企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2015年12月


振り返ればそこに?

 大晦であります。

 あと数時間で新年というのに振り返りも何もないのですが、「公」「私」それぞれで。

「私」では9月末に父を送ったこと。年齢でいえば大往生の部類なので、悔いのようなものはないのですが、葬儀、納骨といった儀式と相続や母の遺族年金の手続きなど実生活にかかわる部分と両方に追い立てられ、気がつけば年末という有様。
 取り寄せた証明書や手続き必要書類を順にファイルに納め、チェックシートにレ点をつけたりしていると変更登記事務手続きなどの業務と何一つ変わらず、母親が不動産登記を委託する司法書士に書類を持ち込んだ際には「完璧です」といわれた模様。もっともこれであれこれ指摘されるようでは企業法務といっても家では何の役にも立たないと詰められたに違いありません。金融機関の相続サポートなるサービス役務の営業を振り払い(我が家にとっては割高過ぎたので)、なんとか自力で年末までにケリをつけられたのが何より。本当に悲しんでいる暇はなかったですね。

 「公」の部分でも同じく秋に勤務先で大掛かりな組織改正がありました。法務部門に限らず間接部門のプレゼンスという点で疑問が全くないといえば嘘になりますが、経営状況を見て親会社が優先順位をつけて決定したもの。疑問点についてはおいおい何らかの形でアピールはしなければと思いますが。
 被買収の完全子会社とはこんなものだろうと思います。自分が組織に残る選択をする以上は、こんなものと割り切るほかないないでしょう。(残るのであればですが)
こう思うのも被買収企業でありながら未だに企業の原型をとどめていられるからなのですが。
 どこか不完全燃焼な気持ちが続いております。

 「公」「私」の区別でいえば「私」のほうか。ブログがご縁で今年も某法律雑誌にコラムを掲載させていただきました。相変わらず匿名記事ですのでアレですが、上記の組織改正で執筆当時よりも自分が置かれた状況がより難しくなり、他人のことをどうこういえなくなってしまいました。まったく苦笑いするばかりです。

 なんか冴えないな。

 よろよろと書きなぐっているような案配ですが、アクセスいただいた方には心から感謝申し上げます。
 皆さま、良い年をお迎えください。



 

  

拾い読み Business Law Journal 2016年2月号

 相も変わらず拾い読みです。

 本誌恒例の特集「法務のためのブックガイド」2016年版。
 毎年この記事を読んでは「あー、全然読めていない」と凹み、反省するのですが今年も脱却できていません。日常業務とは距離のある分野の書籍は、予算(自腹ですからね)と時間(活動時間がだんだん短くなってきている)からどうしても後回しにしてしまいます。訴訟関連の書籍はもう少し読まないとなあ。
  それにしてもこの企画、企業法務担当者、弁護士、研究者の方々がご自分の本棚をオープンにするのと同じことなのでありがたい話ですよね。昨日無事ゴールを迎えたカレンダー企画もそうですが、企業法務担当者はけっこう幸福な時間を手に入れることができているのではないかとふと思ったのでした。

 実務解説「デジタル証拠で訴訟に負けないために」
 吉峯弁護士による記事。訴訟の機会は滅多にないのですが、それ以外でも「証拠集め」が必要なケースがあるもの。フォレンジックスなど専門業者に頼むほどの案件ではないが、デジタル証拠は押さえなければならないという担当者にはグッドタイミングな記事でした。(いろいろあるよね、会社って)

 「契約書審査 差がつくポイント2」の第6回目は「再委託・不可抗力」
 ここ数年、不可抗力免責を主張せざるをえないことがありました。ひとつは2011年3月の東日本大震災、もうひとつは2014年2月の関東地方の雪害。どちらも年度末の生産、納品、工事に大きく影響がありました。前者の場合、あれだけの大災害にもかかわらず、災害とは無関係の地域の販売先からは「ペナルティ」をちらつかされるケースもありましたし、後者は消費税増税のタイミングと重なりました。販売担当者を落ち着かせるためにも契約書の「不可抗条項」の存在を説明したのでした。
 これらを契機に、なーんとなく「お守り」的な存在であった不可抗力条項について、新規契約については今回の記事にあるように、例示の記載や不可抗力事由が継続した場合の取り扱いを滑り込ませるようにしてはいます。

 とりあえず読んだのはここまで。




 

9年が過ぎた

 うっかり忘れてしまいそうなので。

 法務担当部門に異動して丸9年が経過しました。サラリーマン生活の1/3の年月を過ごしたことになります。いろいろあったのは確かなのですが時の経過と共にだんだんとその実感も薄れてきているのも事実。一方、法務専門職としてキャリアを着々と築いてきたのかというとそういうことでもなく、我ながら何なのだろうねという気持ちにもなります。法曹、有資格者はいうまでもなく、法務一筋の方との差はどうやっても縮めようもなく、追いかける足も痙攣気味という有様です。

 企業法務と一言で言っても、所属する企業の業態や沿革、規模などによって機能や役割が異なりますから自分ではそこそこやってきたつもりになっても、ではどの企業でも即通用するというものではないと思うっています。最小少人数体制だと社内で比較対象、ようするに先輩後輩、ライバルも不在ですから己を計るモノサシがありません。他の企業が親切に自分の仕事を評価ダメだししてくれるわけではなし。

