企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

2018年12月


どこからどこへ 2018

 年末定期ポストです。
 何かと「平成最後の」というのが当たり前のようになった1年。そんな1年を何をして過ごしてきたのか、首をひねるばかりであります。

 仕事の面では詳細は書けないのですが、年明け早々労務系リスクに追われ、その後はケチな不祥事の始末にかかわり、と 法務担当者というよりも監査のような業務に関わる時間が多かった1年でした。
会社の置かれた状況によって求められる業務のカタチが変わるものだ、と溜め息半分で自分を納得させていたことも多々ありました。

 気がつけば50代を迎えてから何年か過ぎています。自分が20代の頃、今の自分の年齢の人間が職場にいたかというといませんでした。役員、次期役員候補になる人間以外は順に子会社や関連会社に出向なり転属していました。そうやって新陳代謝がはかられていたのでしょう。(それでは子会社や関連会社側の人間はたまらないだろうと思う向きもあるかと思いますが、そこは子会社側もしたたかにやり過ごしていたわけです。)
 しかし今はどうでしょうか。組織再編が進み出向・転属先がないということも珍しくありません。社会情勢を考えるとおっさんはあと5年から10年は働かなければならない状況です。若者からみれば、「いつまでもおっさんが職場にいる」という大変煙ったい状況が続くことになります。たまりませんね。
なんとかテックが興隆する時代にバブルなおっさんの経験なんか価値ないよ。「おっさんの経験をデータ化してみてもタブレットのストレージの消費量が全然増えないんだよな。スカスカ。」なーんてことをいわれるのでしょうなあ。ちくしょう。

 2019年はどういう年になるのか、するのか。

 おっさんとなんとかテックは共存できるのか。
 おっさんは今いる職場にしがみつくしかないのか。

このあたりがテーマですかね?

 さてこの1年、本ブログにお越しいただきありがとうございました。
年々ノイズのようなエントリーが増えてきている自覚はあるので、来年はもう少しマシな内容が書けるよう精進します。

 良いお年をお迎えください。
 



 

評判の管理  拾い読み:ビジネス法務2019年2月号 

 収まるところに収まったのかどうか定かではない年末。
忘れないうちに書き留めておく、拾い読みです。

 ビジ法2019年2月号。特集2「レピュテーションリスクの正体」。自分としてはこちらの方がメイン特集記事でした。
 4年前に拙いエントリーを書き散らかしたのですが、今年は大企業が築いてきた評価・評判を自ら毀損する不祥事が相次ぎました。BtoBビジネスの企業では消費者の評価を対象とする「ブランド」にそれほど留意する必要がないことが影響するのかとも思ったのですが、大企業(例えばかつての親会社グループ)の法務・リスク管理部門は、10年以上前ですら何かあるとすぐに「レピューテーションリスクは?」と神経質になっていましたのでそんなはずはないのですよね。どこで何がずれたのでしょうか。

 記事は第三者委員会等でお馴染みの①國廣弁護士・竹内弁護士の対談②SOMPOリスクマネジメントのコンサルティング部五木田氏の論稿③メルカリインハウスの岡本弁護士のインタビューからなる構成。
個人的には②。レピュテーションの定義、風評やブランドとの違い、レピュテーションリスクの捉え方、レピューテーションの評価について、「法務担当者」が頭に入れておいたほうがよい情報をコンパクトにまとめていただいていると思いました。(内部統制や内部監査、会計からのレピュテーションリスクに対するアプローチを詳しくという向きは引用・注記で取り上げられている櫻井通晴氏の書籍などに当たれば良いと思います。)
 
