企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


拾い読み Business Law Journal  2017年8月号

 気がついてみたら3連休の真ん中ですね。週末体調不良で寝込んでいたので気がつきませんでした。今日もまだ服薬中です。

 いまさらなタイミングですが、BLJ拾い読み。
 巻頭特集記事の内容も押さえておかなければならないのですが、特別企画「ガバナンス変革期の中の取締役研修」記事について。

 週末、半日外部講師を招いて講義を受け翌日は懇親ゴルフという役員研修が行われたのはいつの時代のことだったでしょうか。終身雇用・大量雇用時代の大企業グループだと取締役就任は確かに「上り詰めた」感はあったかもしれません。 さすがに今の時代に取締役就任で「上がり」と思っている人は少数だとは思いますが。
 取締役研修となると、「研修」であっても人事が手を離し法務やコンプラ部門にお鉢が回って来る場合があるのですが、「コーポレートガバナンス・コード」により今後ますます法務部門が取締役研修の企画運営に携わる機会が増えるという見込みや声を受けての特別企画記事というように理解しました。
 メインは法務担当者が熱く語る「あるべき論」で、これはこれで理解できなくはありませんが、現場は常に「あるべき論」と「現実」のギャップをいかに埋めるかの戦いを強いられるもの。もともと役員研修を含めて研修制度を構築してきた企業と、そこまでは至っていない企業とではそもそも課題が異なります。確か一昨年にもビジネス法務が同様の特集を組まれていたと思うのですが、当時と比べてコーポレートガバナンスに関してメディア等で取り上げられることが増え、認識も得ているとは思いますが、取締役研修の機会(時間)をいかに作り出すか、要するに多忙な取締役からいかに時間をいただくかというところで足踏みしてしまう法務担当者も相当数いるのではないかと思います。
「コーポレートガバナンス・コード」に規定されている事項ですからと研修の大義名分は立てやすいですし、「あるべき論」でもって研修の機会はそれなりに確保できるのでは?と思いますが、「あるべき論」だけではもたないのではというのは自分の危惧。
 相手は何はともあれ取締役までになった人達です。今日の法務視線で見ればどうかということもあったかもしれませんが、ビジネスで成功や失敗を味わう中でリスクを負い乗り越えあるいは回避し役員に至った人達に(そう思いたい、という部分もあります)、研修の場で何かを伝えるというのは、伝える側にも相応の胆力が求められるものだと思うのです。

 研修の企画書フォーマットやカリキュラム内容、マニュアルというのは、雑な言い方をすれば何とでもなるものと思っています。(記事中で実例の一部を紹介されていますけれど)
 事務局なり研修実務を担う法務部門が、取締役と相対して何をいわれようが研修目的である事項を伝えきれるか(そしてそれを実行してもらう)ことが肝心で、ノウハウとスキルと経験が要求されるもの。
法律雑誌の記事でどこまで触れることができるかという点がありますが、取締役研修をテーマにするのであれば、ましてBLJであるならば、今後も取締役研修については引き続き生々しい企画をお願いしたいと思うのでした。

 

位置づけ、報酬 となりの芝生

 かなり間隔が空きました。何がどうということもなかったのですが諸々の疲れでしょうか。毎晩のように寝落ちです。
 
 SNSでちらほらと見かけたネタなど自分の備忘録として。

『法務部門の位置づけについて』
 ひと昔前に比べて、法務部門も法務月刊誌の記事、某法律雑誌の読者交流会、ライトニングトーク、SNSなどを通じて限度はありますが他企業の情報に触れることが増えたと思います。と同時に他の企業の情報に触れて、あれこれ悩む時間が増えているかもしれません。例えば法務部門の位置づけ。自分の評価にも関わりますからね。
 法務部門の管掌業務が何をどこまでということと深く関わると思いますが、これは企業の組織の成り立ちと深く関わるので一概に「これが理想的」というものはないように思います。法務に限らず、総務、人事、財務、経理、事業企画、販売なども同じ。業界団体活動を通じてわかるのは同業界でも管掌業務が横並びということはないということ。あの会社の仕組みが優れている、この会社の方が自分の業務がやりやすい、というような話は始めるとキリがありません。各企業が業歴を重ねている中でモアベターだと判断した組織と分掌になっているので、表面的・部分的に取り入れても同じ結果が得られるとは限りません。
現状肯定、維持が一番ということではありませんが、部門の位置づけを変えるということは部門内業務、部門間業務の仕組みに触ることになる場合もありますので、視野狭窄に陥らないよう注意した方がいいですね。

