ジュリスト#1530(2019年4月号)の特集「パワハラ予防の課題」をようやく読んだのでメモ。

 今年の3月に「パワハラ防止義務」法案が国会に提出されたのですが、記事編集のタイミングは国会提出前のものがほとんどではないかと思います。
パワハラというと企業内の事案と思いがちでしたが昨年来、スポーツ界や教育界でも起こっていることが派手に報道されました。 そういう状況を受けての冒頭記事「座談会」は企業、スポーツ、学校のそれぞれの「社会」におけるパワハラの定義、原因、予防について学者(成蹊大 原昌登教授)実務家(白井久明弁護士、杉浦ひとみ弁護士)企業労務部門(イトーヨーカ堂久保村俊哉氏)による座談会。企業労務の方の話がやはり現場の実態に接しているのでコメントにも苦渋、苦心が滲みでています。何回も頷いてしまいました。

 「パワーハラスメント 組織論の見地から」(同志社大 太田肇教授)。
自分としてはこちらの記事の方がずしりと重たかったですね。
伝統的な日本企業をルーツに持ち業歴だけは半世紀を超えた勤務先に当てはまることが多く、「そう、そう 」などとうなづいている場合ではないのですが。地方にある工場や、現地採用者中心の地方の営業拠点はそのものが小さな「共同体社会」。上司部下間の「パワハラ」のみならず、同僚間の「圧力」が原因の事案もちらほらとあります。

 パワハラ防止義務法案は、セクハラ、マタハラと違い法律上の定義がなかったパワハラをまず定義するところに意味があるとは思います。研修の場でも「パワハラとは」と明確に説明できるようになると思います。前述の座談会でも実務家の方からは「法制化はあくまでスタート地点」「パワハラに対する意識が高まる契機」等の意見がありましたが、販売でも製造でも現場を預かるマネージャーの関心は「何をしたらパワハラなのか」、従業員の関心は「何をされたらパワハラなのか」という点です。「定義」の危ないところは誰が読んでもわかりやすいものにしておかないと「これはパワハラ」「これはパワハラではない」と管理者・従業員がそれぞれ勝手に判断する可能性があること。コンプラ問題でありがちな思考停止ですね。判断の組み合わせ次第でパワハラを受けていながら通報を諦めるといった事態を生んではまずいでしょう。
 法案成立のあかつきには「あかるい職場応援団」などで、わかりやすいコンテンツを整備してもらいたいですね。

 ではでは。