もう緩和されることはないと腹を括ってはいるけれども「消費者法」(というよりも消費者庁か)が目指す消費社会はどのような社会なのか、消費者側に立つ法曹の人々が作りたい消費社会のカタチは?
 ということで第3版となった「基本講義 消費者法」を手にとってみました。「法学セミナー」連載を収録した書籍ですので対象は法曹を目指す人や学生ということなのでしょう。版を重ねていますので、最近の消費者法周辺を押さえるのに向いていると思います。
もっとも消費者法は「事業者」と「消費者」どちらの立場にあるかで受け止め方は変わりますよね。
本書と改正消費者契約法条文を読みながら思いが千々に乱れたもので、乱れたまま書き残しておきます。

 本書第1部第1章「消費者とは何か」(龍谷大中田邦博教授)の5.むすびにかえて の記述。少し長いけれど引用します。
個人的には、消費者法の存在意義は、第一次的には、その本来、生身の人間としての消費者を「保護」することにあると考えているが、消費者法がカバーする領域の拡大とともに、それにあわせて消費者像ないし消費者概念もまた多元的に理解される可能性があることも指摘しておきたい。こうした消費者像の拡大に対応した包括的な消費者法の構想も将来の課題として重要なテーマとなるであろう。
 
 企業法務担当者に限らず企業人も仕事を離れれば一人の消費者、生身の人間であります。「弱者として保護すべき消費者」にはあたらないのでしょうか? 
C2Cビジネス。事業者が関わらない「取引」、購入側の消費者だけを守る?
「取引」のカタチの変化の速さを実感(追いつかないという意味で)していますし、取引を従来の「事業者」対「消費者」の図式に当てはめているだけでよいのか??

 引用した部分についてはうなづいたものの、改正消費者契約法条文は従来の「消費者保護」そのもの。「社会生活上の経験の乏しさ」とは不動産投資や霊感商法、デート商法の被害者を念頭にしているのかもしれませんが。社会生活上の経験が乏しいから被害に遭うのか、本当にそうなのか。被害者が自ら社会生活上の経験の乏しさを証明することになるのか、とにかく釈然としないというのが正直なところ。
「山王」は被害者が出るたびに当該取引事業者に規制をかける法改正を続けるという方針という宣言なのでしょうか。法改正には手間はかかりますが行政としては消費者教育よりも事業者に対する法規制強化の方が簡単。そのような姿勢にみえるといったら言い過ぎでしょうか。

 消費者保護の流れには異議はありません。企業勤めの人間も仕事を離れればいち消費者ですからね。
ただ消費者保護のためには時間も費用もかかりますし、そのコストを商品やサービスの価格に転嫁できるとは限りません。どこかにしわ寄せがいく仕組みというのは長続きしないものです。消費者保護のつもりが、実はそうではないということにならないと良いのですが。