企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常


「絶つ」ということ

 BLJ「独禁法の道標」、ジュリスト「独禁法事例コレクション」と法律誌で独禁法をテーマとした記事が連載されています。たまに自分の業界に近いところの事例が取り上げられていることがあり、心が痛むときもありますが、何にせよ独禁法リスクは常に頭のどこかに置かざるをえません。当事者が意思をもって法を侵す「談合 」ではなく、諸々の「うっかり違反」のほうが今はこわいのですが。前者については、こういう言い方はどうかと思うのですが、「談合をできる人間」がいなくなってしまったのでリスクが低下しているというところでしょうか。
 
 もうひと昔もふた昔も前に会社が「このマーケットはNG」と決めつけ、談合の事実の有無を問わず、その手の仕事には一切かかわらないと急旋回しました。急に舵を切ることで振り落としたわけで人事異動、部門解散、事業(子会社も含む)の売却などの手段をとりました。
ばっさり「断つ」のが特効薬(劇薬)とばかり、様々な背景、事情は一切考慮なしでした。個々の事情をいちいち容れていたら悪しき「商習慣」は断てませんからね。
 この手の仕事は「人的繋がり」ありき。関わっていた人間、関わりそうな人間を外してしまえば自然と仕事の継続はできなくなります。根から「枯らした」わけです。
 対象となったマーケットは「談合」ありきではありません。基本的にはごくまっとうな場所です。ただマーケットの仕組み、仕事の組立をきちんと理解しておかないとまったく仕事になりません。人を断つ事でそのマーケットに取り組むことが難しくなった面はたしかにあります。そのことに未練がある人間もいないわけではありません。

 「断つ」決断は現場ではできないものです。
経営陣、リスク管理部門の覚悟と決断によらざるをえないと思うのです。


 


  

文章「力」なのか「術」なのか

 文章力、文章術の向上をうたう書籍や記事は本当に絶えませんね。
「ビジネス法務」の11月号の特集記事も「法務部の「伝わる」文章術」ですね。
このような特集が組まれるということは、自分が書いた文章が相手に伝わらなくてお悩みの企業法務部員がいらっしゃる、ということなのでしょうか。
法務部門の人間は文章作成能力は高いと思うのですが、その読み手に通じるものではなくては、読み手にとっては外国語で書かれているのと似たようなものですからね。
「たぶん正しいのかもしれなけけれど、難しくてよくわからないよ」とか「このままじゃ、お客さんに説明できないよ」といわれるケースがあるのかもしれません。
「文章」ではなくて「文章」とした理由は、力はあるのだからあとはそれを「活かす術」だよということでしょうか。

 自分がサラリーマンになった昭和末期(こう書くと本当に年取った感が増すなあ)は、オフィスのフロアにワープロが数台置いてあるという状況で、日常業務で作成する書類というのは、ほぼ手書きです。正式に提出する見積書や請求書のほか社内稟議書類でさえカーボンを通して2枚、3枚綴りにして(わかるかな)ボールペンでがりがり書いていたものです。
 その頃は販売部門にいましたので、稟議書類の内容は「工場出荷価格の特別値引依頼」、「●物件受注対応に関するお願い」といったものですが、上司に判子をもらう以上下書きの段階で文案を見てもらういます。すると、冒頭の数行を読んだだけで「だめ、書き直し」といわれるか「ちょっと預かる」と持っていったあと、しばらくして赤ペンで真っ赤になったものを返されました。
いわく
「文面からお前の意思が読み取れない」
「読み手のロジックや関心事を考えたか」
「何のために書くのだ?読んでもらって終わりか?アクションをとってもらうのが目的だろう」

などなど鬼の指導を受けました。(だいぶあとになってミントの「考える技術・書く技術」を読んで、似たようなことが書かれていたのでびっくりしましたねえ)
ひとつの文書が完成させるまで時間がかかりましたし、ごりごりと指導を受けているときはしんどかったのですが今になって思えば、というところですね。あの時期を通じて得たのは「文章力」のほうだったと思います。


 読み手の思考、関心事、読んだときの反応を想定しながら書くというのは簡単な作業ではありません。
文書作成に時間ばかりかけてもいられない現実もありますが、だからといって文書テンプレート頼みや小手先のテクニックだけでは文書は格好がつくかもしれませんが、読み手に底の浅さがばれてしまうかもしれません。
 限られた時間で読み手に伝わる文書を書く、ということに必要なのはやはり「力」の方ではないのかなあと思った次第。





 

レピュテーション

 旧ブログに残したとおり、勤務先の資本の変遷、企業再編により、手間はそれほどかからないけれど定期的に必ず対応しなければならない仕事が、「信用調査会社からの取材対応」。
それまで販売先の債権保全のために調査業務を委託していただけだったのが、一転「調査される」側になってしまいました。それは再び上場企業の子会社となった今でも続いています。調査会社のクライアント(たぶんサプライヤー)からみれば、業績のほかに短期間で親会社が何回も変わった企業ということで定点観測の対象となっているのかもしれません。

 「会社の評判 」というものを初めて意識したのは最初の株式譲渡のとき、大企業グループから切り離され、当時はなかなか世間の信用を得にくい投資ファンド傘下になったときです。(「ハゲタカ」のイメージが強烈でしたからね)
 40年以上も使用してきた商標の使用許諾が打ち切られるため、旧ブランド撤収と新商号、商標、ブランドロゴなどを短期間で作り出さなければならず、経営再建のさなかに多大な時間と費用をかけなければなりませんでした。もっとも、この作業は株式譲渡のショックを和らげ従業員のモチベーションの維持・向上をはかろうとしたのか若手社員が中心に担っていました。

 企業ブランドというのは、カネをかければ確立できるものではありません。耳障りのよい企業スローガン、見映えのよいブランドロゴでそれが手に入るのであれば苦労しません。「いいデザインロゴになりましたね」、信用調査会社の調査員もそうはいってくれますが「で、撤収含めて費用はいかほどかかりましたか」という質問に。会社の評価は結局財務諸表に記載された数字からしか得られないということをいやというほど感じました。

 企業ブランドというのは、なかなか企業の思惑どおりに育たないものです。本業への投資だけでなくイメージ戦略に巨額投資できる企業であればともかく、そうでない企業はどのように世間の評判をかちえていけばよいのか。カネをかけてもなかなか効果を得られないブランド戦略よりは、まず内部管理をしっかり行い、財務諸表の一番下の数字を積み上げていくことでしょう。特に経営不振に陥り何らかの企業再編といった目に遭った企業はそうでしょう。

なにかにつけ自分がこのように主張するときの支えになった書籍をリンクに貼付けておきます。発刊年次がやや古くなりましたが、今でもたまに手に取ります。




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