30年ちょっと企業で働いている間に、様々な職種やツールが役目を全うし身の周りから去っていきました。
 入社した頃は「電話交換手」「タイピスト」といった職業の人が会社にいました。受付では総務部門の女性が座って微笑んでいました。
 外回りの人間にポケベルがもたされる前は、出先から定期的にテレホンカードで公衆電話で職場に電話して、不在時に顧客からかかってきた電話メモを読み上げてもらっていました。昭文社のポケット地図は必需品。 バックの中には常に東京、神奈川、千葉、埼玉の地図が突っ込んでありました。建設現場で設計図面を「青焼き」させてもらい、「フィルム付きレンズ」で現場写真を撮影して(フラッシュや接写機能が付いた時は感動したっけ)、写真屋に現像に回す。
 売掛金も直接小切手や手形で回収でした。販売先の支払日は何を置いても「集金」業務が優先しました。まああげていくときりがない、というか昔のことをやたら語るのは老化の兆しなのでこれ以上は自粛。
 これらの中には既に姿を消しているものがありますし、残っていたとしても業務で使用されることはなくなっているものがあります。
 
 まあ、こんなことを書き連ねたのは例の「ハンコ」「印鑑」の件があってのことなのですが。

 長年役所や企業の仕事を地味に支えてきたのに、突然手のひら返し。「信用性」「安全性」に乏しいだの責められ「もういらない」といわれる側に押しやられて、黙っているわけにはいかないというのはわからなくはありません。またデジタル界隈のもののいいようにも、もう少し「(近い未来の)勝ち組」の余裕があってもいいだろうと思うことがあります。
 「ハンコ」そのものが悪いのではなく、ハンコをめぐる業務にかかる手間と、その手間のわりに実は「信用性」「安全性」が乏しいのが問題でした。これまではそんなことはわかっていたけれども「暗黙の了解」「お約束」で成り立たせてきたけれど、もっと「信用性」「安全性」が担保できる仕組みが登場してきたわけで。企業としてはそちらに移行するのは自然な流れです。

 完全にビジネスの現場からハンコが姿を消すまでは一定の時間がかかるでしょうし、その間に「ハンコ」の次の身の振り方を考えることもできるのではないかと思います。(自分は「書」や「日本画」の世界のように工芸美術や工芸品の領域にいけるといいのにと思っています。)

 自分の業務でもハンコ回りの業務が一定時間を占めます。ハンコがビジネス現場から去っていくときはちゃんと見送ろうと思いますが、今般のアレで自分の方が先にリタイアなんてことになったら、それはいやだなあ。