企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

企業法務


読み応えはあるのだが ジュリスト#1527から

 ジュリスト2019年1月号#1527 の特集 記事「消費者契約法改正」でした。
 2016年に続き2018年も改正法案が成立していますが、事業者の立場にあるとこの法律に関する諸々はどうにもこうにも。

 冒頭の座談会記事。もうこのパートだけで十分読み応えがあります。読み応えはあるのですが、スッキリはしないというのが正直な感想です。
 老若問わず、巧みな手法に乗らされ金を巻き上げられる人が後を絶ちません。自分にも後期高齢者の親が日中一人で生活していますから決して他人事ではないのですが、はなから法律など守る気がない「事業者」のために、多くの真っ当な事業者がコストを負担しなければならないという状況がより深まっているという…こんなことをいってはよくないのでしょうけれども。
 
 座談会記事を読みながら改めて改正法のおさらいをしたのですが事業者サイドとしては、改正法の「不利益事実の不告知の要件の緩和」「事業者の努力義務」が地味に重いという感触。
 前者は消費者庁「消費者契約の一部を改正する法律(平成30年法律第54号)の主な内容」で、法第4条第2項関係でずばり不動産業者のマンション販売の事例が挙げられています。マンション販売の事例はともかく、自社の商品やサービスの販売活動の中で、「不利益事実の不告知」に該当するような実態があるか販促・販売部門との再確認が必要になりますね。
 もっと頭を悩ませてくれるのが後者。 まず法第3条第1項周辺。
 消費者契約の内容がその解釈について疑義が生じない明確なもので、かつ、消費者にとって平易なものになるよう配慮することに務めなければならない。
 とされましたが、消費者との契約で「定型約款」を用いる企業は留意すべきですね。
 次に法第3条第2項周辺。
 契約の締結について勧誘をするに際しては、消費者の理解を深めるために、契約の目的となるものの性質に応じ、個々の消費者の知識及び経験を考慮した上で、契約の内容についての必要な情報を提供することに務めなければならない。
 BtoBtoC事業者、商取引は事業者間だが最終需要家が消費者という製品を扱っている企業では、消費者が購入前に確認ができるよう、昔は購入して開梱するまで読むことができなかった「取扱説明書」や「製品保証」を既にWebサイトで公開しています。使い方、扱い方を確認してから購入してくださいねということなのですが、「個々の消費者の知識及び経験を考慮」とさらっと条文に入れられても一体どういう人が最終的に購入し使用するのか、企業側は事前に知りようがありません。「取扱説明書の読み方」「製品Aを購入する人のためのガイド」のようなものまで求められるようになりはしないか。
今回の改正では「努力義務にとどまった」という意見がありますが、進捗がよく見えない「消費者教育」「消費者啓発」が事業者側にツケ回しされているのではないか、そんなモヤモヤがいつも残るのですよね。


 

拾い読み Business Law Journal 2019年2月号

 あけきりました。松もとれてしまいました。ようやく初エントリーです。
 
   BLJ拾い読み、です。
 もはや伝統となった「法務のためのブックガイド2019」を話題にするには旬が過ぎているということで特集記事とは別に勘所を押さえてくる実務解説から。今回は「企業として押さえておくべき障害者雇用」。

 業容拡大、人員増強と採用を進めていくと後で焦る雇用義務制度。法定雇用率についての中央省庁のやらかしは民間企業としては怒り呆れの連続でしたが、「率」を物差しにすれば分母分子を弄る者が出てくるというわかりやすい事案でした。

 それはともかく。
 雇用側がかなり志を高く持たないと、ハンディキャップのある人を雇用し続けるのは難しいと思うのです。近視眼的に法定雇用率をクリアするためだけに採用し、あてがいぶちのような仕事しか割り振らないというような実態ではいずれ労働者側から就職先として選ばれなくなるかもしれません。ハンディキャップの子のある家族の気持ちを考えれば、ちゃんと仕事を続けられてスキルも身につき給料をもらえて納税して年金も収めて、ということが実現できない企業に就職させるわけにはいきませんからね。

