企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2016年10月


拾い読み Business Law Journal 2016年12月号

 月刊誌は早くも12月号、そんなに焦らさないでといいたくなります。

 BLJ、12月号です。
 特集「改正個人情報保護法全面施行への準備」は後回しにして、気になる連載から。

 今月号から連載の「エモーショナルコンプライアンスの理論と実践」(増田英次弁護士)
 エモーショナルとコンプラ、リーガルと一見馴染みそうにない組み合わせのタイトルですね。
 連載初回なので、まず本連載のコンセプトといったところでしょうか。
 以前、コンプラ坊主の憂鬱といったエントリーを書いた記憶があるのですが、とかくコンプライアンスは従事者自身が憂鬱になるケースが多いもの。時間外労働の実績をまとめ、交通事故発生報告を読み、休業災害報告を受け取る等、そもそも事務局サイドが定型業務に陥りがちで、委員会をひらいても現場に改めて落とし込めるかとなるとどうも実感として掴めない(などといったら身も蓋もないのですが)
 事務局も現場も「やらされ感」たっぷり、他人の都合に合わせさせられる、まあ他律的といえばいいコンプラをいかに自律的なものにするのか、ということを取り上げていくのでしょう。

 ざっと読んで、以前所属していた企業グループで講師を担当していた中間マネジメント層対象の研修のカリキュラムと重なる部分が多いと思いました。問題のあるメンバーに対してルールを守らせる、アメとムチを使い分けるというマネジメントから「人(の感情)」そのものに焦点を当て、「やらせる」のではなく「自らやるようにする」マネジメントを、ということで行動心理学(パフォーマンスシステムだったかな)と交流分析の要素を取り入れたものでした。本記事の第Ⅱ章、第Ⅲ章あたりはそのカリキュラムの根幹とほぼ同じかもしれません。

 部下、メンバーという個人に対するアピローチともう少し大きな組織に対するアプローチとでは異なる部分が当然あります。次回以降、どのような局面を取り上げていくのか注目したいと思います。
 とりあえず今回はここまで。
 みなさん、良い週末を。






 

子会社はつらいよ? 下から目線でなんちゃら17

 不定期エントリーです。
 リアルタイムなネタを避けつつ。

 グループ会社のガバナンスについて。
 少し前に弁護士が深いところまで知見が持てないということに関して川井信之弁護士や山口利昭弁護士がブログで取り上げられていました。

 実際のところ、当事者である企業法務担当者も「これがグループガバナンスというものです。」と言い切れるものはないのです。自社グループのことしかわからないし、それも親会社側、子会社側のどちらにいるかによっても視点が違います。M&Aを繰り返してグループを形成していった企業と、事業分社という「血統書」付き子会社から成るグループのグループ・ガバナンスが同じ質であるわけがありません

 登記が終わるまでがM&A、グループ・ガバナンスは登記完了と同時に(その前からというのが現実的でしょうけれど)始まるのですが、そんなに容易いことではありません。

 例えば人事労務面。
 某勤務先も企業再編により会社は一つになったものの、当面複数の就業規則、賃金規程が並存ということがあります。組織はシャッフルされますから、出身企業の異なるメンバーで構成される部門も当然生まれます。では、その部門のマネージャーはメンバーそれぞれがどの就業規則・賃金規程に基づいては業務に就いているのか、果たして完全に把握し部門を運営できるかという課題が生まれます。これはけっこう悩ましいものです。しかし時間外労働管理ができなければ、最近話題になった案件のような問題がすぐに起こるかもしれません。
 いやそのために労務DDも実施しただろうといわれるかもしれませんが、そこから導かれるのは統合のロードマップまでで、完全に落ち着くまでは数年かけざるをえないでしょう。(これはあくまで自分の体験ですが。)

 グループ・ガバナンスというのは現場にある大小の差異を埋めていくのが先で、「上からどん!」と落としてなんとかなるというものではないのですよね。
 ここの部分になかなか弁護士がタッチする機会がないのかもしれませんね。

 子会社のつらさ、というのは統合過程からも生まれるのですよ。



  

リセット リスタート 

 備忘録程度ですが。

 鎮火した頃なので、某母校の箱根駅伝予選敗退ついて。

 「負けに不思議の負けなし」という元プロ野球監督の言葉のとおり、今回の敗退は「なぜだ?」という人よりも「やはり」という感想を抱いた人の方が多いと思います。残念であることには違いないのですが、事情通のOBの話によるとあのレース結果であっても持ち直してきたほうだとか。確かにローカルレースである箱根駅伝以前に公式の駅伝レースに出場できていませんでしたからね。

