企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2013年03月


正しい会社の売られ方  売却までの道のりを想像してみる2

買主がつくか、の続きです。

 同業他社への売却話が具体化しない以上、次なる買主候補として企業再生を謳うファンドが挙がるのは当然の流れであったと思います。
 どのようなオファーを出したのか、そして候補がいくつあってどのような買収スキーム、ビジネスプランをもって親会社にプレゼンテーションを行ったのか、そして対象会社にはどこまで知らされていたのか、というと実はよくわかりません。この手の話の常なのか経理と事業部門の一部は早い時期から関わっていましたが法務(といっても自分ひとりですが)はもっと後になってからです。
 それでも少しずつ入ってくる情報からはっきりしていたのは子会社を売り急いでいることだけでした。

・このままずるずると収益低下が続けば資産価値が下がり、売却価格に影響してしまう。
・とにかく買収額と支払条件を提示させよう。
・対象会社のビジネスについて、売主として何かできることはもはやないので、それは買主に任せよう。(実際、親会社からの天 下りではなく我々の部門の生え抜きを社長に据えた結果の収益低下でしたから、よい口実になったのではないでしょうか)

察するにこんなところではなかったかと思うのです。

高い価格で売却すること自体は企業として当然のことです。
しかし買主候補が買収資金をどのように調達するのか。資金調達を含めた買収スキームが対象会社にどのような影響を与えるのか..という検証を親会社は十分したのでしょうか。
僕は十分はしなかったのではないかと考えています。あるいはしたけれども、「売却ありき」だったのではないかと。

そのことについては次回以降に。


 

正しい会社の売られ方  買主がつくか

 2007年当時の業界動向もあわせて、買主がつきやすかったのか考えてみます。

勤務先がもともとの企業の事業部門から分社したのは2001年。
分社後まるまる1社ごと売却することを前提にしていたとのことなので、よい価額で売却できるよう資本や資産を整えたようです。2006年会社法改正の際、非上場子会社なのに機関設計は大会社という図体になりました。
また一応総合メーカーでしたので製品ジャンルが数多く、そこそこシェアを確保しているものもありましたから、親会社としては売りやすい、と考えたと思います。相手は当然勤務先の同業他社でしょう。

勤務先売却を同業他社にいつもちかけたのか、いや持ちかけたのか本当のところはわかりません。
ただ持ちかけたとしても、取引が成立するのは難しかったと考えます。

2007年という年は建設業界にとっては悪い年まわりでした。
有名な耐震設計偽装事件を受けて6月に建築基準法を改正したのですが、あまりに性急過ぎて肝心の建築行政が追いつかず7月以降新築工事の確認申請許可業務が停滞したため着工数が激減。新設住宅着工戸数が前年比▲19%と、市場規模が一気に縮小した年でした。
この件がなくても同業者で構成する業界の会合でも「プレーヤーが多すぎる」という声が聞かれるようになった頃です。
既に世帯数減少、人口減による市場縮小の見通しがありましたから、どのメーカーも生産拠点や物流拠点を統廃合する考えはあっても、同業者を買収して単純に拠点や人員を増やすという考えはなかったと思います。製品事業毎の話であれば可能性はまだあったかもしれません。親会社は勤務先1社丸ごといい価額で売却することが前提でした。連結で1000人以上の従業員を増やすことは同業者にとって現実味がなかった、と思います。また、シェアの高い製品については公取委の審査の時間も必要で買主候補の規模によっては認められない可能性があったかもしれません。
しかし、何より経営悪化が進んでいる会社を買収するほど経営に余裕をもつ同業者はなかったと思います。毎月確実に市場が縮小していくのを目の当たりにしている状況で親会社が買収を持ちかけたとしても「1社まるまるの買収は勘弁してください」という回答されるのがオチだったのではないでしょうか。

2007年夏の終わり頃には買主候補に同業者の姿がなく投資ファンドだけが買主候補になっていたところをみると、同業他社への売却案は早い時期に廃案となったのではないかと勝手に推測しています。

では今日はここまで。
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