企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


 「別れて そして」もう40年前の歌なのか。
  
     じゃ、なかった。

 ビジネス法務2019年8月号、特集「契約解除の実務」。
 2018年12月号から2019年3月号にかけて「契約解除の実務ポイント」と連載されていましたが、時間を空けずに再び特集記事を組むということは、法務担当者の需要が高いということなのでしょうか。
何事も始めるときよりも、終わらせるときのほうが難しいものです。まして中途で終わらせるとなると。

 企業取引の現場では契約解除する側にもされる側のどちらの立場になりますし、自分が締結時から関与している契約ばかりではありません。中途解除しようにも「うわあ、なんだこの条項は!」と埋まっていた不発弾のような条項がないとも限りません。契約書の字面からだけではわからない事情の有無を当事者部門からほじくり出さなければなりませんね。

 製造業の経験だけですが、こんなことがあったよなということを少し書き出しておきます。まあ、皆さんも経験しているとは思いますが。
  • 契約書に例えば「3ヶ月前までの申し入れ」と規定されていたとしても、実際に「3ヶ月前」の申し入れで問題がないかという点。OEM契約などでは正式発注の前に原材料、部材、生産時間の確保などの都合上「内示」する規定を設けることがあるけれども、内示時期が正式発注の3ヶ月以上前の時期と規定していたらどうか。
  • 解除しようとする取引が下請法適用取引で、当該下請事業者の売上に占める自社の構成比が高かったら。あるいは自社との取引のために直近で設備投資をしてしまっていたら?
  • 販売先との中途解除。相手方がすぐに「転注」できるか、という問題。契約解除と供給停止により第三者(転売先)との間にトラブルを発生させないか。
  • 販売先との契約解除では、取引保証金を差入してもらっていたり土地建物に抵当権設定しているケース。差入書や権利書、登記識別情報の在りかが「あれ?」ということになっていないか。
 契約解除は、それまで続いていたモノ・ヒト・カネの流れを限られた時間で止めてしまうわけですから、申し入れる側だとしても簡単に片付くとは限りません。まして、契約締結時にはどちらの当事者も「中途解除」の日が来るとは考えていないケースが多いでしょう。取引基本契約に契約終了・解除時の「残存条項」が設けられているものが多いですが、解除時には改めて残存義務を含めた解除合意を取り交わすことはいうまでもありませんね。

 少しでも痛い目にあったことのある事業担当者や営業担当者は契約締結時点で「終わらせ方」を考えるのですが、「前進あるのみ」のような担当者や幹部社員は解除条項の話を嫌がります。しかし商売は何が起こるかわかりません。「あなたが望んだとおりの別れ方」ができるように、と説得し契約をまとめていくのも法務の仕事。

 システム開発の解除紛争についてはまた別の機会に。



 

 
 


 ビジネス法務7月号から連載が始まった「先輩後輩で描く企業法務のグランドデザイン」。
今回は内容ではなく、師弟関係または先輩後輩関係というものについての雑感。

 本企画の執筆陣は三菱商事、ソフトバンクグループの法務部門で先輩後輩関係にあったお三方。大先輩の「企業法務論」とそれに対する後輩の対談で構成されているもの。全員の所属組織や職種も変わっているにもかかわらず、このような企画が実現できるのは、共に過ごした時間が充実したものだったからと思いますし、企業法務の部門としての基盤なり役割が明確な組織にいた、ということも無縁ではないと思います。

 どういう巡りあわせなのか若い頃から所属部門の解体・再編といった目によく遭いました。所属組織や上司・先輩に対する思い入れを持ちようがなかったためか、長く働いていてもこれといった師弟関係・先輩後輩関係をいうものを実感として持ったことがありません。ましてここ10年ほどは最小人数体制法務でしたから、はなからそんな人間関係なぞ望むべくもありません。それこそ借入契約の交渉、求償請求交渉の相手方ですら手本、教師とせざるを得ない状況だったもので。だからといって当時の相手方に「あの時は本当に勉強になりました」と伝えたところで「お前のためにやったわけではない」といわれるのがオチだろうと思いますが。

 そうこうしているうちに自身のサラリーマン人生の残り時間が少なくなりました。所属組織に何をのこし、伝えていくかを「実行」していかなければならない時期なのですが、相も変わらず組織も自分も迷走し続けています。組織にある程度の安定なり、成長時の勢いのようなものがないと、業務における師弟関係や良い先輩後輩関係を築くことは難しいよなと思うのでした。

 記事企画そのものに対する感想は連載次回記事を読んだあたりで書きます。

 それでは。

 最近攻めている感のあるビジ法。拾い読み、というのもあれなので今回は巻頭の特別企画「法務の到達点と展望を大観する平成から令和へのメッセージ」の読後感。

 元号についての議論はあるものの、ある一定期間の歳月を括って論じるには便利なものです。ちょうどひと世代にあたる30年というのも区切りがいいですよね。

 自分が法務に異動したのは平成18年の年末なので、それ以前の企業をめぐる事件について法務の視点でどうこういうことはできないけれども「すべては地続きなのだ」と改めて思います。
 社内研修で「CSR(というもの色あせた感がありますが)」「コンプライアンス」を説明する際は平成前半の90年代から00年代に何が起こったのかということを抜きには説明できません。平成は企業が事故不祥事を隠しきれなくなった時代ですね。
 会社法絡みでいうと、それまではなんとなくサラリーマン双六の上がりのような「取締役」「監査役」就任が、各条文を読むともはや役員が「上がり」の役職ではないということがわかるようになったのが大きいですね。本当はその前からだって経営責任は負っていたはずなのだけど、「終身雇用・年功序列のご褒美に与っただけのような役員」っていましたからね。役員研修後に「知っていたら就任しなかった」とぼやかれたこともあります。業歴の長い企業ですら取締役、執行役が現役バリバリの世代に代わっていく事例をみますが、法がそこになんらかの役割を果たしているように思います。
 
 寄稿記事にはありませんでしたが製造業勤務だと「製造物責任法」と「消費生活用製品安全法」のインパクトは大きかったと思います。行政側が「消費者保護」に軸足を移したわけですが、決して消費者を軽視していたわけではないものの製品の設計思想からカタログ、パンフレットの表示やセールストークに至るまで見直すことになりました。個人的には平成19年(2007年)改正消安法施行時の製品リコールが実質的な企業法務デビューのようなものだったので忘れようがないというのもありますが。

 うるさがれようが古いといわれようが次の世代に申し送りしなければならないことはあります。若干総花的な印象はありますが、タイムリーな企画だと思います。
 やや「昭和的」な企画タイトル、何年か前中央経済社にお邪魔したときの応接室の風景を思い出しました。
 他の記事については別エントリーで。

  

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