企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


リコール 一番長かった6月 14

【記者会見 その後1】

翌日の新聞紙面の報道は事実ベースのもので、メディア側がリコール活動促進の旗振り役の立ち位置についたことがはっきりしました。(本来のメディアの役割といえばそうですが)TVの情報番組でも取上げる動きがあり、数局から問い合わせが続きました。いずれもリコール周知が趣旨で、この点からもリコール会見は成功だったと思います。

会見の二日後、2件目の事故の照会を依頼していた所轄消防署から電話連絡がありました。
依頼してから2週間以上経過していました。この時期は渋谷でスパの爆発事故が発生した時期であり、当時消防署は類似のスパ施設の安全点検に追われて多忙だったとのことですが、多分報道が連絡の後押しになったような気がします。

連絡の内容は、「火災事故が発生した」「COが発生、出動時は鎮火していた」「被害者がいた」「当該機器の周囲が燃えていた」「火災の原因は特定できなかった」「「被害者の情報については自治体の個人情報保護条例により一切開示できない」といったものでした。我々とすれば、被害者情報を把握したかったのですが条例を理由にされた以上深追いはできません。
この連絡の内容を書面でいただけないか打診したところ、即日は無理だが要望には応えるという回答を頂きました。

さて消防署の回答を得たところで、その対応です。
本件は、6月の時点で単独リコールに踏み切るか否か議論になり、行政サイドの確認が取れてから改めて協議という結論になっていましたが、ここで正式に「事故」と位置付けされたわけです。
協議会に報告し協議したところ、公表で方針決定されました。本稿8で触れたリコール対象機器追加について、当事者メーカーでリコール会見時に全容が纏まらず、再度会見することとしていましたので、その機会に併せて本事故も公表という筋書きで、経産省に打診することとなりました。

懸案は「事故隠し」として取られるかどうかだったのですが、調査を進めるうち、事故当時機器周囲が燃えていた点で火災原因かどうかは別にして、通常製造販売元に来るはずの警察か消防からの連絡がなかったことが判明しました。(所轄消防も確認)
これを理由に淡々と事実ベースで相談しようということになったのです。(続く)

リコール 一番長かった6月 13

間が空いてしまいました。8月になってしまいました..

【記者会見 当日】です。

 万全の準備をして、というよりその時点でやれることはすべてやってリコール記者会見当日を迎えました。
前日夜は会見原稿や説明用のクリップの準備、リコール製品実物の用意ほか協議会各社の広報担当の役割分担の確認。司会進行は、機器メーカー側のトップ企業の広報室長。百戦錬磨の人です。謝罪のタイミング(一斉起立で頭を下げる、あれです)の確認や質疑の切り上げのポイントなどを取り決めていきました。
当日午前中は、勤務先の社長が読み上げるコメントと想定問答の最終確認。
そして午後早めに会場に入ったのでした。

会見は16:00開始でしたが、TV局の撮影クルーは14:30頃から続々と会場に入ってきます。
会見定刻までの間はほぼ満席(40名くらいだったでしょうか)という状況。この時期、いかに製品リコールが記事になりやすい素材だったかということですね。一方、フロアを変えて借りた会見者控室は記者たちに発見されることなく、会見者は落ち着いて時間を過すことができました。

定刻・会見者入場直前に、会場にてリリース文書を配布。
会見者入場、着席と同時に司会が会見開始の挨拶と記者会見全体のおおよその所要時間を説明したあとに、協議会会長がリリース内容にそって、会見趣旨から説明開始。
会見者は協議会会長と副会長2名の3名(うち、副会長が勤務先の社長でした)
これまでの経緯と、過去にさかのぼって製品起因の事故であることを認め謝罪の意を表したところで、起立して頭を下げる。ここで沢山のフラッシュがたかれます。(よく見られるシーンですが)

テクニック面を強調するわけではありませんが、報道陣が撮りたい写真、欲しいコメントを会見の早いタイミングで提供しないと記者のストレスが溜まり会見が不穏な空気で満たされてしまいます。だから、パターンだね、といわれることがわかってもこの動作をとるのです。

