企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


正しい会社の売られ方 幻のIPO 7

また1ヶ月も空かせてしまったこのシリーズ、さっさと先にいかなければ。

 前回は株主(投資ファンド)が直前期での資本政策(大株主づくり)は実行しないという結論を出したところまででした。
ところが、というのが今回の話です。

 申請直前期の年度が間もなく終わるという2月にくすぶり始めたのが、株主が複数の事業会社とDDの段取りを行っているという話です。
「このタイミングで株主づくりもないだろう」とは思いましたが、投資ファンドなりの考えがあるのだろうと納得するよりありません。ただ、財務部門は3月決算の諸作業にかからない日程を要望していましたし、何より我々上場準備事務局は、申請書類準備の最終段階にありました。まさか上場準備の妨げになるようなことはしまいとは思っていたのですが。。。

 結局、3月中旬から4月にかけて数回DDを実施するので協力するように、と伝えられたのが3月初旬。
ちょうど上場準備事務局が上場申請書類である「Ⅰの部」「Ⅱの部」そのほか主幹事証券審査に必要書類をすべて揃え、また主幹事証券がバリエーションの検討を始めたところでした。公開業務部門担当者が「具体的に審査日程を決めましょう」と気合いを入れたところで、「すみません、実は」とDD実施の説明をするはめになりました。
「いまから資本政策ですかね?」「さあ、なんとも」「株主が決めたことですから仕方がないですね」
段ボール箱に詰めた申請書類を横目にみながら、こんな会話で時間を埋めるしかありませんでした。
 某雑誌の記事にちらりと書きましたが、本当に「対象会社の事情」など一切考慮されないものなのですよ。

 DDは複数の事業会社が順番に実施するという予定が組まれていました。資本政策なのか、それとも他の目的のためなのか明かされる事なく、上場準備事務局のメンバーがそのままDD事務局を務めるという体制で始まりました。
 1社目のDD。「資料中心で回答いただければよいので」と法律事務所や会計事務所から次々と送られてくる質問票。上場準備書類やそのために整備した社内書類でまず大半の質問の回答になるというなんとも皮肉な状況となりました。
DDが佳境に入り、飛び書く追加質問の内容やインタビューなどを通じ、「持分取得のためではない。支配権をとるつもりだ」と感じました。僕もだてにいろいろな目に遭っていません。元親会社が投資ファンドに売却するときのDDよりも、「微に入り細に入り」だったのです。
 投資ファンドが選択した出口は、事業会社へのバイアウトだったわけです。

 1社目のDDが終了し、さて2社目は?といいますと2社目はありませんでした。1社目が好反応だったからです。
何がどこまで進んでいたのかはっきりと現場には降りてきませんでしたが、4月のある日投資ファンドのパートナー社員から僕あてにメールが届きました。メールに添付した書類にマーカーをつけてあるので、その部分を作成し埋めてくれとの依頼でした。
メールに添付されたその書類は、公取委に提出する企業結合審査のためのものでした。
これでIPOはなくなった、と思わず目を閉じました。

 メールが届いた日はたしか某法律雑誌の読者交流会の日でした。その夜のビールは苦かったな。(つづく)

                             

正しい会社の売られ方 幻のIPO 6

 資本政策を巡るあれこれの続きです。

 前回、対象会社(勤務先)が元親会社が保有していた普通株式の残り全部を自己株式取得、議決権をもつ株主が投資ファンド1名となったところまで書きました。種類株式については少し脇に置いておきます。

 そろそろ資本政策について本腰をいれなければと、投資ファンドの担当者(といっても勤務先の非常勤取締役でしたが)と顔をあわす度に投資ファンド側の検討案があるなら提示してもらいたいとせっつくようになりました。
 せめてどのような株主構成で上場に臨むのか開示されなければ事務局の仕事も前に進みません。

