2020年03月

2020年03月29日 15:22

 春の雪を眺めつつ。

 書籍エントリー。今回は「Q&Aでわかる業種別法務 製造」。すでにdtkさんやちくわさんがエントリーにアップしているので出遅れ感があるが、自分なりのものを残しておく。

 結論からいえば、デスクの置く1冊であることに異論はない。
 先に取り上げた「メーカー取引の法律実務Q&A」はある程度場数を踏んだ担当者の期待に応じる「玄人モノ」とすれば、こちらは就職して法務に配属された新人、製造業に採用あるいは出向したばかりのインハウス向けのガイダンスといった色彩が強い。製造業の標準的なビジネスフローに沿って法務業務範囲をほぼカバーするQ&Aをコンパクトに250ページほどに収めてあるのは見事である。

 Q&Aの形を借りたガイダンスの編集は案外難しいものである。自分も業界団体の会務で何回か作成編集に関わっているが、ガイダンスの読者に対して伝えたい「A」を説明しきるために「Q」を作るということが多い。そのために再度「Q」を見直すこともあるし、「A」そのものも出身企業の事情が絡んでなかなかまとまらないということもままある。本書の編集段階でも似たようなことが繰り返されたのではないかと勝手に想像している。(5稿ぐらいまで進んでちゃぶ台返しのようなこともある)

 あえていうなら、という点を少し。

 メーカーはどうしても工場が主体となるが、その工場の運営に必要な許認可、各種届出といった業務、自治体等行政機関、近隣との渉外業務は工場の総務・労務・保安部門が担っており、平時に法務が嘴を挟むことはない。新興業種の法務界隈で話題になる「ロビー活動」についても製品事業部門が「事業団体」を通じて行っているので、こちらも平時に法務が関わることは考えにくい。大企業であればあるほど分業が確立している。そのような環境で法務部門(担当者)がどのように存在感を保ち、発言力なり権限を手に入れていくか、これこそ「Q」の一つではないだろうか。本パートで「あるべき論」が書かれてはいるが、どうもさらりとしたものに感じられた。(どこまで書けるかという問題もあるが)
 「工場」に関していえば、「ガバナンス・コンプライアンス」の章。環境法令に抵触した場合や休業災害が発生した場合など、工場責任者がいたとしても法務の出番が回ってくるケースがある。法務主体の業務ではないと落としたのかもしれないが、事業上のリスクなので取り上げておくべきではなかったか。
 また執筆陣が大手企業法務の人である以上仕方がない面もあるのだが、発注者側の視点のQ&Aが多いという点。調達・製造の章が顕著であったが、製造業は数多の中小企業に支えられている現実から子事業者、請負者側の立場のQ&Aをいくつか設けてもよかったのではないか。(読者をJILA所属者に限定しないのであればなおのこと)
 このあたりが少し引っ掛かったのである。

 とはいうものの、繰り返しにはなるがガイダンスとして良書であることに変わりはない。

 最後に本書含む業種別法務シリーズについて。
 自分が所属する業種だけでなく、取引先や諸々折衝先業種の「法務」業務を知る機会を提供してくれるシリーズだと思うのであと数業種購入しようかと思う。









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2020年03月22日 19:50

 桜満開、ここ数週間の自粛モードに倦み外出した向きも多いことだろう。

 ある漫画の結末に感動し余韻に浸っていたいのに、その漫画に広告代理店が関与していたことがわかったことで漫画なりその作者の評判が一転していく…というのを遅ればせながら知った。
 この手の商売の難しさを改めて思う。広告代理店の商売の進め方が拙速だったといえばそうかもしれないが、人が「手垢のついた」感動に敏感になることはよいことなのか悪いことなのか。