このあとはそのまま会見説明を最後まで行い、質疑に移ります。ヤマ場はまず過去の2件のうちの1件目の人身事故の説明です。
記者の質問を勤務先の社長がひきとり概要と経緯を説明。説明が一区切りついたところで、再び謝罪と起立、頭を下げます。念のためなのか、ここでもフラッシュがたかれます。
ここで記者のきつい質問が何発も続くかどうかが最大の懸案だったのですが、責任(賠償請求など)を取ることを明言したためか、記事にするための詳細確認の質問が続いたのみでした。「この人が燃えたら大変」といわれる某社会部記者が冷静に事実確認の質問に終始した時点で、この会見は無事に終わると確信しました。

大体質問が出そろったところで司会が時間を区切って会見を終わらせました。
撮影クルーが説明クリップや製品の映像を取りにばたばたと会場内を移動する合間に会見者は退場、記者の対応は会見場に残った広報担当が行いました。僕も何社かの記者の質疑を受けましたが事実確認以上のものはなかったように記憶しています。
過去の非を認めそして一刻もはやく改修を進めたいという意思を全面に押し出した会見と受け止められたのではないでしょうか。

その日の18時台のTVニュースには会見の模様が流れました。
メーカー側を非難する論調はなく会見内容をそのまま伝える内容がほとんどでした。
この点ではリコール会見は成功だったといえるかもしれません。

しかし、これですべてが終わったわけではありません。所轄消防署に確認依頼をしている事故の決着がまだ残っていました。(まだ、続く)

下記の本は、タイトルにつられて読んだ本です。
実際に危機対応のまずさがきっかえとなって吹っ飛んだ会社はありますしね。


会社なんて一発で吹っ飛ぶ!会社なんて一発で吹っ飛ぶ!
(2008/08/01)
佐々木 政幸

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リコール 一番長かった6月 12

つづきです。 
【記者会見2】

広報関係の本にも書かれていることではありますが、実際にやったことを記しておきます。

記者会見の時間は、経産省の発表が終了してからということで午後4時からに決定。

 記者会見会場は会見前日に決定。いくつか候補を検討し、会見当日午後いっぱい、50~60人を収容できる会議室と会見メンバーの控室が確保できる、なるべく霞が関・大手町界隈に近い、ということで日比谷の某会館にしました。霞が関・大手町の近くにする理由は、報道各社の記者が「経産省⇒記者会見会場⇒報道機関の本社」と移動しやすいように、との考えから。午後4時会見というのは夕方のニュースに間に合うかぎりぎりの時間のため。記者に余計なストレスを感じさせないようにするのもひとつの工夫なのです。
 当然、会見会場と会見メンバー控室はフロアを変え、控室の予約者はそれとはわからないようにします。ぶら下がり取材から会見メンバーを守るためです。
決定してすぐに下見をし机や椅子の配置、PAのや会見終了後の会見メンバーの退出路の確認をしました。会場の出入り口が1か所しかないのが難でしたが、(報道記者と分けられない)人員の配置の仕方で工夫しようということにしました。

 さて当日。
会見は午後4時からでも、TV用の撮影がある場合は早め(1時間以上前)に撮影クルーが会場入りします。カメラや照明、マイクの設定に時間がかかるからです。したがって広報メンバーもその時間には会場入りして受付応対をします。
 報道記者が現れるのは開始直前になります。ばたばたしていても必ず受付をしてもらい名刺をいただきます。これは会見で十分な質疑応答ができなった場合の連絡先の確認でもありますし、やり手の記者がきているかどうかの確認でもあります。会見を通じてそのやり手記者が納得すれば、会見も荒れませんし、彼らが書く報道記事も会見側の主旨を反映させたものになります。誰がきているか、というのは重要な情報なのです。
 
 引き延ばしているつもりはありませんが、次こそ会見当日について書きます。すみません。
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