企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2018年06月


拾い読み Business Law Journal 2018年8月号

 15、6年前、マネージャー向け研修カリキュラムの作成や講師のトレーニングを受けていました。パフォーマンスの思わしくないメンバーを指導するという課題の設定や講義展開、模擬回答などを確認をしていたとき、講師候補のメンバーが「やっぱりさ、彼はそもそもなっちゃいないよな。」と課題に登場するパフォーマンスの悪い「彼」に腹を立て怒り始めました。「ここで俺らが腹立ててどうするんだよ」と他のメンバーと笑いながら取りなしましたが、それでも「俺、彼が自分の部下だったら我慢できないと思う。」と収まりません。「まあまあ、それをなんとかするためのカリキュラムを作っているんだからさ」

 BLJ8月号特集「ハラスメント対策の最新実務」。
パワーハラスメントについて関わることが多いのですが、ハラスメント行為が悪いということはマネージャーは頭ではわかっています。しかし現実には上からのプレッシャーと現場を預かる責任感、一方でメンバー指導に関する知識やノウハウや経験の乏しさから自分たちが若い頃受けた熱血指導のコピーしかできず 結局自らパワハラに囚われてしまう。世代を超えた(若い人からみると昭和世代で括られますけどね)不幸の連鎖というものを感じます。
 いざ事案が発生したときに法務や労務が取るべき措置というのは、記事に組まれた内容のとおりではあります。
 ハラスメントは今日当事者間企業内で収まる問題とは限らず、訴訟まで発展する可能性があること。訴訟で勝とうが負けようがハラスメントが発生している企業としてレピュテーションが悪化すること。訴訟までいかなくとも、転職サイトなどに書き込まれれば採用にも支障が生じます。いちマネージャーの問題では終わらないということをまず経営者や幹部が認識してもらうことからですかね。
 そして現場目線で考えれば、不正行為と同じく男女問わず誰もがハラスメントの当事者(加害者)になる可能性があることを自覚してもらうことが大前提。そして法務マターではありませんが、マネジメント教育や訓練の場を企業が用意することは欠かせないと思います。

 ハラスメントとは「昭和のおっさんの今日的なマネジメント能力の欠如の結果」と思う人もいるかもしれません。そういう面があることは否定しませんが、20代、30代の方もいずれは「平成のおっさん」になります。企業での働き方も変わりつつありますが、それによりまた新しいハラスメントが生まれないとは限りません。誰もがハラスメントの当事者になりうるのですから。
ハラスメント対策も常に「最新実務」であれということですね。


 

災害のとき、法務は (2年ぶり)

 2年近く前に同タイトルのエントリを書きましたが、地震が続発していることと先週勤務先でちょっとした案件があったので、改めて。

 大阪北部の地震について関東地方で報道で取り上げれる回数は減っていますが、被災された個人や事業者にとっては現在進行形の出来事。お見舞い申し上げます。

 第一報が通勤の最中でしたが、8時20分過ぎにオフィスに着いた時点で関西地区の従業員の安否がほぼ確認できていました。 何を置いてもこれが最優先。次にサプライチェーンの問題。販売先や取引先の状況確認ですが、今回の地震はサプライヤーが拠点をおく地域であったので生産活動への影響の有無の確認。これについても半日程度で概況を把握、経営幹部や株主(親会社)への速報も支障なく行えたと思います。瞬時の対応については直近10年間の災害対応経験が活かされていたとも思ったのですが、自社への影響があまりないため比較的落ち着いていられたのだと思います。まあ不幸中の幸いというところ。

 法務部門の仕事の「カテゴリ」について意見や主張が活発となっていますが、平時の業務と非常時のそれとは明らかに違います。法務担当者が災害時対応業務でその能力と手腕を発揮するのはどういう場面でそしてどんな役割なのか。そんなことはBCPやリスク管理規則に定めているよ、というのであればけっこうですが、では今回の大阪北部地震ではちゃんとそれに基づいた役割を果たせたのか。(出張らなくて済んだことも含めて)
 これはこれで検証しておかないとダメですよね。 

 みなさん、どうでした?  