 「東京の青い空」とは、70年代半ばから80年代初めにかけて「少年ジャンプ」や「ヤングジャンプ」でギャグ漫画家として活躍したコンタロウ氏の読み切り作品である。もう50代以上の人間にしかわからないかもしれないが、当時の少年ジャンプは年1回、人気上位漫画家が読切漫画を掲載、読者投票で「愛読者賞」を決めるといったことをやっていて、当作品はコン氏の1976年か1977年のエントリー作品だった。いつものギャグ漫画ではなく、SFものだった。内容については、ネット上にいくつかこの作品に関する記事が上がっているので 興味がある方はそちらをご覧になっていただければと思う。
 ネタバレにならないように作品内容に触れれば、ある閉塞的な環境に置かれた未来社会で、ギスギスした群衆の心理を和らげ何とか社会を維持するために、政府があるシナリオを実行する。その代償となるのが3人の孤児の生。政府の思惑どおり、孤児たちの行動に大衆は感動し涙を流すのだが…といったもの。
 今となっては新鮮味があるストーリーではないかもしれない。ただ40年以上前に少年誌上でコン氏のほのぼのとした画風ながら「感動ストーリーには裏があること」を描いた意欲作だったと思う。当時小学生だか中学生だった自分は、大人がやたらと盛り上げようとする感動は胡散臭い、裏があると考えたほうがよいと思うようになった。まったく可愛げのないガキになった。(同時代に始まった「なんとかは地球を救う」は今もって観たことがない。)

 70年代には想像もつかないレベルの「高度情報社会」となり、報道ですら「真実」とは限らず、出処のわからない「感動」や「怒り」が個人の情報端末を介して世界中に拡散される。「手垢のついていない」感動は、自分が実体験して得たもの以外にないのかもしれない。
 しかし、その体験すら誰かのシナリオによるものだったら? 
 




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2020年03月14日 17:42

 桜の開花の知らせになんとなく鬱陶しいものを感じて窓の外を見れば雪。

 製造業で法務なり監査の仕事をしていると、製品不良やら不具合をはじめ品質保証関連の報告・対策会議に出席する機会が増える。法務としての振り出しの仕事が製品リコール対応だったし当時の関係者の生き残りになってしまった今、時として厳しい意見もいわなければならない。しかし「なんとなくあるべき論」を述べるだけでは、「また監査部門がうるさいことをいう。」で終わってしまうので、設計や製造、品質検査部門に何かしら「引っ掛かり」を残すようにしたほうがといいだろうと思い、ネタを探していたところ手に取ったのが「バグトリデザイン 事例で学ぶ行為のデザイン思考」(村田智明著 朝日新聞出版)。
 
 何かと「デザイン」とタイトルにつける書籍が増えたような気がするのだが、この書籍は本家?ともいえるプロダクトデザインに関するもの。ユーザーが何かしら不具合を感じたら、その製品の設計・製造はじめどこかのプロセスにバグがある、そのバグを除くには人の行為をよく分析することだ、という内容。(雑駁なまとめで申し訳ない)バグと表現しているものの、深刻なものは製造物責任法における設計上や表示上の欠陥に通じると思いながら読んでいる。

 ところでバグというのはプロダクトデザインだけのことか(元々バグという定義のあるコンピューターシステムプログラムなどの領域は除く)というのが本題。
 業務ルール違反や品質不良の事案発生の際に、本社管理部門は「なぜルール通りにできない」と既存のマニュアルの運用を厳格化してしまいがちではある。だが同様の違反や不具合が繰り返し発生しているようなら、ルールやマニュアルの内容そのものにも疑義を向ける必要があると考える。あやまった行為を誘発する、またはそれを防げない要因、本書でいうところの「バグ」が業務プロセスのどこかに存在していると考えるのが自然ではないか。製造現場では日々の現場巡視やQC活動などで非効率・危険性といった「バグ」は取り除かれていくが、本社管理部門はじめ事務部門はどうなのだろう。「バグ」を現場の責任に押し付けてはいないだろうか。
 本社管理部門が作るルールやマニュアルのユーザーは従業員。ユーザーの行為にもっと注視すれば、違反や不正を防ぐ業務や組織のデザインにつなげることができる…かもしれない。
 おりしも在宅勤務を取らざるを得ない状況。在宅勤務を導入してこなかった企業は業務や組織のバグ取りの良い機会となるのではないか。

 と書きつつ、自分はといえば毎日出勤しているのであった。




 




 
  