 レピュテーションははたして管理できるのか。できるとしてもそれは法務部門の業務なのかという点。
 昨今の企業を巡る報道や何かと燃えやすいSNS界隈を考えれば、管理できるかできないかではなく、管理せざるを得ないというのが正直なところ。ただ評価方法含めて様々なアプローチは試してみる必要があるかと。リスクの数値化・可視化には異論はないけれども会計からのアプローチだけでよいのか。法務はリーガルリスクからのアプローチだけでよいのか。IR・株式担当者はどうするなどなど。
各方面からアプローチするとして、では実務上誰が統括的にみるのか。考えが行きつ戻りつします。

 リーガルテックの興隆は法務担当者を定型的・緊急度は高いが重要性は低い、といった業務から法務担当者を解放するのはそう遠い日ではないと思います。そして次に来るのは「で、法務は何をするの?」という問題です。
 レピュテーション管理に法務が携わる可能性があるのか、携わるべきなのか。リーガルテックが騒がれた年の終わりによいタイミングで石を投げてきたなと思います。
 








会社のカタチ #legalAC

 このエントリーは法務系 Advent Calender 2018 参加エントリーです。みねメタルさんからのバトンです。みねメタルさん、転職されていたのですね。

 この12月21日で法務担当歴13年目に入りました。自分が法務に異動した年に生まれた子が中学生になると考えると、自分は同じ年数でどれだけの経験や価値を身につけたのだろうかと呻くよりありません。
 呻いていても仕方ないので、この12年間の「会社の機関設計」を軸に久々に会社法ネタをひねり出してみました。

その1

 さて自分の勤務先がどのような機関設計をたどってきたか、整理すると次のようになります。
  1. 非公開・大会社・監査役設置・会計監査人設置
  2. 公開・大会社・監査役会設置・会計監査人設置
  3. 非公開・大会社以外・監査役会設置・会計監査人設置
  4. 非公開・大会社以外・監査役設置
 ちなみに自分は転職はしていません。同一企業でそのときどきの事情に引きずられ機関設計変更を繰り返してきた結果です。
 1.は当時所属していた企業グループ時代。分社により完全子会社化。大会社として切り出したのはのちの売却の布石だったのかもしれません。
 2.で「公開会社」とあるのに「完全子会社?」と思われる方もいるかもしれませんので説明すると、一時期投資ファンド傘下となったスキーム(LBO)により金融機関に自社株式を担保として提供する際に「譲渡制限を外す」という条件だったため、公開会社となっただけです。株式が流通したわけではありません。設計上は公開会社だが実質は非公開会社と変わりないという、はたからみてわかりにくい機関設計でしたね。(田中旦「会社法」コラム1−3参照)3.は投資ファンド傘下で持株会社を設立した際の機関設計で、IPOを念頭においたもの。4.は再び上場企業子会社になり、もはや大会社にしておく必要性もないと資本金の額を変更したもの。
 どのケースにおいても一人株主が100%株式保有であり、投資ファンド傘下時期を除けば上場親会社の完全子会社、江頭会社法でいうところの「従属会社」です。
 従属企業は今やコーポレートガバナンスの名の下、上場親会社によっては実質「社内の一部門」として管理されるケースもあります。親子会社で人事・会計システムが統合は進んでいますが、今後のテック系の普及次第で法務業務等もシステムとして親会社に統合されれば、従属会社の法人としての「独立性」が保てるものなのか疑問です。

 ところで会社法は「中小規模」「株式譲渡制限付き」の企業を基本形として規定しています(江頭会社法)。従属会社は機関設計上では「会社法の基本形」に該当する企業が多いと思いますが、「従属会社」でそこそこ機関法務の仕事を通じて思うのは現行会社法上での「身の置き所のなさ」でしょうか。
 「中小企業あるある」と様々な頭痛ネタが取りざたされるとはいえ、とりあえず自力で資金調達をし長年地元で商売をしている会社と、事業の存続含め全てを「親会社に委ねている(それゆえ例えば資金調達など有利な条件を享受できる)」会社とでは同じ機関設計だとしても会社の有り様が当然大きく異なります。(同じ従属会社でも親会社が上場か非上場かという点でも同じことがいえます。)
 上場企業の「従属会社」の場合には定款自治による機関設計の自由云々ということは実際には考えにくいし、上場親会社の完全な管理下にあるわけですから機関設計の選択肢をはじめ、独立企業と区分を同じくするのは無理筋なのではないかと思うときがあります。子会社に法人格をもたせないという点では既に「社内カンパニー制」がありますが、上場親会社が社内カンパニー制をとらないにも関わらず、子会社の「法人格」「独立性」が実質ないに等しい場合に、「従属会社」を現行会社法の機関区分に当てはめてよいものなのか、ここ数年こんな疑問が脳裏に浮かんでは消えということを繰り返しています。