 5年前にTwitterを始め、BLJの読者交流会にも足を運び、3年前に無謀にもブログを開始したのは、己を晒してみないと得られるものはないだろうと思ったのがその理由。身元バレにはドキドキしてはいますが、(リアルでお会いした方にはバレていますが) それでもひとりでむっつり仕事をしていた時よりはるかに得られる情報量は増えましたし、法務という仕事の面白さ奥深さを知ることができたと思っています。一方9年経ってようやく企業法務の仕事の恐さのようなものを知ったともいえます。

 一昨日から10年目がスタートしました。
 着いたところ、足が止まったところが行ったところ、というゆるい気持ちで「これが企業法務だ」という結論など求めず、いろいろ仕事ができたらいいだろうと思っています。(今日のところは、ですが)




 

イエのカタチ

 秋の初めに父が亡くなり、相続他諸々で入り用なので父祖のルーツの地である関東地方のとある町役場から改正原戸籍謄本を取り寄せました。謄本をみて初めて知る家族の事実というものがやはりありました。で、イエというものについて。

 「家族・家庭・家門」としてのイエ。
「婚姻」は前者の家族家庭の始まりであるわけですが、今年は夫婦同姓云々だけでなく夫婦同性婚も話題になっていましたね。自分は家族の始まりの形が多様化してきたというよりは、明治期に定めた家族法が押さえ込んできたことが、やはり押さえきれなくなったというように思っているのですが違うのかな。
 家族の始まりの形の多様性を認めるならば、終わりの形の多様性も求められるはず。遺族年金や相続にかかわる制度、戸籍制度も現行のままでは不利益を被る人もでてくるわけで。先日の判決は一つの判断にしか過ぎず、仮に夫婦別姓婚が認められたとしても、超えなくてはならないハードルはあるでしょう。葬儀や相続など夫婦や家族の終わり方から始まりの形を考えることも必要ではないかと思うのですよ。

 「家族の容れ物」としてのイエ。住まい、住居のこと。そして「資産」としてのイエ。
夫婦や家族のあり方が変われば、その容れ物である住まいのあり方も変わるし、資産としてのあり方もどうなるか ということ。
 00年代初めに上野千鶴子が発表した建築家の隈研吾や山本理顕らとの対談集「家族を容れるハコ、家族を超えるハコ」。今読むと当時「そうかなあ」と首をひねっていたことでも特別とんがったことでもなかったと思えます。(全てではありませんが)
 しかし対談集から20年も経たないうちに悲劇的な方向に進んでいるハコもあります。「ニュータウンは黄昏て」に登場した団地とそこに住む家族がそうでしょうし、最近問題になった違法介護ハウスはもっとも悲惨な事例かもしれません。

 婚姻も高齢者介護も相続もイエのカタチの話として切り離せるものではない、例の合憲判決を巡っての話にはあまり乗れなかったので、ちょっとぶつくさ備忘録代わりに。


 

忠臣蔵 を斜めから考えてみれば

 季節感に乏しい毎日を過ごしています。あと2週間で今年も終わりです。

 12月14日は赤穂浪士を祀る「義士祭」がニュースとして取り上げられたものでしたが、最近はどうなのでしょうね。テレビを観ないのでわかりません。
 赤穂浪士、忠臣蔵をテーマにした書籍は数多ありますが、自分が面白いと思ったのは池宮彰一郎「四十七人の刺客」と、取り入れ方が少し違いますが宮部みゆきの「震える岩」ですね。
 で、前者は何回も読んだのですが、企業法務の目で斜めから読んでみても面白いかもしれません。(こじつけ気味ですが)

 ・トップの不祥事によって解体(廃藩)に追い込まれた赤穂藩 
 ・殿中の事件の真相を把握せず、また明らかにもせず幕引きを図った幕府(政府)
 ・事件の真相が明らかでないことを利用して、吉良のネガティブキャンペーンを展開した大石内蔵助
  (浅野は清廉潔白、吉良は強欲)
 ・キャンペーン・仇討ちの原資は、財務担当役員の大石が管理していた塩取引による簿外利益
 ・ネガティブキャンペーンによる世論俗論を気にして、手のひら返しをする幕府(政府)
  (吉良家の小普請入り、屋敷がえなどが描かれます)

 吉良家・上杉家にとってはたまったものではありませんね。

 一方、大石内蔵助は廃藩にあたり
 ・浪人となる元藩士の生活の先行きを成り立たせること
 がまずあり、
 ・その上で「少数精鋭」で討ち入る
 計画を立てるのです。なぜ「少数」かといえば、仇討ちに成功したところで得られるものは死しかないからです。このあたりは証券会社破綻の時の「しんがり」を彷彿させます。

 ・討ち入り後、幕府は討ち入り支持・不支持の学者それぞれに論を張らせあとは世情に委ねる

 というところもツボですね。

 後者「震える岩」は赤穂浪士事件の100年後が舞台ですが、殿中の事件の原因は浅野の乱心にあり、幕府が乱心と沙汰さえすれば、赤穂廃藩も討ち入りもなかったという描写があります。
 組織トップに気鬱の病があったということで、ストレスチェックは必要ですねとこじつけてしまいましょう。

 こんなところで今日はすみません。


 

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