企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2014年08月


やりたいことを好きなようにやっている? ENO・HYDE

 8月がようやく終わりますね。

 週末なのでちょっと業務を離れて気分転換、「聴いた音楽」の話でも。

 ここ数年新譜を必ずチェック、入手するという機会が少なくなりました。いかんな、とは思ってみてもつい若い頃から聴いていた音楽を繰り返し聴いているのです。自分の年齢が新入社員の頃にスナックでひたすら演歌を歌っていた部長の年齢を超えていることに気づきました。力が抜けます。

 珍しく入手した新譜(といっても今年の春先のリリースだったようですが)はEno・Hydeの「SOMEDAY WORLD」と「HIGH LIFE」。
 10代半ばから本格的に洋楽を聴き始めて30年以上、当時自分が聴いていて、今も現役で活躍、定期的というか周期的に新作をリリースしているミュージシャンは数えるほどになりました。そのひとりがEno、つまりBrian Eno。
ご存知の方も多いでしょうが、70年代からロック、アンビエント、ポストパンク、ハウスなど広い範囲のジャンルを手がけています。 
 まれに登場する雑誌のインタビューやライナーノーツでの本人のコメントは、わかったようなわからないようなものが多いのですが今回も「ライクティ」の実験だとかいっています。⇒(ライクティとはスティーブ・ライヒとフェラ・クティの合成語。興味のない方にはまったくなんのこっちゃかわからんですよね。現代音楽とアフロビートの共存ということのようですが?)
 解説、コメントは小難しいが、聴いてみると意外と気持ちよい(自分にとっては)というのが特徴で、今年の2作もこれに当てはまります。

 まあ、好きなことをやりたいようにやっているといってしまえばそれまでですが、創作活動の源は案外本当にそうかもしれません。
 それにしても、たしかもう60歳を過ぎたはず。アイデアが枯れない、尽きないというところがさすがEno、というところでしょうか。






 
 

消費者庁:景表法パブコメ

 8月もまもなく終わり。酷暑から解放されてほっとしています。
 このくそ暑い中 、消費者庁が景表法に関するパブコメ募集しています
 
 特にやましいことはないのですが「消費者庁」ときくだけで、「お」とどこか身構えてしまうところが哀しいところです。
 下記①は、7月に東京・阿佐ヶ谷で開催された「コンプライアンスナイトvol.2」でも取り上げられた景表法第7条2項に関する消費者庁の指針(案)、ひとつとばして③は課徴金制度に関するものです。
 
 ①は不当表示を未然防止するための「必要な措置」を事業者に求めたものですが、まあどうしたものか。工業会関係者ともちょっと意見交換をしたのですが、「まあ、これは日常やっていることが多いよね」というところ。改正消安法施行以来生活用品製造事業者としていろいろな取組を進めてきました。カタログ、販促物、取扱説明書など主に「安全」に関わる事項ですが、実際はそれに留まらず、ユーザーの誤解を招きやすい表記の解消には継続的に取り組んできたつもりです。
「ことさら神経質になることもないか」というところなのですが。
 
 締め切りまでもう少し期間があるので、よく考えてみようかと思います。

  
不当景品類及び不当表示防止法第7条第2項に基づく「事業者が講ずべき景品類の提供及び表示の管理上の措置についての指針(案)」に関する意見募集について
 http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=235070019&Mode=0
「不当景品類及び不当表示防止法第十二条第一項及び第二項の規定による権限の委任に関する政令の一部を改正する政令案」に関する意見募集について
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=235070020&Mode=0

景品表示法における課徴金制度導入に関する意見募集
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=235030017&Mode=0





子会社はつらいよ? 下から目線でなんちゃら 4

 子会社管理というとスマートにきこえるのですが、なかなかそうもいかないのが実情で。

 子会社の取締役人事や取締役会の構成について。

 親会社から取締役が派遣されることについては、子会社はそういうものだと納得しています。
 関心事はまず「常勤なのか」「どういう人物、経歴なのか」
常勤であればどこかの部門長のポストに就くことになりますし、そうであれば「人となり」が心配になりますからね。 
 常勤といっても事情はそれぞれ。子会社の取締役を2年やってリタイアという方や、親会社本流からはじかれた方など、子会社側としてはグループ役員人事の季節は唸ったり落胆したりとなるわけです。明らかに残りのサラリーマン生活を「流している」方もいれば、張り切っているけれど方向が違う方、どこか子会社を小馬鹿にしている方、まあいろいろな方がいます。来るなら「まともな人」を寄越してくれ、というのが正直なところでしょうか。
 非常勤の場合は親会社の取締役と兼任で取締役会のときぐらしか来ない(来れない)という実態ではないでしょうか。複数の子会社取締役を兼任することがありますから限界があります。したがって非常勤の場合は関心度がちょっと下がります。(親会社でのポストとその序列とか影響力は随時確認しますが)

上記の事情に取締役会の構成がからみます。
①常勤、非常勤を問わず親会社からの取締役で取締役会の過半数を占める
②親会社の取締役が1〜2名、非常勤取締役として入る。

①はわかりやすいですね。「親会社の指示命令に従え、勝手な決議はさせないからな」という強固な意志が伝わってきますね。この構成の場合、常勤の親会社側取締役は親会社の方針を子会社に実行させる役割、責任を負って乗り込んできます。被買収子会社の生え抜きの社長、取締役がボードに残ったとしてもこの構成には敗北感に似た思いを抱きます。親会社の子会社経営責任が明確、とはなかなか思えないものです。
員数合わせ的にこの構成を取られたこともあるのですが、そのときはそこまでやるならもっと経営のハンドリングをしてもらえませんかね、と思いましたから下にいる者は勝手ですよね(苦笑)

