阪神の震災から23年。あれからそうかと本日の業界団体の会合でも話題になりました。

 その日、朝出勤直前に観たTVニュースではまだ情報が集まっておらず被害の状況はかろうじて火災が発生していることぐらいだったでしょうか。
 今と違いウェブサイトでニュース動画が流れる時代ではありません。当時、新聞各社が開設していたのはニュースダイヤル。そこに何分かおきにダイヤルすると、そのたびに被害の状況が拡大していることが伝えられました。
 そうこうしているうちに、事業部門トップが秘書に命じて関西方面のホテルの空室をかたっぱしから押さえ始めていました。家を失った従業員や家族、関係者の住まいの確保のためでした。当日の記憶として一番残っているのはこのことです。

 震災仮設住宅での高齢者の病気や死亡がニュースになりました。
 震災復興住宅(集合住宅)が、確か一般の住宅設計や住宅設備の高齢者配慮、バリアフリー化を推し進める契機になったように覚えています。

 阪神以後、災害発生時の仮設住宅の資材の確保を目的に行政や住宅団体が建材・設備メーカーなどの生産地、生産量の調査を始め、メーカー団体も仮設住宅対応の体制を整えました。のちの奥尻島や中越地震のときにこれらが機能しました。

 今では当たり前のようになっていることの中には、23年前の今日起きたことを始まりとしているものもある。このことをきちんと記憶しておこう、と思った次第。

 合掌。