『有資格者、ロー卒の処遇』
 自分は古典的な製造業がベースにある企業にいます。修士卒、博士卒というと研究開発部門という認識しかなく、文系の修士卒、専門職といってもイメージできない人の方が圧倒的に多いのが現実。以前の企業グループでは、技術系の新入社員はほとんど修士卒採用になっていたのですが、製造現場に近いところでは「年齢はいっているが社会人経験もなく、何ができるわけでもないのに給与が高い」と嘆かれていました。また研究職に就いても30代半ばで「足切り」とでもいいましょうか、研究者に不向きと評価が下され他部門に異動されることがあります。さすが役職なしというわけにはいかないので、マネジメント経験や訓練もないままに管理職につけるのですがそれで周囲が大変、というようなことはちらほら起きていたました。それで周囲からいわれるのが「給与が高いだけで」の一言なのですね。
 技術系と法律専門職は違う、有資格者もロー卒もここまで来るまでに時間も金銭も投資してきた。然るべき処遇を得られるべきだという主張はわからなくはありません。でも給与の源について考えてみましょうねということ。製造業でもサービス業でも「原価」というものがあります。自分のコストがどのように原価に反映されているのか教えてもらうのもいいと思います。
 法務の仕事がそのままその企業の収益に直結するような業態であれば高収入は得られると思います。ただこの場合前述の「研究職」と同じく、ある年齢で向き、不向きの線を引かれる可能性も高い気がします。

まあ、今日はこんなところで。
 

事業者・消費者・人

 諸々あって今月初のエントリー。

 タグを民法改正とするか、消費者関連とするか迷います。

 「法学教室6月号」特集「債権法改正後の消費者契約法」を読んでの雑感。
 そもそも企業法務部員対象の書籍ではないのですが、法学徒に対して学者がどのように論じているか関心があったもので手に取りました。
 
 ジュリストでもおなじみ河上教授が約款規定について今回の改正では消費者保護としては不十分と論じているのと、鹿野教授(慶応)が「勧誘」について先のクロレラ広告最高裁の判決を持って明文で改正する必要性が薄れたとサクッと書かれていたのがまず目にとまりました。

 もっとも印象に残った野沢教授(立教)の論文について。
 消費者保護に総がかりになる本特集のなかで、いったん改正民法をグローバル・スタンダードを意識した「契約責任法」として落ち着かせ、そして法における「人」の想定が消費者よりも事業者に近いとして、ゆえに消費者の保護のさらなる充実が必要というものでした。(いいのかな、これで。乱暴かな)
 こうしている間にも、次々に新しい商売(まともなものから詐欺まで)が生まれる時代、基本法に消費者保護を取り込むというよりは消費者契約法のほうで手当てするほうが現実的だとは思います。
 しかしどうしてもしっくりこないのは消費者保護サイドのいう「消費者」。法が保護すべき「愚か」で「弱い」消費者ですが、ほんとうにいつまでもそのような「人」でよいのかという点。ときとして、消費者が「愚か」で「弱い」ままであることを盾にしているような印象を受けることがあります。そんなことはない、消費者教育を推進しているといわれるかもしれませんが、残念ながらまだその姿かたちがよくみえない、というのが日々クレームの相談や事業者団体業務にかかわっている自分の実感。
 法でいうところの事業者・消費者・人と実社会でのそれとの乖離もあるような気がします。

 自分も己の業務を離れれば、愚かで弱い消費者ではありますけれどね。

 
 

 

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