企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


リコール 一番長かった6月 17

 【リコール会見】

その後の諸々です。
一番多かったのは「求償」です。

過去に遡って製造物責任を認め、賠償請求がある場合は案件ごとに対応する、と公表しましたので続々と求償に関する問い合わせがアフターサービス部門に寄せられました。
これは承知のうえなのですが、様々なケースがありました。

一般的なのは事故被害額と支払われた保険金の差額の請求です。(製品事故とは「火災」です)
しっかりと書類を示してくれる方から、根拠のわからない請求まで含めてくる方までいろいろ。
たとえば
事故の巻き添えで死んだペットの見舞金●十万円(えさ代含む)などというのには困りましたね
ペットは猫だったのですが、血統書つきの猫かと思えば拾った野良猫。だからといって見舞金ゼロというわけにもいきませんが、なぜえさ代まで?と社内打合せはで皆いっせいに脱力しました。説得にあたったアフター部門担当者も頭を悩ませていました。

本当の意味で悩ましかったのは、被害者本人でなくある種の「市民」を間に入れて交渉してくる方。「市民」はきまって某政党機関紙との繋がりを匂わせながらコンタクトをとってきます。その繋がりが本当かどうかはわかりません。しかし、今回のリコールが某機関紙を発端でしたので注意は必要でした。

関わった例としては、損害保険の差額支払いのほかに、被害者本人の名誉回復に尽力せよというもの。
火災事故の火元として実名入りで報道され住んでいた賃貸マンションから引っ越さざるを得なかった。近隣の住民に対してメーカーから説明にまわれという要求でした。損害保険の支払いについてはよくよく調査すると貸主である不動産会社と保険会社との間に不可解な状況があったので、これは損保会社同士の交渉に一任。名誉回復についても、そもそも名誉棄損があったのかよくわからない。ご本人や周囲に確認しても、的をえない..というような状況で。アフター部門から可能な限り近隣の方には説明に回ったのですが、近隣の方はあまり気にしていなかったようでした。そこまですると前述の「市民」の方も納得したようで、以後何のコンタクトもなくなりました。

求償に対する支払のほとんどは会社で加入している製造物責任保険でカバーできましたが、この保険の対象範囲は当該製造販売中止後20年後まで、でした。リコールした時点で19年目でしたから、その翌々年以降何かあった場合は「自腹」となります。製品に瑕疵がある可能性があったら、すぐ手を打たなければならない..とこういう点でも痛感しました。

ともあれ、6月からのリコール対応は秋風が吹く頃には通常のアフター業務で粛々と対応する段階に落ち着いたのでした。

あれから5年経ちましたが、まだリコールは終了していません。
回収率・改修率はともに95%を超えていますが、それでもたまに事故発生の速報が入ります。
一方で社内で当時の事を知る人が少なくなってきています。
何らかの形でこういう事例を語り継いでいかなねばならないと改めて感じます。

次回でこの項を終わらせます。

リコール 一番長かった6月 16

 だいぶ日程が空いてしまいました。8月後半、通信環境に障害が発生、すぐに手が打てなかったもので..
リコールに関するエントリーもそろそろ終わりに..できるのか...

【2回目のリコール会見】
 2007年7月最後の日の夕方4時からリコール対策協議会2回目の記者会見をひらきました。
 内容はリコール対象機種の追加と、リコール公表後約1ヵ月が経過するので進捗報告とそのなかで、勤務先の「埋もれていた人身事故」を公表するというものです。
 
 当日は大手町の某団体のビルの1室で会見を行ったのですが、隣の会場は某生活用品企業の決算説明会会場で、そちらが来場される個人投資家に、にこやかにお土産を手渡しているのに対して、こちらは報道陣の受付や記者の確認でややぴりぴりとした空気とまったく対照的な様子でした。

 会見は、冒頭のとおり、対象機種追加の公表、7月初旬のリコール発表後の協議会活動の進捗、そしてその過程のなかで「埋もれていた人身事故」が発見され、改正消安法に基づき届出、発表するという構成。事故に関する発表を勤務先の社長が行いました。
 最悪、社長の発表の最中から記者達の質問が飛び交うかと思ったのですが、そんな事態になることもなく発表を終えることができました。問題は質疑応答がどのような展開となるかでした。

 しかし、意外なことに本件について記者の質問は事故の事実確認に終始、手厳しいという噂の某新聞社会部記者ですら確認のための質問だけでした。こちらが事故を「埋まらせてしまったこと」の迂闊さを認め、謝罪と被害者への対応は責任をもって行うといいきったので、彼らが考える記事のストーリーとそれほどずれがなかったのかもしれません。公表時期が7月末になったことについても、「消防署など公的機関への事実確認を行い、可能な限り正確な情報で公表すべきと考えた」と説明しました。若い記者が多少喰い下がって(というか周りを煽ろうとしたのかもしれませんが)「改めて謝罪しろ」云々の発言がありましたが、同調する記者もなく、平穏に記者会見は終了したのでした。

 しかし、これは偶然平穏に終わったわけではありません。このように平穏に終わらせるために、多くの時間を費やし、いろいろな人の知恵なり経験なりを出しあった末にえることができた結果だと思いたいですね。(少しオーバーですかね)
 
 次回以降はリコール後の備忘録的内容について少々。
 


  

リコール 一番長かった6月 15

 いい加減、このシリーズ区切りをつけないと、もう8月下旬...

【記者会見 その後2】

依頼した所轄消防署からの回答書が届き、2件目の「埋もれていた事故情報」の扱いについて、協議会とともに経産省に報告と相談に出向くことになったのですが、この報告には僕は出席していなかったので当日の詳細を書くことができません。

前回(14)で書いたように、事故当時、どういうわけか所轄の警察、消防から照会がなかったため知りようがなかったこと、リコール実施に際しての調査の過程で伝聞情報(メモ)を発見したが、公的機関(所轄)の裏付けをとってから情報公開すべきと考えたことを説明し、そのうえで改正消安法に基づく扱いとすべきか、事故当時の法令に基づく扱いにすべきかを相談する、という流れで報告に臨むこととしました。(この方針に落ち着くまで、数回協議を重ねましたが)

その結果、ごく普通に「改正消安法」に基づき、経産省に報告書を提出すること、追加リコール公表時に併せて事故報告を行うという結論になりました。まあ、こちらが望む方向に落ち着いたわけです。既にリコール会見を行い、会見が炎上することもなくその後のメディアの報道もリコール周知のトーンだったこと、報告の時点で勤務先のリコールCM放映が始まっていたということも影響していたかもしれません。(憶測ですが)

再びリコール会見の準備です。
リコール機種の追加がメインですが、前回リコール公表後の把握・改修の進捗報告など前向きな情報発信を織り込む、協議会が事故再発防止について責任を負い続けることを改めて説明する、そして勤務先の「埋もれていた事故情報」について個別に発表する、という進行としました。

勤務先は、もともとこの「埋もれていた事故情報」により単独リコールまで考えていたのですが、それでもいざ公表となると想定問答を改めて練り込む必要がありました。
しかし、リコール実施とCM放映開始後、納入先把握率や改修率に改善の動きが見え始めていたこともあり、メーカーの経営責任を問う想定質問に対して、「改修を進めていくことが我々の責任である」と自信をもって回答できるようになっていたことも事実です。

2回目のリコール公表は7月末日。場所は大手町で午後2時から。
6月から2カ月間にわたるリコール対応の区切りがみえてきていました。

次回は2回目のリコール会見です。
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