本当に消費者を守れるのか

 もう緩和されることはないと腹を括ってはいるけれども「消費者法」(というよりも消費者庁か)が目指す消費社会はどのような社会なのか、消費者側に立つ法曹の人々が作りたい消費社会のカタチは?
 ということで第3版となった「基本講義 消費者法」を手にとってみました。「法学セミナー」連載を収録した書籍ですので対象は法曹を目指す人や学生ということなのでしょう。版を重ねていますので、最近の消費者法周辺を押さえるのに向いていると思います。
もっとも消費者法は「事業者」と「消費者」どちらの立場にあるかで受け止め方は変わりますよね。
本書と改正消費者契約法条文を読みながら思いが千々に乱れたもので、乱れたまま書き残しておきます。

 本書第1部第1章「消費者とは何か」(龍谷大中田邦博教授)の5.むすびにかえて の記述。少し長いけれど引用します。
個人的には、消費者法の存在意義は、第一次的には、その本来、生身の人間としての消費者を「保護」することにあると考えているが、消費者法がカバーする領域の拡大とともに、それにあわせて消費者像ないし消費者概念もまた多元的に理解される可能性があることも指摘しておきたい。こうした消費者像の拡大に対応した包括的な消費者法の構想も将来の課題として重要なテーマとなるであろう。
 
 企業法務担当者に限らず企業人も仕事を離れれば一人の消費者、生身の人間であります。「弱者として保護すべき消費者」にはあたらないのでしょうか? 
C2Cビジネス。事業者が関わらない「取引」、購入側の消費者だけを守る?
「取引」のカタチの変化の速さを実感(追いつかないという意味で)していますし、取引を従来の「事業者」対「消費者」の図式に当てはめているだけでよいのか??

 引用した部分についてはうなづいたものの、改正消費者契約法条文は従来の「消費者保護」そのもの。「社会生活上の経験の乏しさ」とは不動産投資や霊感商法、デート商法の被害者を念頭にしているのかもしれませんが。社会生活上の経験が乏しいから被害に遭うのか、本当にそうなのか。被害者が自ら社会生活上の経験の乏しさを証明することになるのか、とにかく釈然としないというのが正直なところ。
「山王」は被害者が出るたびに当該取引事業者に規制をかける法改正を続けるという方針という宣言なのでしょうか。法改正には手間はかかりますが行政としては消費者教育よりも事業者に対する法規制強化の方が簡単。そのような姿勢にみえるといったら言い過ぎでしょうか。

 消費者保護の流れには異議はありません。企業勤めの人間も仕事を離れればいち消費者ですからね。
ただ消費者保護のためには時間も費用もかかりますし、そのコストを商品やサービスの価格に転嫁できるとは限りません。どこかにしわ寄せがいく仕組みというのは長続きしないものです。消費者保護のつもりが、実はそうではないということにならないと良いのですが。





 



  

