日経本紙1月19日付朝刊「法務面」から。
今回は製造物責任としてタカタ問題が題材になっていました。

 紙面座談会ということで各々の取材から座談会風に編集された記事なので、当然ライブ感に欠けます。
また目新しい視点があるようには感じませんでしたが、「そりゃ、そうだよな」と納得できるものばかりですが、ではなぜ過去の事例が教訓にならないのでしょうね。
報道、第三者委員会報告、法律雑誌などの記事、さまざまな視点での情報があるにもかかわらず、です。
 書かれている文字を読み頭でわかることと、いざ事が起きたときに実際に頭が回転し身体が動くのとは別問題。「当たり前」といわれていることを実行することほど難しいものはありません。自社で過去に事例があるとしても、そう簡単ではないのですよ。

 事故対応の成否を問わず、当事者の言葉で語られたものが一番教訓ではないかと思うのですが、当事者がすべてを語ることは難しいし、また仮に語れたとしてもその時期を迎えるまでには相当の時間を要するでしょう。(過去記事で自分が取り上げた自社例も約5年経過してからでした。)
 
 時間が経過したからといって色褪せるテーマではありませんが、「活かす」というのはそう簡単ではないのです。

 


  
(加筆です)

 社内調査組織の設置、弁護士との連携、広報部門との調整、さらに事業者団体との調整については、関与の度合いは別にして2回ほど経験しました。回数を誇る性格のものではありませんし、また毎年発生するわけでもありません。(毎年発生していたら経営破綻します)
 ある事案の反省・総括に基づき、有事に備えた組織編成やその組織を運営するための規則を整えたとしても、無事・無風な年月が続けばそれらは日常業務の多忙さゆえに意識の外に置かれるようになります。そのうち、経営トップが変わり、担当者レベルの人事異動があり、あるいは企業再編の波にさらされることもあるかもしれません。その組織や規則がなぜ作られたかという「そもそもの話」が継承できるとは限りません。
こういってしまうと身も蓋もないかもしれませんが、日常業務と少し距離を置く組織や規則は作り上げた次の瞬間から「形骸化」が始まるのではないかと思うのです。

 どうしたら教訓として継承できるでしょうか。

 もし、事故不祥事が発生し調査組織を発足させリコール実施を見据えた対応をとることになったとしましょう。その事務局には数名の若手を必ず置くことがひとつの手ではないかと。非常時ですからもろもろに手慣れ、度胸の据わったベテランで実働部隊を固めていくのは間違いではありません。要領をえない若手は頼りないかもしれませんし、一見後ろ向きの仕事、やりたがる若手もいないかもしれません。
 しかしリスク管理を長い目で考えると、時間・分単位で行政機関や報道機関の動きが変わり、電話、メールが錯綜ときに怒号の飛び交う修羅場の「生き証人」を残すことは重要だと思うのです。その後何事もなければそれにこしたことはありませんが「何か起こるもの」です。そのときにひとりでも経験者がいるといないでは、浮き足だつ社内の落ち着かせ方、ひとつとっても違ってくるはずです。(本当に浮き足だちますからね)
 人事情報にも事故不祥事対応関係者・経験者というのも付け加えておければいいのですが。

 とまあ、紙上座談会の内容とはかけ離れそうなので今回はこれにて。平野中央大教授、フライドシュマン・ヒラード・ジャパン田中社長の意見についてはまた別に。