「親」会社としての顔、「投資家」としての顔 について

 グループ会社管理について別に書く機会を考えていますが、とりあえず軽く。

 「親」「子」という日本語の持つ意味によるものなのか
親子会社とは便利な言葉ですが罪なような気がします。
言霊とでもいうのでしょうか。
親が子を見放すことがあるだろうか、あるはずがない、最初の売却前は皆そう思っていたに違いありません。
まだ法務に異動する前でしたが僕が「そんなことないよ」といっても、「考えすぎ」と笑われるのがオチでしたからね。

 そんなことがあったわけです。

「売却」するときは見事に「株主(投資家)」の顔でしたからね。これ以上君たちに投資できない、この一言でしたから。
そして、二度目に買収されたときは「投資したのは我々だ」です。
 でも、思うのです。最初から投資家の顔をみせておいてくれたほうが「優しい」のではないかと。

 M&A が珍しくもない時代、既に数多の「親会社」は「投資家」の顔を前面に出していると思います。
それに追いついていない「子会社」のほうが多いのではないかと。
 「子会社」だから受けられる恩恵というものがありますからね(もっともなければ意味がないですが)
 しかし、1人株主100%子会社は、本当に株主の意思ひとつでどうとでもなります。
 本当はぬくぬくとはしていられないのですよ。

 二度あることは三度ある、といわれます。
 正直それは勘弁なのですが、それでも何が起こるかわからないのがビジネス。
 心の片隅で覚悟しておかなければならないのでしょうかね。

 次回ぐらいで(いい加減)このシリーズ、いったん終わりにします。