 本稿でもあるように肝は採用後の「合理的配慮の提供」をどこまで実施できるかという点にあると思います。
某職場で現場担当者の配慮不足、コミュニケーション不足と推測されることから赤チン災害を発生させたことがあり、企業としての至らなさを思い知らされました。とはいえ、例えば物理的な配慮とひとことでいっても、製造現場では限度があるのも事実。また業務の種類、業務量の調整についても病気や障害について知識や理解が乏しい職場管理者に丸投げするわけにはいきません。労務担当者と専門機関、職場管理者と本人(ケースによっては家族も)と協議を重ねて職場を作り上げていくプロセスは欠かせないでしょう。そう簡単なことではないでしょう。だからこそ企業に本腰で取り組む意志が必要で、そうでないと「率」を弄るような事態を招くのです。とはいえ業績がおぼつかない状況の企業では人的にも金銭的にも手が回らないという実情もあり…かなしいかな。

 ただ中高年の上の方の年齢に差し掛かると自分が病気や怪我でハンディキャップを負う可能性はありますし、それでもなんらかの形で仕事を続けなければならない状況に置かれるということは十分あります。そう考えると、ハンディキャップ雇用というのは他人事ではないのですよね。

 前述の赤チン災害発生の際に、環境安全担当者とハンディキャップの社員が働きやすい現場は当然健常者にも働きやすいはずと話したのですが、まだまだ何かと課題が多いというのが正直なところ。
 本来の意味のバリアフリーやユニバーサルデザインの思想を企業経営に、といったら大雑把ですが。

 それでは、また。





 
 

評判の管理  拾い読み:ビジネス法務2019年2月号 

 収まるところに収まったのかどうか定かではない年末。
忘れないうちに書き留めておく、拾い読みです。

 ビジ法2019年2月号。特集2「レピュテーションリスクの正体」。自分としてはこちらの方がメイン特集記事でした。
 4年前に拙いエントリーを書き散らかしたのですが、今年は大企業が築いてきた評価・評判を自ら毀損する不祥事が相次ぎました。BtoBビジネスの企業では消費者の評価を対象とする「ブランド」にそれほど留意する必要がないことが影響するのかとも思ったのですが、大企業(例えばかつての親会社グループ)の法務・リスク管理部門は、10年以上前ですら何かあるとすぐに「レピューテーションリスクは?」と神経質になっていましたのでそんなはずはないのですよね。どこで何がずれたのでしょうか。

 記事は第三者委員会等でお馴染みの①國廣弁護士・竹内弁護士の対談②SOMPOリスクマネジメントのコンサルティング部五木田氏の論稿③メルカリインハウスの岡本弁護士のインタビューからなる構成。
個人的には②。レピュテーションの定義、風評やブランドとの違い、レピュテーションリスクの捉え方、レピューテーションの評価について、「法務担当者」が頭に入れておいたほうがよい情報をコンパクトにまとめていただいていると思いました。(内部統制や内部監査、会計からのレピュテーションリスクに対するアプローチを詳しくという向きは引用・注記で取り上げられている櫻井通晴氏の書籍などに当たれば良いと思います。)
 
 レピュテーションははたして管理できるのか。できるとしてもそれは法務部門の業務なのかという点。
 昨今の企業を巡る報道や何かと燃えやすいSNS界隈を考えれば、管理できるかできないかではなく、管理せざるを得ないというのが正直なところ。ただ評価方法含めて様々なアプローチは試してみる必要があるかと。リスクの数値化・可視化には異論はないけれども会計からのアプローチだけでよいのか。法務はリーガルリスクからのアプローチだけでよいのか。IR・株式担当者はどうするなどなど。
各方面からアプローチするとして、では実務上誰が統括的にみるのか。考えが行きつ戻りつします。