 
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企業品質問題と「ムラ社会」

 カレンダー企画の質の高さに慄きつつ、いつも通りのエントリーで。

 BLJ2019年1月号「【実務解説】2018年の不祥事を振り返る BtoB企業の陥った品質問題とムラ社会のハラスメント問題」を読んでつらつらと。
 今年ほど製造業の品質問題が続いた年はないのではないかと思いますが、本稿にあるように「今年発生した」のではなく「今年発覚した」というのが正しく、マスコミに嗅ぎつけられ糾弾される前に我先に公表に動いたきらいもあります。2007年の改正消費生活用製品安全法施行の際にリコール公告で新聞の社会面の下半分が埋まった頃を思い出します。あの時も所管官庁が「消費者保護」に舵を切ったのが契機だったのですが、一連の品質問題が「最終需要家に対する背信行為」と受け止められているなら、根にあるのは「消費者保護」と同じと思いますね。
 本誌の記事では「ムラ社会」は主にスポーツ団体のハラスメント問題に紐づけていますが、企業の品質問題も「ムラ社会」と決して無関係ではないと考えています。
 そもそも企業と「ムラ社会」の集合体ではないかと思うようになりました。「人事ムラ」「経理ムラ」
「製造ムラ」等など(怒られるかな)。

 それはともかく。

 製造業の工場は地方にあること(都市部ではない)が多く、工場進出の際にもともとあった「地域社会」を丸ごと取り込んでいることが多いでしょう。親子で、親戚で同じ企業の工場に勤務することはそう珍しいことでもありません。都会の大学を出て工場に配属された人間が地域の女性と結婚し地域社会の一員になることなどざらにあります。工場は工場長を頂点にした階層構造で指示系統が明確になっているはずなのですがそこにまた地域社会の人間関係などが組み合わさることもないわけではありません。現在は昔ほどかはわかりませんが、地方で上場企業の工場長ともなれば土地の名士のような存在であった時代もありました。(黒塗りハイヤーで通勤なんて時代もあったのです。)
 会社も地域社会も「一心同体」の世界で、仮に不正に気づいたとしても告発なり通報に踏み切れるか。
理屈のうえでは通報者が不利益を被らないようにはなっています。しかしそう簡単な話ではないと思います。転勤族の人間ならともかくその地域で採用雇用された従業員にとっては、会社の不祥事の告発・通報は地域社会に弓を引くようなもの、自分ひとりがその反動を引き受けるのであればともかく家族にまで何かしらの影響があることを考え何もできなくなるのも無理はありません。広いようで狭い地域社会、「自分でなければ誰が通報した」と皆で世間話をしていくうちに、通報者が特定される可能性は高いと思います。
 そんなことはないという方もいると思いますが、「通報したら自分だけでなく、家族がどうなるか」と思い込ませる空気、それが「ムラ社会」だと自分は考えています。過去に「村八分」の事例がありその恐怖が身に染み付き共有されている地域であれば余計にそうなるでしょう。

