企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2015年02月


拾い読み Business Law Journal 2015年4月号 から

 相も変わらず拾い読みです。
BLJ4月号は読まなければ!と思う記事が多いと思いますが、しかし特集トップの「新しいタイプの商標」は業務上関与度が低いので(関心はありますが)後回し、実務解説の「改正会社法施行規則に関する留意点」は、ちょっと別エントリにしよう、ということで連載中の「シチュエーション別フランチャイズ契約のトラブル防止・対応策」について。今月は「契約終了後に起こり得る紛争についてどのように対応すべきか」でした。

 自分が生息している業界にも「フランチャイズ・システム」を構築している企業が複数あり、販売先にもなっているのですが、小売流通業・飲食業とはだいぶ様相が違うと感じます。
 AというFCが内部分裂し(創業者の仲間割れ)、片割れが加盟店を引き連れUという別のFCを立ち上げ、またUからいくつかの加盟店が飛び出てHというFCを立ち上げる、ということもありましたし、複数FCの看板を掲げている有力加盟店などという存在もあります。営業部門にいた頃は仁義なき業界だなあと思うだけでしたが、いったいどのような契約でもってFCが構成されているのだろうと他社のことでありながら考えるのでした。記事中、図表3(P92)にFC契約終了後の競業避止義務の有効性が問題となった主要な裁判例が掲載されているのですが、見事に当業界の例はありませんでした。商売ベースで熾烈な争いをするだけで法的な争いにはなっていないのかもしれません。
 契約終了時に加盟店に「競業避止義務」を負わせると廃業以外の道しかないということもありますし、FCといっても実質はVC(ボランタリーチェーン)や「同業者勉強会の発展系」といった緩やかなもので、加盟店独自の営業努力の割合が大きい、「先進的」で「独創性」が高い技術やノウハウといったものがシステムの中心にない、といったシステムだと契約終了以降の不作為義務の範囲は限られたものになるでしょうからね。

 営業担当者から新しいFCシステムの企業との契約の相談を受けることもあるのですが、よくよくシステムの実態を確認させるようにします。商売ベースで考えると「緩やかなシステム」のところよりも加盟店管理の厳しいシステムのところのほうが業績を伸ばしているということはありますので。


 「独禁法の道標 第15回 流通・取引慣行ガイドラインとEUの選択的流通の考え方」についてもコメントしようと思いましたが、底の浅いものになりそうなのでまたいつか。個人的には読み応えがありました。





 





  

懐かしいけれど、戻れない 絲山秋子「沖で待つ」「スモールトーク」

 滅多にないことだけれども仕事が煮詰まったときに決まってみる夢があります。
それは、20代、30代の頃の営業担当者に戻り、建築現場でのトラブルに追われているもの。
まもなく竣工なのに、まだ注文された設備の納品が終わっていないとか、製作図の承認をもらえず納品どころか工場で製作もしていないなどの痺れるシチュエーション。はっ!と目覚めて、「ああ、俺は今営業じゃないんだ」とほっと息をつくのです。 

 絲山秋子、という作家は自分とほぼ同年代で、20代の頃は同業者でした。(面識はありません、いうまでもなく)会社と場所は違うものの同時期に建築現場やら建築業者、建材問屋などを駆けずり回っていたはず。それが30年近く経ってかたや芥川賞を受賞した文芸作家、かたやにわか企業法務担当者と、本当に人の一生とはいつ、どこで何が違ってくるのだろうと思います。

 自分がこの作家の書く作品に出会ったのは、二玄社が発刊していた自動車雑誌「NAVI」。表題にある「スモールトーク」という作品集は、今から10年ぐらい前に「NAVI」に連載されていた短編。男女の恋愛(なのかな)の機微にアストンマーチン、ジャガー、サーブ、アルファロメオといったクルマを絡めての内容でした。それ以外の作品を知らなかったものですから「沖で待つ」で芥川賞受賞というニュースをきいたときは驚きました。でもある意味マニアックな雑誌の連載で知っていた作家が脚光を浴びるというのは、なんか嬉しかったですね。