 弱くなっていく組織というのは突然弱体化するのではなく、じわじわと何年もかけて弱体化していきます。企業も同じで、金融機関から通告されるとか、場合によっては重大事故・不祥事の発生によってそれが露わになるのですが、そこからの再建の道のりが厳しいのは周知のとおりです。10年、20年とかけて失ったものを短期間で取り戻すというのは容易ではありません。
 「聖域なき改革」の御旗(総論)を立てるのは簡単ですが、歴史がある大きな組織というのは「聖域」という分かりやすい領域よりも、社内外に多くのステークホルダーがいて、それらがそれぞれに「守るもの」を主張するものです。守るものを捨てさせるか、そのステークホルダーごと切り離すか、いろいろな
ことでまた時間がかかってしまうというのが現実ではないでしょうか。

 なんでもビジネスに結びつけて考えるのもアレですが、リセット、リスタートの難しさを目の当たりにした出来事だと思った次第です。



 

拾い読み BusinessLaw Journal 2016年11月号(2)【加筆】

 間が空いて、炭酸抜けコーラのようなエントリですが。
 心に留めた記事などを。

 冒頭「インサイト」『稼ぐ力と三つの防衛線』
 企業の稼ぐ力が落ちてきた時に不祥事が起こりやすいけれども、管理部門が監視を強めることの副作用か、いやいやそれ以前に監視を強めることができるかということなどをぼんやり考えました。

 「稼ぐ力」が落ちてきた企業がやりがちなことといえば(自分は製造業しか知らないのですが)、まず管理部門に代表される「間接部門」の削減。解雇するのではなく、機械化、省力化を背景に販売などの直接部門への配置転換。(結果的にそれで退職する者が出る)将来的な投資よりも目先の回収ということで基礎技術や生産技術などの部門への投資削減と、これまた量産部門への配置転換。
 ちょっと考えるまでもなく負けのスパイラルに入ってしいることが明らかなのですが、目前の決算対策に走らざるをえないというのが実態。こうなると稼ぐ力とモニタリング能力の両方が弱まっているので、不祥事が起こりやすいという感触でいます。
 業績好調の時でも不祥事はあります。個人の動機による着服などは、何年かに一度は起こるものと思っていますが、業績が下降線をたどる一方の時には組織ぐるみの不祥事が起こりがち。不正会計、性能・品質偽装を起こした企業は「稼ぐ力」が落ちてきていましたよね。表にははっきり出ないでしょうけれどモニタリング部門の人間が減らされているか、口を出せない状態に置かれていたなんてこともあるかもしれません。
 とはいえ、モニタリングだけ強化しても「稼ぐ力」を取り戻せるかというのは何とも。長い目でみれば効果はあるかもしれませんが、「稼ぐ力」が落ちた企業には残された時間はそんなにありませんからね。

 「稼ぐ力」をつけるには、あるいは取り戻すために、企業法務部門の人間が、どのようにコミットしていけるのか。ページを開いた途端にはたと手が止まってしまったのでした。


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過去はそんなに美しくない

 カテゴリーが妥当かはわからないけれど、リスク管理といえばリスク管理だろうと。

 広告代理店の新入社員の労災認定について色々と飛び交っていますが、残業当たり前のマネジメントで育てられ、そして管理職側に回った世代として何ができるか。
 
 若い頃は本当に残業漬けでした…と思ったのですが、20代当時は新宿高層ビル街にオフィスがあったのですが、そのビル街にある居酒屋のラストオーダーには間に合っていたので、残業したにしても21時までの間には仕事を終わらせていたということになります。今と違って携帯電話もメールもありませんから、取引先にFAX送信後ダッシュでオフィスを飛び出せばその日は逃げ切れるというのもあったかもしれません。
 本当に残業が多かったのは30代前後のバブル崩壊直後。本当に仕事を獲りにかからないと数字が作れませんでしたし、上司にホウレンソウの結果毎日遅くまで「指導」を受け、時計の針がてっぺんを回る頃から飲みに行き、またそこで「指導」を受けるという日々でありました。80〜100時間は時間外労働をしていた時期が数年続いていたと思います。(飲みの時間含まず、ですよ)
 年をとるとそんな日々ですら懐かしく思い出してしまうのですが、別に残業が懐かしいのではなく、自分が若かった頃が懐かしいだけ。脳内で都合よくブレンドされてしまっているだけです。
 たしかに厳しい業務の中で体得したものもありますし掴んだチャンスもなくはありませんが、それをスタンダードにしてはいけないと思うのですよね。30代半ばの頃、短い期間ですが上司になった人は当時普及しつつあったPCを使った業務はからきしでしたが、タスク管理は抜群で「残業させる奴は考え方と段取りがおかしいんだ」と毒づいていました。
 この毒づきが毒づきであってはならないわけで。

 若い頃、残業が楽しかったか、面白かったかといえばそんなことはなかった、楽しかったのは仕事を終えてあるいはぶん投げて夜の街に繰り出したほうの記憶なのです。
 労務コンプラだの何だのまたぞろ取り上げられると思いますが…
残業ありきマネジメントで育ったおっさんに必要なのは、自分らの過去はそんなに美しくはなかったことを認めることと、若い頃自分がされて嫌だったことは下の世代には味あわせないということを腹に落とすことではないかと思うのです。


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