企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2015年01月


拾い読み Business Law Journal 2015年3月号

 相変わらずの拾い読みです。オリジナルネタはないのか。

 「(肉を)混ぜるのが肉屋の腕だ」(こんな台詞だったかな)
 伊丹十三監督の映画「スーパーの女」。業績ぼろぼろのスーパーマーケット「正直屋」の建て直しに取り組む主人公(宮本信子)に、精肉部の親方(六平直政)が凄む。

 BLJ3月号「景表法の道標 第3回食品表示の適法性確保のための法横断的視点」を読んで、このシーンを思い出したのでした。
 この映画、公開はざっと20年前の1996年。原作は某スーパーマーケットの社長の手になるものですから、まあ産地偽装、メニュー偽装騒動からガイドライン制定に至るまでの根っこは相当根深いものがあるというのがわかりますね。

 食品業界のことはまったく知らないので、記事本文に関するコメントは控えますが「法務担当者の視点」。
 業界は違えど製造事業者に身を置く者として共感します。自社の販売、販促部門にとどまらず流通段階での表示、新商品プレスリリースなどをもとに業界紙記者が書く記事内容等気になりだしたら本当にきりがありません。行政当局に「クロ」または「シロ」判定を仰ぎたくなる心情はわかります。
 一方の「白石教授の視点」

(略)思いつきで当局にガイドライン策定を迫ると当局はさまざまな事実認定にあれこれと言い切らざるを得なくなり、硬直的な見解が頻発され、ひいては事業者からみても住みにくい世の中になるのではないかとも思われる。

 という指摘にもこれまた納得するのであります。

 景表法とは関係ないのですが、ある事案で勤務先が所属する業界団体が所管にノーアクションレターをもらおうと申し入れていたのですが、「貴団体にとって望ましくない回答をせざるをえませんが」との返答があり、申し入れを取り下げたことがあります。
 霞が関は所管する産業界の育成・振興が仕事ですから、このようなやんわりとした対応をするかもしれませんが、今回の改正で景表法は山王の手の中に収まりました。山王は消費者保護が仕事ですから、どれだけ事業者の意を汲んだ判断をするか未知数です。(まだそれほどお付き合いがないので)

 当面、業界団体活動(法務担当者が出席するのは難しいか。。。)も情報入手の方法ですが、「消費生活センター」に持ち込まれる苦情や、センターの対応例などを教えてもらうのもひとつの方法かもしれません。

 しかし、ほんとに不安と心配が尽きませんね。


拾い読み ビジネス法務2015年3月号

 恒例の拾い読み、です。斜め読みのような気もしますが。

 メイン特集の株主総会と海外出張・派遣トラブル記事には、直接身に降りかかることが少なそうなのであとでゆっくり読みます。一人株主の完全子会社(「大会社」以外)になったので、かつてほどの優先順位ではないということで。仕方ないです。

 2月号からの続き物の記事で、小澤弁護士(西村あさひ)による実務解説「不動産取引における民法改正の重要論点」について。
 民法改正は不動産売買・建設請負などの契約に与える影響があると思うのだけど、専門的に過ぎるのか法律雑誌の紙面で取り上げられる機会が少ないように思います。金融系、不動産系の書籍のほうが読者の需要があるのでしょう、きっと。
 それはさておき3月号の記事には「瑕疵担保」が取り上げられています。改正案「瑕疵」という概念も、「隠れた」という要件もなくなり、「契約不適合」でこれまでの状況を表そうとしているのは周知のとおりですが、本稿で小澤弁護士が挙げた問題は、不動産業・建設業の界隈にいる者としてはうなずけるものがあります。
 民法改正により宅地建物取引業法や建設業法やその他の関連法令が「瑕疵」という概念をなくしてしまうのか、あるいはそのまま残すのか気になるところです。また、住宅の新築工事、中古住宅の売買取引について瑕疵担保保険の制度と保険商品がありますが、こちらも同様に民法改正に伴い何らかの制度改定を行うのか注意が必要でしょう。

 すでに10年以上前の統計調査時点で日本は世帯数<住宅ストック数となって以来、住宅行政はフローからストック活用へと旗をふり続けています。中古不動産流通、リフォームやリノベーションの動向を不動産・住宅メディアもずっと取り上げています。
 また今般の消費増税の前後では、消費税が課税されないということで個人間の中古不動産売買取引拡大の可能性がどうこうという話もありました。
今後新設住宅の増加が絶望的な状況で、建設業者も中古不動産取引に伴うリノベーションやリフォームに活路を見出そうとしています。そこに材料や機器を納入する下請負業者(製造事業者含む)も同様です。
 民法改正が中古不動産流通に悪影響を及ぼさなければよいのですが。

 本記事で小澤弁護士が指摘しているように、売主が円滑に不動産を手離すことができるよう契約書に容認・免責事項を事細かに記載しなければならないかもしれません。しかし、それでも予想外の事態が発生するのがリノベーション、リフォーム工事の常。何をもって「契約適合」とするのか、一般の個人でも理解できるようにする必要があるのではないかと。

 こう考えると既にスタートしていますが、不動産の履歴情報管理というものがクローズアップされるような気がします。

 なんか、中途半端な不動産ネタになってしまいました。

 


 

