企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2015年01月


【Do】の職場

 親会社が変わって2年半が経過しました。当初は被買収会社の社風や業務体制に配慮していた観がありますが、徐々に親会社の「ism」を浸透させつつあります。当然といえばそうですし、その「ism」のほうが個人的には納得できる部分があるのですが、厳しいと感じる人もいるのも仕方のないところ。

 PDCAサイクルのうち、本社部門はPとCを行い、現場にはひたすら【Do】を求める。現場に中途半端な裁量権は持たせない。方針のぶれ、時間のムダ、不正の温床の元になる等。こういう考え方そのものはわかります。
工場の製造現場ラインにおいて作業員の裁量で勝手に工程や作業手順が変更されることはなく、基本的には【Do】ですから。しかし販売部門はどうでしょうか。店舗での販売員と外回りのセールスマンとでは異なる部分はありますが、「必ず売れる仕組み」があり、その通りやれば営業成績が上がるというのなら【Do】に徹するかもしれません。
しかし.... 

 【Do】だけを求められるだけの仕事とはどういうものでしょう。ストレスを感じることはないでしょうか。モチベーションが維持できるでしょうか。製造、販売現場を挙げましたが、では法務部門で【Do】のみを求められる作業とは。契約書作成?契約書審査?役員会事務局?文書管理?

 製造現場の場合、【Do】を要求する一方で、品質管理活動やアイデア活動などPやCに参画する場を設けています。では、販売部門は?法務などの間接部門は?

 【Do】のみが求められる職場ほど上位者のマネジメント能力が問われると思います。
人は機械と違います。完璧な指示書があったとしてもそれだけで担当者が意欲をもって仕事をするとは限りません。
Cにはチェックに加えて、ケアも含まれるのではないかとぼんやり思った次第。
 



 
 

拾い読み BLJ2015年2月号から

 本日から業務再開です。だらりと過ごしていた年末年始が明け、今日という1日のなんと長いことか。

 例によって拾い読み、今回はBLJ2015年2月号から。
 第1特集の「法務のためのブックガイド2015」。毎年ありがたい特集です。ronnorさんのレビューが凄いです。(語彙不足のため、これしかいいようがない)

 さて第2特集の「景表法改正で見直す表示チェックの実務」。なかでもMHMの池田毅弁護士・松田知丈弁護士の2名による「いま必要とされる景表法コンプライアンス実現のカギ」。法改正対応がよろよろとしている担当者にとっては、「そこは突かないで」という指摘が石つぶてのように飛んできています。
特に本誌54頁【Ⅲ 景表法コンプライアンスの要点】からのくだり。

(略)企業におけるこれらの「厳重な」チェックは、あくまで「広告」のチェックであって、「景表法」の観点からのチェックではなく、その結果実質的な景表法コンプライアンス体制となっていないことが考えられる。
 業界の慣行や広告部門の担当者は「広告の専門家」ではあって必ずしも「景表法の専門家」ではない。
 また事業部門はどうしても他社がどのような広告を行っているかをベンチマークにしがちであるが(略)

などと畳み込まれ、同記事の終盤においても
 (略)同業他社の動きを見極めようとしている企業が多いように思われる。

と再びざっくり斬られ、自社に適合した体制をオーダーメイドで構築することが不可欠、としめられます。

 いやはやなんでもお見通しのようで、耳が痛い、胃も痛みます。

 続きを読む

所感めいたもの


 元の所属企業の入社同期の者からの年賀状に、昨年その企業が実施した早期退職に同期8名が対象になったことが記されていて、ああ我々もそういう年代に差し掛かったのかと実感せざるをえませんでした。
のっけから、こんな前振りですみません。皆様、明るい新年をお迎えでしょうか。

 昔から年初の目標を掲げるのが苦手な方なので結局それなりな人生を送っているのかもしれませんが、ここ数年、ますますその傾向が強くなっています。外的要因に左右されることが多かったからでしょうか。「何が起こるかわからんしな」というのは、まあ、言い訳ですが。

 「軽く、深く」を信条に置くのはこれまで通りとして、今年何か付け加えることはないかといえば、「容れる」ということでしょうか。語呂・語感がいまひとつですが。

  昨秋、年代がひとつ上がったこともあり、何かの拍子に「今までと違う」ものを感じるときが増えました。例えていうなら、走り抜けようにも、腿が上がらない、息があがる、駆け抜けることができたとしても、その後しばらくは立ち上がれないといったところでしょうか。自分では変わっていないつもりでも、30代、40代と比べれば確実に落ちる、衰える部分はありますからね。人によってはショックを受け、自信喪失に繋がることもあるかもしれません。それでなくとも、この世代になると自分や自分の仕事だけでなく家族や家庭の事情においても簡単でない事柄が生じますからね。中高年の鬱は他人事ではないなあと。

 高い目標を掲げ「頑張る、頑張れる自分」であることも大事ですが、ときに「頑張れない、弱い」自分を受け容れるようにしていないと自分がつらくなるのではないか、そのつらさが周囲にも影響を与え悪循環を招くのではないでしょうかね。
 不本意、不都合な事柄というものはいくらでも起こるものです。自分の理想や目標から大きく逸れる事態もあります。ただ自力ではどうにもならないものに拘り続けていては、かえってストレスで心身を傷つけるだけではないかと。
 弱くなった自分、不本意、不都合な事実をいったん受け容れるほうが覚悟が要るかもしれませんが、腹決めをするだけの経験や知識はもっているはずですしね、中高年は。

 こんなところが所感めいたもの、でしょうか(謎

 本年もどうかお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。
 
 
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
アクセスカウンター

    • ライブドアブログ