②は直系の子会社(歴史的に資本、人的にも一体という意味)の場合にあるパターンではないかと。親会社の取締役の業務のほか、複数の子会社の取締役を兼任する方も多いので、子会社にやってくるのは取締役会がやっとではないでしょうか。子会社からすると、たまにしか来ないのに「何がわかるの?」といいたくもなるわけで。特に子会社生え抜き社長の場合はそうですし、親会社から転籍した取締役がいるとしても「はじかれて子会社」の人だったら推して知るべしで。「牽制」「管理」って何?という状況になります。

 まったく、会社法の取締役や取締役会に関する条文や取締役の責任、グループ会社ガバナンスの論考が別世界のように思えてくるのですが、なんとか接点を持たなければなりません。
この接点を取り持つのはどこの誰かということは次回以降。

 とここまで書いて、BLJ10月号の記事を読む。うーむ。

 まあ、いいか。このブログはこのままのトーンで。




子会社はつらいよ? 下から目線でなんちゃら 3

 会社法まわりのエントリーになっているのか、疑問だけども続きです。
 
親会社から社長が次の事情で遣わされてくる場合

 ①お役御免直前の最後の花道 
 ③非主流派の配流先 

 どちらも子会社生え抜きの従業員にとっては、斜に構えざるをえないのは致し方ないところ。
人間だもの。

  ①の場合は、本当にその人物の人間性が出るというか。
親会社での過去の栄光(あれば、だけども)を振りかざすか、振りかざさないけれど自分の人脈でなんだかなあ、という仕事を引っ張ってくるか(悪気はないのだろうけれど)、子会社の事業に通じていなければ会議のたびに見当違いの指示が下りてくるとか、まあそんなエピソードには事欠かないのではないでしょうかね。生え抜き従業員との溝は埋まらず、そして2、3年後子会社を去っていく。
生え抜きの多くはこう思います。
「なんで俺らの側からトップが出ないんだ。俺らの仕事をよくわかっている人でないと、やる気が出ない」

 ②の場合は、古巣への愛憎半ばする言動や行動で、場合によっては社長本人だけでなく子会社の運命もを左右する可能性があります。
 「よくいってくれた!」というときもあれば、子会社の人間からみても「え、それはさすがにまずい」ということもなくはありません。子会社の誰かが火消しに追われることになります。

 実際のところ、会社法の世界とはかけ離れた次元の話が繰り広げられるわけで。

 では、子会社従業員待望の生え抜きがトップに就けば万事うまく収まるのかというと、そうとは限らないというのが経験上正直な感想。親会社への屈折した感情が災いした部分があったと思います(謎

 しかし、親会社からみて天下りだろうと生え抜きだろうと社長ひとりが原因で子会社経営ひいては子会社管理体制が揺らいではたまったものではありません。
 
 そこで子会社の「取締役会」の構成をどうするかということになります。(続く)

 補足が必要ですね、たぶん。




 

「しんがり」を駆って出られるか

 時期としては今更感漂うネタですが、「しんがり 山一證券最後の12人」をようやく読了しました。
2ヶ月くらい前に購入はしていたのですが(昨秋出版の書籍だというのに)、どうも読む気力が沸かなくて積んでおいたのでした。
「企業の終焉」というものを考えてみる、いやそれが勤務先がそうなるとは考えたくないことですが、「メメント・モリ」という言葉もありますので、まあ読んでおこうと。

 関心があったのは、「殿軍」をどういうメンバーが務めたのかということでした。
冒頭、登場人物(殿軍)の12名の名前とセクションが紹介されているのですが、非エリート、場末と呼ばれる業務監査部門が中心メンバー。破綻の原因が原因ですし、その真相解明に監査部門が中心となるのは当然としても、法務部門の人間はひとりもいませんでした。経営責任を明らかにしようとする監査部門に対して、取締役、取締役会側の立場に身を置く、ということだったのでしょうか。といって対抗勢力として登場することもありませんでした。あれほどの事件において法務担当はどのような役割を果たしていたのでしょう?? 僕としてはそこが知りたかったのですが。

 事件、不祥事が原因でなくても、企業がその終焉を迎えることはあるわけで。
消滅していく企業の法務や財務の人間はどのような心持ちで身を置くのか、また社外からどのような眼で見られるのでしょうね。
 「ぐずぐずしていないで、さっさと転職活動を!」というのは、若い社員には当てはまりますが、管理部門のそれも管理職がそれで済むものでしょうか。済まされないだろうなというのが僕の感覚。
 「勤務先が傾きつつあるとき、あなたは何をしていたのですか?」「なぜ前の勤務先は潰れたのですか」と問われ、若い営業担当が「さあ、僕もよくわからないんですよ」と答えてもそれで済むかもしれませんが、法務部門を預かり取締役会の事務局まで担当していた人間が「よくわかりません」と答えるわけにはいかないでしょう。それにはやはり終焉の場に立ち会っていなければ答えられません。
また、さっさと逃げた法務責任者が果たして他所で信頼を得られるでしょうか。

 本来本軍を安全な場所まで逃がすための「殿軍」、企業の終焉のときは何を守るのか、割にあわない仕事であることに間違いありません。それでも駆ってでて務めざるをえないだろうなあと思ったのでした。

 そんな日が来ないことを祈ってはいますが。
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