 リーガルテックの興隆は法務担当者を定型的・緊急度は高いが重要性は低い、といった業務から法務担当者を解放するのはそう遠い日ではないと思います。そして次に来るのは「で、法務は何をするの?」という問題です。
 レピュテーション管理に法務が携わる可能性があるのか、携わるべきなのか。リーガルテックが騒がれた年の終わりによいタイミングで石を投げてきたなと思います。
 








会社のカタチ #legalAC

 このエントリーは法務系 Advent Calender 2018 参加エントリーです。みねメタルさんからのバトンです。みねメタルさん、転職されていたのですね。

 この12月21日で法務担当歴13年目に入りました。自分が法務に異動した年に生まれた子が中学生になると考えると、自分は同じ年数でどれだけの経験や価値を身につけたのだろうかと呻くよりありません。
 呻いていても仕方ないので、この12年間の「会社の機関設計」を軸に久々に会社法ネタをひねり出してみました。

その1

 さて自分の勤務先がどのような機関設計をたどってきたか、整理すると次のようになります。
  1. 非公開・大会社・監査役設置・会計監査人設置
  2. 公開・大会社・監査役会設置・会計監査人設置
  3. 非公開・大会社以外・監査役会設置・会計監査人設置
  4. 非公開・大会社以外・監査役設置
 ちなみに自分は転職はしていません。同一企業でそのときどきの事情に引きずられ機関設計変更を繰り返してきた結果です。
 1.は当時所属していた企業グループ時代。分社により完全子会社化。大会社として切り出したのはのちの売却の布石だったのかもしれません。
 2.で「公開会社」とあるのに「完全子会社?」と思われる方もいるかもしれませんので説明すると、一時期投資ファンド傘下となったスキーム(LBO)により金融機関に自社株式を担保として提供する際に「譲渡制限を外す」という条件だったため、公開会社となっただけです。株式が流通したわけではありません。設計上は公開会社だが実質は非公開会社と変わりないという、はたからみてわかりにくい機関設計でしたね。(田中旦「会社法」コラム1−3参照)3.は投資ファンド傘下で持株会社を設立した際の機関設計で、IPOを念頭においたもの。4.は再び上場企業子会社になり、もはや大会社にしておく必要性もないと資本金の額を変更したもの。
 どのケースにおいても一人株主が100%株式保有であり、投資ファンド傘下時期を除けば上場親会社の完全子会社、江頭会社法でいうところの「従属会社」です。
 従属企業は今やコーポレートガバナンスの名の下、上場親会社によっては実質「社内の一部門」として管理されるケースもあります。親子会社で人事・会計システムが統合は進んでいますが、今後のテック系の普及次第で法務業務等もシステムとして親会社に統合されれば、従属会社の法人としての「独立性」が保てるものなのか疑問です。

 ところで会社法は「中小規模」「株式譲渡制限付き」の企業を基本形として規定しています(江頭会社法)。従属会社は機関設計上では「会社法の基本形」に該当する企業が多いと思いますが、「従属会社」でそこそこ機関法務の仕事を通じて思うのは現行会社法上での「身の置き所のなさ」でしょうか。
 「中小企業あるある」と様々な頭痛ネタが取りざたされるとはいえ、とりあえず自力で資金調達をし長年地元で商売をしている会社と、事業の存続含め全てを「親会社に委ねている(それゆえ例えば資金調達など有利な条件を享受できる)」会社とでは同じ機関設計だとしても会社の有り様が当然大きく異なります。(同じ従属会社でも親会社が上場か非上場かという点でも同じことがいえます。)
 上場企業の「従属会社」の場合には定款自治による機関設計の自由云々ということは実際には考えにくいし、上場親会社の完全な管理下にあるわけですから機関設計の選択肢をはじめ、独立企業と区分を同じくするのは無理筋なのではないかと思うときがあります。子会社に法人格をもたせないという点では既に「社内カンパニー制」がありますが、上場親会社が社内カンパニー制をとらないにも関わらず、子会社の「法人格」「独立性」が実質ないに等しい場合に、「従属会社」を現行会社法の機関区分に当てはめてよいものなのか、ここ数年こんな疑問が脳裏に浮かんでは消えということを繰り返しています。

