企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


どこまで労務に関わるか

 諸々インプットが滞っています。あくまで自分が取り込みたいと思う情報が、という意味ですが。
これまで多少の領空侵犯にとどまっていた労務領域がのっぴきならなくなってきたというのが理由。

 「働き方改革」の旗が振られていますが、労務管理については労働当局の考える方向性と自社の労務管理の考え方の「ズレ」を把握しないことには話が進まないという感触。

 社員の年齢構成が逆ピラミッドになっている組織では、働かせる方も働く方も(不平不満が自分でも気づかず澱のようになっているとしても)自分が入社した20年、30年以上前の感覚のままなのかもしれません。始業の30分前にデスクに着く、設備稼働の15分前にラジオ体操をして10分前に製造ライン前で朝礼をして、残業代は勉強代と相殺等など、課長代理になったら非月俸。たとえばこんな具合。自分たちも理不尽と思っていたはずなのに下の世代には同じことを強いる。下の世代が入ってこないことが常態化した組織ではずっとそのまま。そして、ある日労務リスクが発生するわけです。入退室時間、労働時間の管理範囲、管理者・管理監督者の定義を詰められます。
「え?昔からこうしてきたのに」と呆然…なんてことになってからでは遅いということで。

 労働訴訟となれば取締役の会社法上の忠実義務、善管注意義務違反が問われますから、法務担当も労務管理は「人事労務の領域」と知らぬ顔はできません。また裁判の勝敗にかかわらずレピュテーションリスクにも向き合うことになります。訴訟提起されたこと自体が問題視されますからね。
 ということで、ここ1ヶ月ほどは分厚い2冊の本のページを繰っている時間を増やさざるを得なくなりました。これも大事なインプットではありますがね。

 中段の話に戻りますが、自分は30年以上前のマネジメントを味わっているのですが、下の世代に自分たちと同じ経験を強いるという感覚は理解できないんですよね。同世代にわりといるのでわけがわからない。しなくて済む経験はしないほうが良いわけで、逆に下の世代が10年、20年前と同じ経験を繰り返している(繰り返させている)としたら、その企業(経営者や管理監督者)や業界はなんの進歩もしていないと猛省すべきだと思いますね。
 といってしまう手前、労務からは逃げられないと腹を括るしかないか。




   

2日目のコンプライアンス教育 2018年版

 新入社員研修の季節がやってきました。今年も研修2日目にコマを割り当てられいって参りました、研修会場のある某関東の工場。今年は技術系の新入社員の比率が高かったのでどうしたものかと思ったのですが、結局従前のものとそれほど変えずに、時折挿入する小ネタに昨今の製造業の不祥事を取り上げる程度にしました。まだ実務に就いていないのですから文系、理系を意識する必要もないかと。

 研修や勉強会の講師を担当させられる法務担当者の方もいらっしゃると思います。人前で話すのはどうも苦手で、という方もいるでしょう。頼まれもしないのに教えたがるのは老化の兆しらしいですが、もはや初老の域なので気にせず少し研修講師について。

 多少、純粋に法務一筋の担当者と自分が違う経験をしてきたとすれば
  • 営業担当者教育の事務局として、1年半ぐらい週末は研修に帯同、当時研修を委託していたコンサルタントの人気講師の講義をずっと聴講していたこと
  • 上記と同時期、当時の所属企業の社内講師の資格を取って年に2回程度1泊2日コースの研修講師を担当していたこと
がありますが、何回講師をやっても「慣れる」「緊張しない」などということはありません。

 講義時間の枠は決まっていますので、時間厳守が大原則。途中までの展開がよくても時間切れで内容が尻切れトンボでは意味がありません。時間配分、話すテンポ・抑揚、挿入する小ネタの範囲など、いろいろ工夫が必要な箇所があります。社内講師の資格を取るときも、時間配分については厳しくチェックされました。
 講師・受講者の共通の敵は「眠気」。眠らせないための構成や手法(グループ討議の時間を設ける、適宜質問を当てるなど)ということも必要です。最近では新入社員研修のときは先にペーパーを配布することはやめています。特に講義が午後の時間帯の場合は、下を向かせるとまず睡魔に襲われていますからね。
 翌日は8割は忘れるという人間の記憶、間違いなく持って帰ってもらいたい2割をどのように伝えるか。
これらの工夫を支えるのはやはり「準備」なんですよね。
 講義用のノート作成に加えて、時計を睨みながらのロールプレイング。そこまではできないにしても、スライドやワードの原稿を見ながら夜中にぶつぶつ呟きながら加除修正の繰り返し。
それでも「セリフ」がとぶことがありますからね。「慣れ」はないのです。

 さて、新入社員に力を入れて伝えたのは、不祥事は誰もが起こすし巻き込まれるということ。
ニュースになった企業不祥事を起こした人はどういう人だと思いますか?と尋ねるとなかなかイメージできない様子をみせます。その人も最初はみなさんと同じ新入社員だったのですよというと多少表情が変わってきます。その先をどう繋げるかなのですが、そこはケースバイケース。

 講義から4日経過したけれどちゃんと憶えていてくれるかなあ。

 


定点観測 この先

 (一般的には)年度末の週末。まるまる企業で30年働いたことになります。

 転職はしなかったものの勤務先は幾度か姿を変え、自分も幾度か職種が変わりました。
勤務先は職種をまたぐ人事異動が少ないので、このような経歴を持つ自分は損得半々というところかなと思っています。損は形をもって現れていますが、得は無形で自分が「得」と勝手に思い込んでいるだけかもしれませんが。

 30年も組織にいればいろいろあります。
 法務異動前に自分が所属したり関わった業務のほとんどは姿を残していません。徒花のような仕事、ときの上司が考えた試験・実験的な試みの業務だったからなのかもしれません。結果として後が続かなかった事業というのは関係者がいなくなれば忘れ去られるだけで、「あれは結局ダメだったよな」という評価すら得られませんね。
 法務異動後のことはブログの中で時折取り上げてきましたが、今の時の流れからすればふた昔近く前のこと。登記簿謄本に残る下線部の大半は自分の業務なのだけども、こちらについてももはや語り合える相手がいません。現在の勤務先の状況を考えると「自ら組織再編」ということは考えにくいので、自分が巻き込まれたあれこれを引き継ぐことはないと思います。こちらも後が続かない仕事だったといえましょう。

 ま、これでよいのかもしれません。
 「昔はなんかいろいろあったみたいだけど今は!」という組織のほうが働いていて面白そうですしね。
自分とて「生き字引」的社員になるつもりもありませんが、どうしても蓄積された記憶や経験が邪魔くさくなります。
 
 30年一区切りでもよいのではないかと、丸い月を見ながら割と真剣に考える夜。
 
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