2019年12月07日 23:37

造注

 カレンダー企画出番が迫るが、その前に1ヶ月以上更新していないのでリハビリが必要。で、埋草的エントリー。

  ここのところのSNSのタイムラインやブログ記事を読んでいて、ふと頭の中に蘇ってきたのがエントリータイトル。造注(ぞうちゅう)。当然造語。建設界隈でバブルが爆ける前に盛んに使われていた言葉である。建設業界はたとえ大手であっても基本的には「請負」の世界で発注者から「仕事を請ける(受注)」構造にあった。「請け負け」とも揶揄されるように、契約者対等の精神などどこの世界の話かというところだった。80年代半ば前後の空前の「不動産開発ブーム」のなかで、「仕事が来る、請けるのを待つだけでなく、(建設業者が)自ら事業を企画し、新たに注文を造っていこう」というムーブメントが起こった。多くのゼネコンに「設計」「購買」「建設」といった部門に加えて「都市開発事業部」や「事業開発本部」なる部門が生まれて「注文を造って」いった。当然多重請負の末端に近い納入・施工業者だった我々もその波に遅れまいと日夜駆けずり回ったものだ。しかしそれは長続きしなかったし、大きな代償を払う羽目にもなった。

 仕事を請ける一方だった側が自ら企画し、または仕事を発注する側と一体になって新たな仕事を生み出そうとした発想に誤りはないと思うし、「造注」ほどのものではないが90年代後半以降「御用聞き営業から提案営業へ」と販売部門がスタンスを変えようとしたのも根底の部分は同じだと思う。
そして、バックオフィスやその業務の受託側である士業の昨今の動きについても同じような印象を持っている。

 「最初の志は正しくても状況や運用によって、本来の目的から外れていくことがありますよね。」というのは事業者団体活動のある事情について公取委に相談したときに担当官からやんわりといわれた言葉だが、これは何事にも共通するのではないだろうか。

 バックオフィスが「生産性」や「貢献度」を意識することは大事だし、組織内のプレゼンスを高めようとするのは否定しない。ときにアピールしなければならないことも承知している。が、そもそもの志はどこにあるのか。その方法や手段にブレは生じていないか。邪な計算をしてはいないか。常に自覚し疑いを持つことも必要ではないかと思う。

 諸々の動きについてのぼんやりとした不安からのぼやき。
 
  

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