 
続きを読む

企業品質問題と「ムラ社会」

 カレンダー企画の質の高さに慄きつつ、いつも通りのエントリーで。

 BLJ2019年1月号「【実務解説】2018年の不祥事を振り返る BtoB企業の陥った品質問題とムラ社会のハラスメント問題」を読んでつらつらと。
 今年ほど製造業の品質問題が続いた年はないのではないかと思いますが、本稿にあるように「今年発生した」のではなく「今年発覚した」というのが正しく、マスコミに嗅ぎつけられ糾弾される前に我先に公表に動いたきらいもあります。2007年の改正消費生活用製品安全法施行の際にリコール公告で新聞の社会面の下半分が埋まった頃を思い出します。あの時も所管官庁が「消費者保護」に舵を切ったのが契機だったのですが、一連の品質問題が「最終需要家に対する背信行為」と受け止められているなら、根にあるのは「消費者保護」と同じと思いますね。
 本誌の記事では「ムラ社会」は主にスポーツ団体のハラスメント問題に紐づけていますが、企業の品質問題も「ムラ社会」と決して無関係ではないと考えています。
 そもそも企業と「ムラ社会」の集合体ではないかと思うようになりました。「人事ムラ」「経理ムラ」
「製造ムラ」等など(怒られるかな)。

 それはともかく。

 製造業の工場は地方にあること(都市部ではない)が多く、工場進出の際にもともとあった「地域社会」を丸ごと取り込んでいることが多いでしょう。親子で、親戚で同じ企業の工場に勤務することはそう珍しいことでもありません。都会の大学を出て工場に配属された人間が地域の女性と結婚し地域社会の一員になることなどざらにあります。工場は工場長を頂点にした階層構造で指示系統が明確になっているはずなのですがそこにまた地域社会の人間関係などが組み合わさることもないわけではありません。現在は昔ほどかはわかりませんが、地方で上場企業の工場長ともなれば土地の名士のような存在であった時代もありました。(黒塗りハイヤーで通勤なんて時代もあったのです。)
 会社も地域社会も「一心同体」の世界で、仮に不正に気づいたとしても告発なり通報に踏み切れるか。
理屈のうえでは通報者が不利益を被らないようにはなっています。しかしそう簡単な話ではないと思います。転勤族の人間ならともかくその地域で採用雇用された従業員にとっては、会社の不祥事の告発・通報は地域社会に弓を引くようなもの、自分ひとりがその反動を引き受けるのであればともかく家族にまで何かしらの影響があることを考え何もできなくなるのも無理はありません。広いようで狭い地域社会、「自分でなければ誰が通報した」と皆で世間話をしていくうちに、通報者が特定される可能性は高いと思います。
 そんなことはないという方もいると思いますが、「通報したら自分だけでなく、家族がどうなるか」と思い込ませる空気、それが「ムラ社会」だと自分は考えています。過去に「村八分」の事例がありその恐怖が身に染み付き共有されている地域であれば余計にそうなるでしょう。

 しかし内部通報制度に関わっていながら地方の工場における制度の運用にどこか限界を感じているのは、自分が「地域社会」というものの「赤の他人」とレッテルを貼った者に対する無情なところを見ながら育ったからなのかもしれません。
 ではどうするのかというところですが、本社品質保証部門による各工場の監査ということがまず考えられますが、内部監査と連動しないとこちらも「品証村」で決着がつけられてしまう可能性があります。
先に書いたように「通報者」の心理的負担を考えると、内部監査的なもので不正の芽を摘んでいく方法もありかと思うのですが、こちらもハードルは高いでしょうね。
難しい課題ですが、不祥事の早期発見・解消を従業員の「良心」に賭けるばかりというのは避けたいですね。

プロフィール

msut

QRコード
QRコード
アクセスカウンター

    • ライブドアブログ