企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


汗をかく仕事  BLJ2017年4月号(2)

 今頃になって3月初めのエントリとは。

 かつて「数字は人格だ!」と叱咤していた上司がいましたが、彼がそれと同じくらいいっていたのが「汗をかいた者が成果を手に入れろ」ということ。一つの仕事をとるために様々なアプローチで攻めるのはどの業界も似たようなものだと思いますが、ライバル事業者だけでなく身内の部門ともなぜか争うことがある、そんなときに上司が「誰がこの仕事のために一番汗をかいた?」と突っ込み、整理するのでした。
 BLJ4月号「独禁法の道標」にいわゆる「汗かき談合」が取り上げられていたので思い出したのでした。
 
 公共工事(特にインフラ系)の仕事獲得に取り組むとなると、基本計画、基本設計、実施設計、積算、入札とプロセスを踏むのですが、数年がかりになります。その間、行政機関、コンサルタントに何回もアプローチを行い、技術面の提案、図面の作成などすぐに売上にはならない仕事を繰り返します。その末の工事発注が競争入札によるものですから、最後の刈り取りのために法の領域を侵さざるをえないと考えることになりますし、同業者もライバルとはいえ仕事については共通の理解があるので、まあなんというか記事のようなことになります。汗をかいた者が仕事をとる、汗をかかない者の横取りは許さない。そういうこと。以前「道標」で取り上げたメーカー系列維持管理業者と非系列維持管理業者を巡る不公平な取引についても根っこのところはこの精神です。
 当の担当者は自らの仕事を「必要悪」であるといっていたので、罪悪感があるかはわかりませんが法に抵触していることは承知しているのです。

 自社の場合はかなり早い時期に過分にヒステリックにこの世界に関わりのある事業を取り潰したのですが、副作用というものも当然あります。大きいのは人の問題。「談合」の一点を除けば、公共工事に関わる担当者の営業は人脈構築力、情報収集力、行動力を求められるもので決して「なあなあ」で仕事をしているわけではないのです(中には典型的な寝技師のような者もいますが)。だから担当業務を変えたとしても支障がない場合があります。
 事業は潰しても人まで潰す必要はないわけで、このあたりが企業や法務、コンプラ担当部門の柔軟性を求められるところかなと思います。

 ではでは。




 

萎むな、萎ませるな ビジネス法務2017年4月号(続)

 引き続きビジ法2017年4月号から。
 特集2は「グレーゾーンを克服するビジネス著作権」
日常業務では関わりが少なかったのですが、現場からの問い合わせが徐々に増えてきていますので、気合を入れ直さないと、と思っていたところ(気合だけでどうにかなるものではありませんが)。

 特集は福井健策弁護士の「なぜ『なぜグレーゾーンの克服』か?ーゼロリスク幻想からの脱却を」で幕を開け、骨董通り法律事務所の北澤弁護士、ヤフーの今子氏、中嶋弁護士の記事が続きます。

 福井弁護士はダメだししかしない法務担当者にきつい一発をお見舞いしています。
 Google社と最近ずっこけた日本のキュレーション・メディアを比較、前者をリスクをビジネスコストに読み込み収支予測を立てた先行企業、後者を収支予測を立てなかった「乱暴なだけの後発企業」とし、Google社がグレーゾーンを走り抜くことができたのは、収支に関する鋭敏な感覚を持ち合わせていたという。もっともこれは著作権に限らず、他の法令についても同じことがいえると思います。(景表法などは課徴金の算定方法が明らかになっていますから収支予測できるはず?)
 先行者のいないグレーゾーンを進むことはある種冒険のようなものと思います。未踏の峰を攻める登山家もアマゾンの奥地を行く探検家も出たとこ勝負ではなく入念な準備を行います。ビジネスにおいても同じではないかと思います。登山においての成功が山頂制覇ではなく麓のキャンプまでの生還であるなら、ビジネスにおいては第三者から請求を受けない、課徴金を食らわない、評判を毀損させないということになりますか。それこそ法務担当者の頭の使いどころ、ですね。

 ところで福井弁護士、「東京人3月号 特集これはパロディではない」にも「日本のパロディ文化は阿吽の呼吸で守られている」を寄稿されています。この雑誌に法律家が登場するのは非常に珍しいのですが、こちらでも「著作権を知って、日本のパロディ文化を萎ませない」「炎上を恐れてパロディ精神を萎縮させるのはもったいない」と「萎縮」をキーワードとされているように思いました。

 「萎むな、萎ませるな、ビジネス著作権」という特集タイトルの方が良かったかもしれませんね。










働き方を考える ビジネス法務&Business Law Journal 2017年4月号から

 特集記事が「労働法」界隈で共通しているので2誌まとめて「拾い読み」。個別の記事については別エントリーで。



 異業種企業の完全子会社になって5年目。就業条件も製造業のそれではなく、親会社業界のものに合わせ年間休日数も減った今日この頃、働き方というのは法務職を離れたところでもよくよく考えたいのですが、それはひとまず脇に置いておいて。

 勤務先の事業領域の業界は構造的に長時間労働にはまりやすい。得意先とじっくり商談をしようと思えば、先方が事務所に戻る夕刻以降にアポを取らざるをえません。では昼間遊んでいられるかというとそんなことはなく、見積書作成やら売上物件のチェックやら何やら。クレームがあればいつだろうと対応しなければなりません。昔は固定電話とFAXだけが連絡手段だったから多少逃げがうてましたが、今や携帯電話とメールでいつでもどこでも連絡がついてしまいます。真面目に顧客対応すればするほど時間外労働は増えていく…
 「働き方改革」と掛け声は良いのですが、業界の上流から下流まで、発注者から末端の請負業者や納品業者まで一貫した取り組みにしなければ長時間労働の問題は「労働時間の付け替え」にしかならないと思うのです。

 特集記事に触れると、チェックしたのはまずビジ法の複数の記事で取り上げられている「かとく」動向。次に「過労死・過労自殺判例にみる取締役・管理者の責任」。長時間労働問題については経営側と従業員側とがもはや対立の関係にあるのではなく、いや対立などしている場合ではないということですかね。当の労使関係者がどこまで現状を認識しているだろうかと少し不安にもなります。とかく古い企業の労使関係は(以下自粛)
 BLJの特集記事では、やはり「実務担当者の視点」。労働問題における法務と人事労務の距離感については同業の皆さん苦労しているのがうかがえます。自分も不祥事処理の際には人事労務の領域に入りますが、それ以外の場合においては足をなかなか踏み入れませんからね。何をやっても鬱陶しがられるなら、踏み込んでしまえと最近は思っています。

 内部監査の際に従業員に労働時間の実態を訊くのですが、若い父親である従業員から「正直、時間外ゼロだときついっす。」などときかされると、労働時間の問題の根は深いと嘆息せざるをえません。

 いつもながらの雑文で失礼しました。


 

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