 さて「沖で待つ」は絲山氏がその会社勤務時代の経験・実話だろうというエピソードがちりばめられています。確か芥川賞選者のコメントに「社会人経験ならではの云々」とあった記憶がありますが、社会人といっても建設業界隈にいる人間にしかわからんよというものばかりで、文藝春秋に掲載された本作品を読んだときには「なんだ、あそこ(絲山氏の勤務先)も同じじゃないか」と苦笑いするばかりでした。
作中、主人公に向かって先輩社員がいう「納まらない現場はないんだよ」という台詞は、当時自分も職場でききましたからね。

 「スモールトーク」は角川文庫で文庫化されるにあたって追録されたエッセイが秀逸で、「カローラバン・スーパースペシャル」とその続編は笑いなしでは読めません。同業者すべての営業担当者の共感を得ると思います。
自分も販売子会社に出向したときに前任者が乗っていた某セダンを引き継いだのですが、ほんとうに「走らない」「曲がらない」「停まらない」状態になっていました。どうやったらクルマがこんなになるだろうか、と首をひねりつつ、早めのブレーキングを心がけるしかありませんでした。部下が販売先に運ぶカタログやら図面やら荷物が多いようときに「俺の使っていいよ」というと瞬時に「けっこうです。」と断られましたっけ。

 この2作品を読むたび、若い頃を思いだし懐かしくなるのですが、しかしもう戻れないなあというか正直戻りたくないなあとも思うのです。冒頭のとおり、当時のことが悪夢となるのですからね(笑)

 前回エントリに続き、クルマネタになってしまいました。ま、休日だし。








 

こわれもの

 唐突だし、興味がない方には「なんだ、それ」ということになりそうですが。

 実は90年代の終わり頃から現在までの17、8年間で、欧州車を2台乗り継いでいます。それも質実剛健、高品質のイメージの高いゲルマン系ではなくて、ちょっとあれな話題の多いラテン系のほうです。
よくいってもモノ好き、悪くいえば(自粛)。なぜ、またそんなリスクの高いと問われれば、勢いとしかいいようがありません。自宅から歩いていける距離、いや何かあったとしても5分さえ自走できればたどり着く距離にディーラーと工場があったというもの大きかったですね(?)
 「壊れる」「止まる」「錆びる」「燃える」などのクルマとしてはどうよ、という話題が山盛りということと、どういうわけか一部オーナーが「壊れ自慢」をする傾向にあるのがラテン系の不思議なところです。ただ実際に所有してみるとそんなに壊れることもなく、路上で突然止まったことは2回だけです。

 「あれな話題」が多いのは基本性能に欠陥がある、ということではなく消耗品、経年劣化に関する考え方が違うというところが大きいのではないかと思っています。人が作った機械だし、毎日ガンガン使う道具なのだから消耗するし傷むのだから、メンテナンスするのは当然でしょ、という割り切りが根底にありますね、どう考えても。
 では質実剛健ゲルマン系はどうなのか、壊れないのかといえば、関係者にきくと「そりゃあ、機械ですからねえ(自粛)」という返事。ただ質実剛健のイメージが高いせいでちょっとしたことでも逆にクレームが、とのぼやきをきいたようなきかないような。

 なぜこんな話題をといえば、長期間使用した製品を巡るあれこれがちょっと続いているもので。
製造事業者側の品質確保、安全配慮義務ということと使用者側の点検義務という点、もう少しなんとかならないかと思って引き合いにしてみました。