 例えば主要取引先に募集株式を引き受けてもらうにしても「上場前規制」という制度があります。上場前の非公開株式を引き受けるのですから、ほとんどの企業で取締役会、執行役会といった決議機関の承認を経てということになるでしょう。相応の準備と期間が必要になります。またこちらの期待どおりの結果になるとは限りません。申請直前期中に株式移動を完了させるために残された時間は、前述の相手先の決裁手続を考えれば実質半年あるかないかという時期になっていました。

 投資ファンドにしても「ロックアップ」制度があります。我々が無事上場を果たしたとしても、すぐに保有株式の全てを手放せるわけではありません。ロックアップが解けても、そのときに思うような株価をつけているとは限りません。当時、我々が所属している業界(セクター)の評価は低いままでしたから、勤務先の株式を手放すまで、何年もかかるかもしれない状況でした。このことをいうとファンドのスタッフは渋い表情をしたのですが、資本政策について彼らの権限でできることは、非常に限られたものだったのかもしれません。

 もちろん出口戦略は「株式上場」に限られているわけではないことは承知していました。第三者への丸ごとバイアウトもありえるのですから、上場準備が捨て駒になることも少しは覚悟していたのですが。。。

 資本政策の方針提示については延ばし延ばしにされたあと、結局株主構成は何ら変えずに上場申請に臨むという結論が伝えられたのは申請直前期も半ばを過ぎた頃でした。(まあ、その時点で第三者への譲渡なり、引き受けの依頼が間に合わないタイミングでしたが)

 今回は短い内容になってしまいました。 つづく
 
 

正しい会社の売られ方 幻のIPO 5

  続きです。

2. 上場申請直前期の株主構成
 上場申請直前期を迎えるにあたり、もろもろ検討の結果(主に投資ファンドの意向かと)組織再編を実施しました。
ちらちらとこのブログでも触れたことのある持株会社の設立です。
 方法は勤務先と勤務先の連結子会社1社との共同株式移転によるもので、これで上場準備は持株会社が進めることになったわけです。(このとき、僕は持株会社に出向)

 直前期の組織再編については、主幹事証券も「?」という反応でした。直前期は上場に向けて月次決算早期化、予実算管理(差異分析含む)ほか諸々の予行演習をスタートさせる時期と位置づけられています。その期初にわざわざ面倒なことをことを行った理由は何か。
 それは実施時期を延期していた元親会社が保有する株式に関わるものでした。前回の②③で議決権ベースで約10%の分です。譲渡時期を延期していたものですが、さすがに投資ファンドももう延期できないと考えたのでしょう。株式を取得すると元親会社に申し出ました。投資ファンドか第三者かという検討はされたのかもしれませんが、結果として対象会社が自己株式として取得することになりました。ただ、ご存知のとおり自己株式取得にあたっては分配可能額の問題があります。その問題のために持株会社を設立、持株会社が元親会社から自己株式を取得する.....もちろんこれだけが持株会社設立の理由ではありませんが、主な理由であったことはたしかです。
 結局、直前期の4月1日に持株会社設立、その6月に自己株式取得と「自己株式消却」を実施したのでした。
 実は膨れ上がる自己株式の使い途にESOPが検討できるか信託銀行と協議を始めていたところだったのですが、これによりあえなく協議終了となりました。

まとめますと
申請直前期の第1四半期終了時点での株主構成は次のとおり。
※株式移転により一時的に連結子会社が親会社株式を保有しましたが、上記と同時期に取得、消却していますが、割愛)
 普通株主1名 議決権ベースでの持株比率 100%
 種類株主1名 (議決権なし、取得請求権のみ)

投資ファンドが100%株主になったことで、いったいどのような資本政策をたてていくのか、我々も主幹事証券も一刻もはやく意向を確認せねば、とせっつき始めたのですが........ つづく


【追記】
・株式譲渡の対象会社が、全株式を自己株式取得しただけじゃないか? 






 
 
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