文章力、文章術の向上をうたう書籍や記事は本当に絶えませんね。
「ビジネス法務」の11月号の特集記事も「法務部の「伝わる」文章術」ですね。
このような特集が組まれるということは、自分が書いた文章が相手に伝わらなくてお悩みの企業法務部員がいらっしゃる、ということなのでしょうか。
法務部門の人間は文章作成能力は高いと思うのですが、その読み手に通じるものではなくては、読み手にとっては外国語で書かれているのと似たようなものですからね。
「たぶん正しいのかもしれなけけれど、難しくてよくわからないよ」とか「このままじゃ、お客さんに説明できないよ」といわれるケースがあるのかもしれません。
「文章」ではなくて「文章」とした理由は、力はあるのだからあとはそれを「活かす術」だよということでしょうか。

 自分がサラリーマンになった昭和末期(こう書くと本当に年取った感が増すなあ)は、オフィスのフロアにワープロが数台置いてあるという状況で、日常業務で作成する書類というのは、ほぼ手書きです。正式に提出する見積書や請求書のほか社内稟議書類でさえカーボンを通して2枚、3枚綴りにして(わかるかな)ボールペンでがりがり書いていたものです。
 その頃は販売部門にいましたので、稟議書類の内容は「工場出荷価格の特別値引依頼」、「●物件受注対応に関するお願い」といったものですが、上司に判子をもらう以上下書きの段階で文案を見てもらういます。すると、冒頭の数行を読んだだけで「だめ、書き直し」といわれるか「ちょっと預かる」と持っていったあと、しばらくして赤ペンで真っ赤になったものを返されました。
いわく
「文面からお前の意思が読み取れない」
「読み手のロジックや関心事を考えたか」
「何のために書くのだ?読んでもらって終わりか?アクションをとってもらうのが目的だろう」

などなど鬼の指導を受けました。(だいぶあとになってミントの「考える技術・書く技術」を読んで、似たようなことが書かれていたのでびっくりしましたねえ)
ひとつの文書が完成させるまで時間がかかりましたし、ごりごりと指導を受けているときはしんどかったのですが今になって思えば、というところですね。あの時期を通じて得たのは「文章力」のほうだったと思います。


 読み手の思考、関心事、読んだときの反応を想定しながら書くというのは簡単な作業ではありません。
文書作成に時間ばかりかけてもいられない現実もありますが、だからといって文書テンプレート頼みや小手先のテクニックだけでは文書は格好がつくかもしれませんが、読み手に底の浅さがばれてしまうかもしれません。
 限られた時間で読み手に伝わる文書を書く、ということに必要なのはやはり「力」の方ではないのかなあと思った次第。