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2020年03月08日 17:36

 在宅勤務が取り沙汰されるなか、あいも変わらず毎日出勤している。在宅勤務社員の桁数が4桁という企業の報道をみるとそもそもなぜ今まで都内に出勤させていたのだろうという疑問が湧く。その一方、その企業のなかには在宅勤務に切り替えができない部門があるだろうし(製造業は特に)、むしろその部門の職場の安全管理の方が重要と思うし、実際にどのように運営しているのか気になるのだがメディアの関心の外なのだろうか。何件かメディアの電話取材を受けたが、一様にサプライチェーンの状況についてのものばかりであった。

 在宅勤務に限らず、今回の有事が企業の業務のあり方を変えるきっかけにはなるとは思う。諸々のテック系の動きも加速するかもしれない。ただその道のりが平坦なものになるかそうでないかは企業の事情によって違ってくるだろう。
 ビジネス法務2020年4月号特集は「今こそ変化のとき 電子契約のしくみと導入プロセス」であった。
テック系サービスの紹介はこれまでも多く目にしていたが、実際に導入した企業のプロセスの一端が紹介されている点はよい試みと思う。さすがに業種・業界ごとの紹介まで届かないところが現状なのかもしれない。だた来年の今頃にはどうなっているか。
 各記事を読んだなりに「道のり」を思うと、契約業務を含む「電子化」は近くはないというのが実感で、どういうコースでどのくらいの期間や労力を必要とするかすらどうやって計算しようかという気分である。
 ただ「東京オリンピック開催前後から景況感悪化」と予想していたものが、ここのところのウィルス感染騒動によりもっとはやい時期に訪れるとすれば、直接収益に関与しない間接部門の業務改善や人員調整はまったなしとなるだろう。紙の契約書類を袋とじにして印紙を貼って押捺する業務に1時間/日を割くというのは悪い冗談のように扱われ、外注業者に請求書や領収書の作成・発送を委託する業務も「浪費」と批判されるかもしれない。または取引先から「取引先ごと」の電子契約システム導入を要請され、その対応いかんで取引継続に黄信号が点ることも考えられなくはない。
 間接部門は覚悟を決めて業務の省力化・電子化に取組み、自部門の業務デザインを変えていくときを迎えたのだろう。

 本特集の編集時期はおそらく昨年末から年初であったと思うが、特集見出しの「今こそ変化のとき」とは今となっては絶妙のものだと思うが、「今がそのとき」といっても過言ではなくなったと少し蒼ざめている。


 

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2020年03月01日 13:13

 日常と非日常を分けるものは何か。
いとも簡単に非日常に転じる、ということはこれまでも経験してきたはずなのにという悔いを感じながら2月が去っていった。しかし月が変わったからといってすぐに何かが好転するわけではない。
 政府やメディアや出処のわからないデマに翻弄されることなく、それらを責める時間があったら(そんなことは医療行為、生産や物流に何の寄与もしない評論家風情やTVタレントに任せておけばよい)、目前の事象を捌いていくのが実務の人である。

 モノ・サービスの供給停止、出張など国内外の移動や不要不急の集会の自粛、学校の休校措置。場当たり的であろうがなんであろうが、組織として対応しなければならないことは多い。しかも表に現れたことへの対応だけではない。テレワークの推奨ひとつとっても、テレワークに置き換えられない職種、業務に従事する人の安全をどのように確保するか。小学生低学年以下の子供がいる従業員を休ませるとして、その業務をどのようにカバーしていくか。何か見落とされていることはないか。
 求められるのは複眼視点、千里眼、想像力か。過去の経験に基づく直観か。

 いずれにしても、非日常のときこそ組織(そして担当者)の底力、地力が問われるというもの。力が足りないのなら、経験を通じて力をつけていけばよい。常に完璧な組織や人などない。

 法務部門には諸々の問い合わせが寄せられたり、判断を求められることが増えていることと思う。雑事が下ろされてくる担当者もいることだろう。その際いつ、誰が、どの場面で、どのような判断を行ったのかよく見ておいてほしいし、役割を任されるのであれば(多少荷が重いと感じたとしても)引き受けてほしいと思う。

 さて明日はどうなるか。

 
 




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