拾い読み ビジネス法務2018年7月号

 拾い読み、というよりも走り読みの雑記メモに近い、ビジ法7月号。

■「定形約款」企業対応の要点 
 webサイトに製品の販売中および販売終了後の製品の取扱説明書のPDFデータが掲載されるようになったのはいつ頃だったでしょうか、消安法やその制度も関わっていると思いますが、大手電機メーカーあたりから始まり、今では家電品に限らず家庭用の機器を取り扱っているメーカーの多くがwebサイトに取扱説明書のデータが掲載しています。(取扱説明書と「保証内容」や「保証書」が一体となっているケースが多いですね)以前は製品を購入、開梱しない限り取扱説明書や保証書を手に取り読むということはできなかったのですが、今では購入前に内容を読むことができるようになっているわけです。メーカー側の立場でいうと「あらかじめ使い方や保証内容を知ったうえで製品を購入してくださいね」というものです。
 4月末のエントリーでネタにしたのですが、保証書が定型約款に該当するかという問いがあります。
 製品購入前の消費者に対して購入するための判断材料として販促的なものに加え取扱や保証の内容を提供しているのだから、購入した消費者はその内容を承知したもの、とするには少し無理があるか。webサイトでそれらの閲覧ができない消費者と情報量の差が生じるけれどもそれでよいのか。(実際に消費者に販売する流通事業者の担当者にメーカーと同じ質の説明を要求するというのも非現実的ですし)
取扱説明書や保証書は日頃契約には関与しない設計や品証部門の担当者が作成しますので、改正民法施行までの期間を考えると方針なり対応を決断するギリギリの時期なのかと思った次第。

■ 一人法務へのチャレンジ
 チャレンジするつもりもないまま一人法務となりどうしたものかと思っているうちに10年以上が経過。本当にどうしたものでしょう。
 所属企業の置かれた状況によって法務の役割というのは異なりますし、一人であればもろにその影響を受けます。企業が成長ステージであれその逆であれ、一人で業務を遂行すればしたなりの成果は得られます。それはたしかに大きなメリットです。
 ですが今自分がデメリットだなあとしみじみ思うのは経験の共有の難しさという点ですね。
自分が法務職として辿ってきた道のりはイレギュラー続きで、誰かに引き継いでもらうものばかりではないのですが、もし(起きてはほしくないですが)この先何か起きたときに「あのとき、こうやったよな」「そうそうあのパターンに近いね」的な話をする相手がいないというのはきついと思うわけです。自分の場合は退職等でいっとき共に汗をかいた者(法務に限らず他の部門の者も含む)がいなくなってしまったのですが、経験のストックってけっこうものをいうときがあると思うのですよ。
 一人法務体制にある方はよいことも悪いことも他の部門の担当者と共有しておくことが大事だと思いますね。

談合コンプライアンスの行方

 「談合コンプライアンス」は先月号のビジネス法務の第2特集記事。今頃取り上げるのもなんだという気がしないでもないですが、会務に携わっている事業者団体が「競争法コンプライアンス」なる宣言を定めたことや大手ゼネコンが改正独占禁止法遵守プログラムを公表したこともあるので書き留めておこうと思った次第。

 談合というと建設業界隈の問題というイメージを抱いている人もいるかと思いますが、必ずしもそうとはいえません。土木工事に関わる材料メーカーの談合も何年かおきに報道されますし、フィルム、ラップなどの樹脂製品でもカルテル行為を摘発されたことがあります。それでもなお談合行為がなくならないのはなぜでしょう。

 件のビジ法の記事「なぜ談合はなくならないのか」(TMI:樋口陽介弁護士)概ね書かれていることはわかるのですが、自分の経験から引っかかったのが企業内部要因として上命下服を挙げていたところ。
談合に関わっているベテラン担当者が「業界のしきたり」をよく知らない上司を取り込んでいく、というパターンもあったような。公共事業は人の繋がりがものをいう部分があるので、公共事業一筋のような担当者がいます。受注案件があらかじめ計算できる「公共事業」は上司にとっても心強いし、担当者もそれを承知しているので(以下省略)
 独占禁止法といえば、ということで池田毅弁護士が「事例でみる正当な営業活動とカルテルのボーダーライン」はさすが痛いところというか痒いところに手が届いているという感想です。
 大手ゼネコンの独禁法遵守プログラムや宣言が何となく「べからず論」のほうに偏り(偏らざるをえないというのはわかりますが)、もし他社も追随するようなことになると自分などの古い人間は「海の家事件」のあとのCSR・コンプラブームを思い出します。
 「べからず」では結果として談合がなくなっていません。
 どうしたものですかね。 


  
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