法務情報のフォローを後回しに日々を過ごしながら。

 少し古いネタになりますが、BLJの2019年2月号ブックガイド特集に異質な1冊が紛れ混んでいたので
その読後感といえばよいのか。「管理職が読んだ1冊」にあった「半席」(青山文平著)。ジャンルでいえば江戸の武家モノになるのでしょうけれども、主人公は若い徒目付。現代の企業での役割でいえば監査担当者に近いお役目でしょうか。この役目を果たしてなんとか旗本の身分を得ようとしているのですが、上役からいいつかるのは、裁決済みの事件の「なぜ」を究明せよというものばかり。こんな仕事をしていて自分は旗本になれるのかと思いつつ事件の当事者や周辺に当たっていくのだが…という連作。

 「なぜ?を何回繰り返しましたか。」
 業務災害が発生し事故速報が入ったときに、環境安全部門の責任者が報告者に返すコメントです。彼がこのコメントを返す速報は事故を起こした当事者に帰責させる記述に偏っていたり、対策が対処療法に留まっていると(自分の目から見ても)明らかなケースのとき。原因を「個人の資質やスキル、経験」や「すぐできる措置」に留めることは再発防止にはつながりません。社内規則に基づく報告義務を「形式的」に守ることを最優先にしてしまいがちな現場に対して厳しい一言です。

 「もう1回訊くけど、なぜこんなことをやろうと考えた?」
 従業員が不祥事を起こしたとき、本人や周囲に対するヒアリングや調査は数回繰り返します。上層部は早く結論を出せとせっついてくることが多いのですが、聞き流すことも多々あります。不祥事を発生させそれを可能にした環境や土壌など本人以外の要因まで洗い出さないことには有効な再発防止策を打ち出せないと思うからなのですが、以前エントリーで書いたように「着地点」を求められることもあり(以下省略)

「なぜ」を繰り返し、あるいは「なぜ」の筋を描き読み、事故や不祥事の原因の底にたどり着いたとしてもそれが必ずしも心地よい結末をもたらさないのが「監査」や「監察」の一面。目に見える実績ややりがいがあるのか?と思う人も多いでしょう。実際この業務に伸び盛りの若手・中堅ではなく、引退間際のベテランを張る企業が多いことと思います。業務経験に通じた人間が適任というのがそれらしい理由ですが、なんとなく引退前の並木道(花道ではない)のように考えている経営陣もいるのでしょう。
 親会社の内部監査室長と接する機会が多いのですが、彼は監査・監察の仕事を幹部候補生のコースに入れるべきだとの意見の持ち主。将来経営のありようを担う人間こそ中堅の時期に業務や従事者の裏表を知り、経営改善の意見を経営者に具申する経験を積ませるべきだと。「引退までの月日を指折り数えるような人間を監査の仕事に就かせても、本当に組織にプラスになると思う?」と。

 『半席』の主人公は最初は戸惑い抵抗感を頂きながらもいくつかの事案の「なぜ」を探り、真の理由に行き着くことを繰り返していくうちに目付筋の役目に意味を見出していきます。連作の中には、ちゃんと監察の人間が恨みつらみを買い命を狙われる覚悟を持ちわせなければならないというエピソードも織り込まれています。
 時代物、若い武士の成長譚として読んでも十分面白いのですが、監査・監察の仕事の視点で読んでも面白い連作です。著者の経済関係の出版社の記者出身という経歴も反映してのこともあるのかもしれません。

 では。そろそろ企業法務ネタに戻らなければならないかな。