今年は音楽界の巨星というより一時代を築いた先駆者の訃報が続きますね。
 プリンスのことを書こうとぐずぐずしているうちに冨田勲の訃報が入ってきてしまいました。
 
 テクノポップが流行した1980年頃は、学生でもアルバイトを頑張れば買える価格のシンセサイザーが発売され始めた時期です。当時のシンセサイザー関連書籍には必ず先駆者として冨田勲とこの春亡くなったキース・エマーソンが紹介されていました。二人の写真には必ずモーグの巨大なモジュラー・シンセサイザーの姿が写り込んでいました。今年はポピュラー音楽の世界におけるシンセサイザー普及の立役者を立て続けに失くしたことになります。なんという年なのでしょうか。
 
 冨田氏の音楽はシンセサイザーだけでなく「音場」へのこだわりにも触れておかないと不十分と思います。立体的な音場を再現する4チャンネル方式や2チャンネル(ステレオね)でも同じ音響効果が得られるバイホニック(だったかな)など、本当に斬新で面白いことに取り組まれていました。
近年ボーカロイドと共演していましたが、奇をてらったわけでも若者受けを狙ったわけでもなく単純に「面白い」ことを求められたのだろうと思っています。

 少し法務風味なネタを挟むとすれば、新しくて面白い取り組みの裏で行われたであろう権利関係の交渉ですね。ドビュッシー、ストラヴィンスキー、ホルストといった作曲家の作品が題材でしたから、苦労した交渉もあっただろうと思います。冨田氏がやろうとしたことはスコアや楽器編成の変更といったレベルではありませんからね。兎にも角にもその交渉の結果、冨田版「月の光」「火の鳥」「惑星」などが世の中に出たわけですからその交渉がどんなものだったのか知りたいですね。(昔のLP盤のライナノーツに少し書かれたものがあったような記憶が?)

 冨田版『惑星』のオルゴール音を思い出しながら、合掌。

ホルスト:組曲「惑星」
冨田勲
SMJ
2012-12-05