 後ほど加筆します。

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謝罪会見のハードル

 更新ペースがあれなので、タイムリーなエントリにならなくて。

 ハンバーガーチェーン日本法人の異物混入事件に関する経営トップによる会見が、決算発表のタイミングまでずれ込んだことについて、いくつかWeb記事を目にしたので。

 ここ数年、企業不祥事や事故、大規模災害などいろいろなことがありましたから、危機管理体制を敷き、事が起きたときの対策本部設置から事実確認、緊急措置構築、対外公表などなど一連の業務フロー、マニュアルを整備した企業が多いと思います。定期的にトレーニングを実施している企業もあるでしょう。かのハンバーガーチェーンも、消費者相手の企業、まして食に関する企業ですから、相応のものは整備されていると思うのですが、ご存知のような道のりを辿っています。なぜでしょうね。
 いろいろいわれているように、とにかく事故発生直後に経営トップがとりあえず謝罪会見を行っていれば済んだでしょうか。経営陣がフラッシュを浴びながら揃って頭を下げていればよかったのでしょうか。そんなわけないですよね。

 事故発生の場合の記者会見の難しさは、迅速と拙速が背中合わせであることではないでしょうか。
緊急記者会見を行い、謝罪、事故の概要、出荷販売停止など緊急措置を伝えるだけで済めばよいのですが、会見の場では当然当然事故原因や被害者の状況や救済措置、対策や経営責任などなど辛辣な口調での質問が飛び交うものです。想定問答の準備なしに会見などできませんが、ここに時間をかけ過ぎると会見のタイミングが遅れ、不十分であれば最悪会見が炎上します。改めて記者会見の場を持つことにしたとしても、今度はそこまでの期間が問題になります。2時間後なのか、明朝なのか、3日後なのか、事故の性格によってメディアが「待てる時間」が異なるでしょうしね。

 原材料の調達先、生産拠点、卸先、販売先の組み合わせが複雑になっていますので、事故原因の究明も最終販売先の把握も簡単ではないと思います。五月雨式に会見を開き、開くたびに前回公表内容の訂正という事態は絶対に避けなければなりませんから、「迅速な会見」のハードルは高くなる一方だと思います。決して怠慢、手をこまねいているわけでもないのに後手に回ってしまうリスクはどの企業にもあると思うのです。


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臆病者に陽が当たるとき 山本周五郎「武道無門」

 取り上げる作家が古くてなんですが。
 また、書評するほどの熱心な読者でもないので畏れ多いのですが。

 自分と山本周五郎の初めての接点は、小学校卒業の時。卒業式の日に、クラスの担任教師が全員に新潮文庫の「さぶ」を記念にと贈ってくれたのでした。自分が小学校の時代というのは1クラス44、5人いました。文庫本だとしても公立学校の若い教師にとっては小さくない出費だったはずです。せっかく贈っていただいたのですが、その「さぶ」を読んだのは、だいぶあとになってからのことです。おそらく担任教師も小学校卒業直後に読んでもらおうとは思っていなかったでしょう。

 前置きが長くなりましたが、今回取り上げるのは、新潮文庫刊の短編集「花杖記」所収の「武道無門」から。
 時代は江戸前期、場所は岡崎藩、主人公は藩で知らぬ者がいないほどの臆病者の小身の若い武士。
臆病という武士として致命的な性格。その主人公がとある事件をきっかけに藩主の目にとまり、藩主の側である任務を果たすことで評価され加増を受けます。この主人公、臆病さを理由にこれを断り、武士の身分をも捨てようとします。しかし妻女からの「菜切り包丁」の役割を果たせば良いという言葉に自分を取り戻すという話です。(菜切り包丁の下りはネタバレになってしまいますので控えます)
 藩主の側で果たした任務というのは危急の場合の撤退策ですが、藩主はこれを臆病者だからこそ講じた策だと、これがいっぱしの武芸者だったらそんな準備すらしなかっただろうとしてこの若い臆病な武士を評価するのです。
 今読むと多少ご都合主義的な側面もあるのですが、この作品が執筆された昭和17年(1942年)の世相を考えると、「臆病者」や「撤退」に陽を当てるというのは度胸がいる仕事であります。それをやってのける、というところが作家の持つ空恐ろしさではないかと思うのです。


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