 しかし内部通報制度に関わっていながら地方の工場における制度の運用にどこか限界を感じているのは、自分が「地域社会」というものの「赤の他人」とレッテルを貼った者に対する無情なところを見ながら育ったからなのかもしれません。
 ではどうするのかというところですが、本社品質保証部門による各工場の監査ということがまず考えられますが、内部監査と連動しないとこちらも「品証村」で決着がつけられてしまう可能性があります。
先に書いたように「通報者」の心理的負担を考えると、内部監査的なもので不正の芽を摘んでいく方法もありかと思うのですが、こちらもハードルは高いでしょうね。
難しい課題ですが、不祥事の早期発見・解消を従業員の「良心」に賭けるばかりというのは避けたいですね。

たかが2割されど2割  Business Law Journal 2019年1月号

 もう来年の1月号かよ、と嘆息。季節感のない人生。

 数年前、某法律雑誌に法務研修に関するコラムを書かせてもらったことがあるのですが、自分で書いた内容がそのままブーメランとなって背中に2、3本突き刺さっています。さらにその刃をズブズブと深く刺し込むようなBLJの特集記事です。

 「法務研修のWAHTとHOW」 。
 冒頭の三浦弁護士(渥美坂井法律事務所・外国法共同)の記事に尽きます。

 法務研修は法務担当者の「アピールの場」「成長の場」でもあることは否定しませんが、それが「目的」ではないわけで。受講者の「腹落ち」のない研修ほど講師・受講者双方に不幸な時間はありません。講師や教材の出来不出来、準備不足(ニーズ、ウォンツの把握不足を含む)によっては「時間泥棒」と謗られても仕方ありません。

 寄稿いただいている各企業の研修プランをみると法務研修に当てられている時間は長くて1日、概ね半日程度のようです。マネージャー研修や販売研修などが泊まり込みプランであるのと比べると「短い」ですね。研修事務局や社内講師を業務としていたこともあるのでいっておきますと、泊まり込みの研修で2日目の朝に前日の内容のおさらいをしてみると、受講者の記憶に残っているのは2割から3割がいいところなのですね。泊まり込み研修であれば2日目に復習ができるのですが、半日から1日の研修ではそれができません。あれも教えたい、これも理解させたいと講師は張り切ると思いますが覚えているのは「2割」なのです。「何を忘れずに持ち帰ってもらいたいか」と考えると、受講者の「腹落ち」が不可欠になります。
 研修カリキュラムの練りこみは当然、さらに受講者の業務上の諸々の情報もある程度必要になると思います。販売研修事務局の頃の話に戻りますが、ある教育コンサルのカリキュラムを導入した際に、同じカリキュラムなのに講師の違いにより受講者の「腹落ち度」に明らかに差が生じた例がありました。コンサルの中でも人気1、2位を競うような講師であっても、受講者の諸々の読み違いがあったのでしょう、結局講師を変えてもらったことがあります。
 我が身に置き換えあたら、本当に厳しい話ですよね。

 じゃあどうすればいいのだということになりますが、法務には法律相談や契約書レビューなどを通じて様々な事業の情報・エピソードが集まっているはずです。それらが受講者に「腹落ち」してもらえるネタ元になると思います。身に覚えがある、どこかで聞いた話というものがカリキュラムに織り込まれていれば、法務研修と聞いて斜に構えている受講者も居ずまいを正して研修に参画するでしょう。自分から参画した研修はきっと記憶に残り職場に持って帰ってもらえる(と、自分はそう期待しています)

 講師の話法、話術の巧拙に研修が左右されるのはいう点も忘れてはいけません。
 少し噛むぐらいはどうということもありませんが、決めのフレーズが「飛んで」しまっては元も子もありません。といって、タブレットやノートに目を落としたままというのもダメです。
マネージャー研修の講師の時は何回もロールプレイングを繰り返しましたし、たとえ1時間の研修であっても前夜ブツブツと一人で練習しています。たかが2割、されど2割。

 最近あまり研修をしていない身であれこれ書くのも気がひけます。背中のブーメランがさらに深く刺さる。

 実務解説「2018年の不祥事を振り返る」は別エントリーをあげます。


 
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