活きる教訓とは

 日経本紙1月19日付朝刊「法務面」から。
今回は製造物責任としてタカタ問題が題材になっていました。

 紙面座談会ということで各々の取材から座談会風に編集された記事なので、当然ライブ感に欠けます。
また目新しい視点があるようには感じませんでしたが、「そりゃ、そうだよな」と納得できるものばかりですが、ではなぜ過去の事例が教訓にならないのでしょうね。
報道、第三者委員会報告、法律雑誌などの記事、さまざまな視点での情報があるにもかかわらず、です。
 書かれている文字を読み頭でわかることと、いざ事が起きたときに実際に頭が回転し身体が動くのとは別問題。「当たり前」といわれていることを実行することほど難しいものはありません。自社で過去に事例があるとしても、そう簡単ではないのですよ。

 事故対応の成否を問わず、当事者の言葉で語られたものが一番教訓ではないかと思うのですが、当事者がすべてを語ることは難しいし、また仮に語れたとしてもその時期を迎えるまでには相当の時間を要するでしょう。(過去記事で自分が取り上げた自社例も約5年経過してからでした。)
 
 時間が経過したからといって色褪せるテーマではありませんが、「活かす」というのはそう簡単ではないのです。

 


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パワハラ、なう。

 ジュリスト2015年1月号「労働法なう。」第10回から。
今回の水町教授の「おはなし」の部分は、販売部門にいた者としてはいろいろな意味で頭の痛くなる問題。パワハラの相談あるいは通報は、年に何回かは受け付けますからね。

 自分がいる業界は荒っぽい面がありますので、長年仕事、特に販売や施工の仕事をしていると、どうしてもその荒っぽさが身にまとわりつきます。部下・メンバーへの愛のムチのつもりが、ただの鞭打ちになっていた、ということはあってはならないことですが「あります」。
 今にして思えば、あのとき自分が受けた仕打ちはパワハラだったかもしれないということがあるのですが 、どうやってやり過ごしたのかもう定かではありません。あまり気にしていなかったのかもしれません。逆に「怒鳴り甲斐のない奴」といわれたことがあります。

 販売部門でいうと、パワハラをする側は営業所長や営業部長であったりですが、彼らはほぼ「凄腕の営業マン」です。彼らは若い頃からがむしゃらに働き、売上と利益を稼ぎだしてきています。顧客との対人・商談スキルには到底敵いません。絶対の自信をもっています。
彼らがマネージャー、プレイングマネージャーになる頃問題がうごめき始めます。こと「売上」に関して絶対的な自信がある彼らのこと、部下・メンバーに対して自分と同じことを求めるわけです。「俺がお前の年齢ぐらいの頃にできていたことがなぜ出来ない」例えばこんな風にスタートするのです。

 パワハラの法的問題について、会社(使用者)が不法行為責任、使用者責任を負う事を取締役ほか幹部が理解し、ハラスメントが起こりにくい職場環境整備を推進するというのは当然のことですが、これをいかに現場に落とし込んでいくかが課題。
 たとえば毎日の売上と利益で追われている販売の現場で「法的責任」云々を説くだけでは面従腹背、あるいは露骨に「うっせい!」と反応されるのがオチだろうと思っています。






 

 










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#エアリプ 成人式

 連休はありがたいけれど、1月15日ではない成人式にいまひとつ馴れない世代。

 子どもがいないのでぴりっと来ないのですが、新成人、20代前半は自分の息子、娘にあたる世代。
自分が成人式を迎えた頃、親や親の世代のいうことをきいていたかといえば、そうでもないので「新成人に向けて」何かを語るというのは空回りだろうなと思いつつ。

 20歳当時の自分がどのような夢や抱負をもっていたか、当時日記をつけていたのですがそんなことを書いた記憶がありません。中長期的な人生設計など持ち合わせていなかったことは確か。法曹の世界を目指していなかったのに、その数十年後法曹ではないまでも企業法務の端っこに身を置いているのは何とも不思議なことで。

 今の若い世代が自分らバブル前後の世代を悪し様にいうように、自分らもちょうど中間管理職にさしかかっていた団塊世代、その上の高度成長期入社組のことを「楽な時代だったよなあ」とうらやみ、「誰でも偉くなれた世代だよね」などと揶揄していました。(一方その世代からは「新人類」だのこき下ろされていたのですが)
こういうのはひとつのサイクル、順番のようなもの。だから今若い世代から「バブル世代ですかあ」といわれても、そんなことをいわれる年齢になったのかと苦笑いするだけ。かといって上の世代やメディアのように若い世代を一括りに「なんちゃら世代」と呼ぶのにも正直抵抗感がありますしね。

 入手できる情報の質・量とその伝わるスピードが自分らが20代のときとは比べものにならない今、自分の経験や価値観だけに基づいたことを伝えてもただの「使えない」話になるだけです。
それでも20代に何か伝えるとしたら、上の世代に反抗反発、あるいは悪口をいう時間やそれにかけるエネルギーは本当にもったいないですよ、ということ。上記の順番、サイクルは自分らの世代は10年で通用していたかもしれないけれど、今や3年から5年ぐらいのスパンでしょう。 PCやスマホのOSのバージョン違いと同じような間隔ですね。

 上の世代が目障りなのはいつの時代も共通です。いろいろいいたいことはあると思うけれど、早く上の世代にとって代わることを考え、実行することですよ。(自分がそれを成し遂げたかは棚にあげていますが)

 役に立つかわからないし月並みだけれど、おじさんが20歳になる前に読んで考え込んだ書籍を1冊。
まあ、自分にもそんな頃があったのだな。




 雑感・備忘録が続いたので次回は法務ネタに戻そう。


 
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