことを投資家から求められるし、同時に生え抜きの自社の従業員からもその経営判断を問われる。「上がばかな買物をしたせいで」という不平・不満のことである。
 対象会社の事情をいつまでも優先することはできない。対象企業が名門企業や一流ブランド(といわれた)企業であってもだ。

 勤務先が企業再編の対象になり自身の置かれた立場が不安定なものになったとき。
 新たな環境に合うよう自身を形を変えて(身を削って、ということも多いかもしれない)生きるか、外に飛び出るかのいずれかしかない。(どう考えても買主企業の形を変えることはできない)が、買主会社にとっては問題にもならない。対象会社の従業員の退職はある程度織り込み済みであることが多いし、抜けた穴には親会社から人員をはめ込むだけのことである。むしろ企業統合にはその方が好都合と考えるかもしれない。
 ただ対象会社にとって残って欲しい人材から退職していくのが常であり、また平時には気づかなかったが、去られてみて初めて気づくその人物の価値ということがある。彼ら・彼女らの経験・知見は失われるままになってしまうのだ。

 かつて上記のような道を歩み今も苦しむ「人の不在」、それが表のエントリーを書いた動機といったら出来過ぎか。

 明日は、ちざたまごさんです。



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  このエントリーは法務系Advent Calendar 2019 参加エントリー。みなみちか先生(@ChikaA17)からバトンを引き継ぎました。

 昨日21日で畑違いの部門から法務(と広報のような部門)に異動して13年が経過した。異動時点で既に不惑を過ぎていたので、年齢とスキルの釣り合いが取れないまま年月を重ねている。そしてこんな体たらくのまま後継者を決めなければならない時期を迎えている。自分が法務を引き継いだ時のように、わずか数日、教わったのは袋とじの方法のみということを繰り返すわけにはいかない。

 今年は企業法務職の機能や役割に関する議論が活発化した年であったが、13年というわずかな期間を通じて思ったことは法務や広報という部門は企業の「語り部」「生き証人」といった役割を負っているのではないかということだ。
 また大袈裟な、と思う方がいても仕方がないと思うが、10年、20年、それ以上の期間と企業活動が続いていけば様々なことが起こる。いわゆる「有事」の際には、必ず法務や広報部門の人間がその場の中心に身を置かれ、ことの対処にあたる。事案によっては、半年、1年以上かかるかもしれないがいずれ終息し、その経過・記録はきれいに整理文書化されファイルに格納され共有される(はず)。ナレッジマネジメントの世界である。
 だが、「有事対応」に関しては文字や画像、動画に残した記録が事の全てとは限らない。
 
 「有事」という状況に追い込まれていく時の焦燥感、思惑の読み合い、主張のぶつけ合いでまとまらない「会社の見解」、二転三転する「当局の指示」、重苦しい空気に包まれる深夜の会議室、ストレスで体調を崩していく担当者、判断を躊躇する役員の発言。メディア対応に怯える経営トップの表情、着地点が見え思わず本音を語る行政官の表情。二転三転する状況のなかで巧みに折衝の落とし所を探り当てる交渉担当者の思考、法務・広報が集まり公表文案を練っている最中、これ以上はないという表現が生まれる直前の「閃きの連鎖」。その場に居合わせた者が体感する「場の空気感」とでもいおうか。ただしこれらは企業の公式記録に残している類の情報ではないだろう。

 事故・不祥事を繰り返す企業がある。様々な記者会見事例がありながら会見に失敗する企業。いずれも最小人数法務体制から見れば羨ましいほどの法務や広報体制が整っており、過去の事案も教訓として活用もされているであろうレベルの企業にもかかわらず、だ。もしかしたら、文字情報は残っているが過去の当事者が体感した「場の空気」が伝わっていないのかもしれないと思う。

 企業の記録に公式に残らない(隠蔽ということではない)情報を記憶し伝承していかなければならないとしたらその役割はやはり法務や広報の担当者が適任と思う。ただ問題はこの職種に就いている当事者たちが企業を去るときがくるということと、そのサイクルが早まる可能性が高まっているということである
 
 今後、企業法務の仕事に就くのは法曹有資格者、法科大学院卒の人が大半を占めるようになるだろう。企業法務の業務はポータビリティ性が高く、こうしたキャリア・スキルの持主である法務担当者は自身のキャリアアップのために企業を渡り歩くことに何の抵抗をもたないだろう。そうでなくとも終身雇用制度が終焉を迎えつつある。仮にある有事対応を経験した人物が職場を去る際に、彼・彼女が体感した情報を残す術がなければ、瞬時にその企業から失われてしまう。仕方ないと諦めるしかないのか。

 今年盛り上がったもう一つの話題はリーガルテック系であった。
勃興期にある数々のリーガルテック系サービスについては未だ論じるほどの知見は持たないのだが、脆弱な法務基盤しかない企業こそ活用に躊躇する理由はないように思う。
ただ自分がリーガルテック系に望むものは、法務担当者や広報担当者の脳内にある「経験」の保存である、といったら突飛なことだろうか。今や旋盤の熟練工の「勘」「感覚」ですらデジタルデータに変換が可能な時代である。脳科学も格段の進歩を遂げている。いずれ有事対応時の法務担当者や広報担当者の経験や記憶、思考や行動パターンをデータ化できるだろう。それこそ「場の空気感」を再現することができるようになるかもしれないしその実現を勝手に期待してしまう。

 いつでも、何年先でも、アクセスできるタイムカプセル。
 え、あ、自分が知らないだけで既にある? 


(ぼやき)
 自分はそうはならないと思ってはいるものの過去の記憶は美化しやすい。そのつもりはなくても若い世代からすればおじさんの「武勇伝」になっているかもしれない。そんなことが理由で伝えたい情報が受け取り拒否にあってしまうことは避けたい。過度な個人の感情を排したデータにできればと思った次第。

 
 明日は@kaz_miyashitam先生のエントリです。
 

 

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