企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

企業法務


牙城  ビジネス法務2018年8月号(2)

 エントリを書こうとしたところで、某自動車メーカーの不正行為の報道。終わりが見えませんね。

 ビジ法2108年8月号の特集2「品質不正への実効的対応」。ほぼ弁護士による記事で、対談でプラントメーカーの法務担当者が登場していますが、このような特集で企業法務担当者が登場するのは難しいですよね。

 製造業の法務担当者といっても、工場の中の設計、購買、経理、製造、品質保証に精通できるわけではなく、一時製品事業部に所属して工場部門と顔を付き合わす機会も多かったのですが、未だに工場の本当の内部に踏み込むのは難しいと思っています。特に歴史が長い伝統的な製造業の場合、色々と組織改正などがあったとしても、工場は工場長を頂点としたピラミッド型の組織であることは変わらず工場とその周辺の地域を含めて一個の社会をつくっています。外部からのなんらかの干渉がある場合に一丸となってその社会を守る、という傾向があります。(特に農村部にある工場)だから組織ぐるみの不正隠蔽があっても何の不思議もないと思っています。

 いくつかの品質不正事件で共通しているのは、「社内基準は満たしていなかったが国の基準は上回っているので品質に問題はない」という弁明。国の基準というものは最大公約数です。大企業から中小企業まで守らなければならないもの。大企業(トップグループに属している企業)は、自ら上乗せ基準を設け技術力を誇る、、、誇ったはずだと思うのですがいつの間か言い訳材料に使っています。このような「すり替え」のような理屈をこねるもの決して珍しくはありません。ただ悪気はないのです。工場の中の理屈が世間でも通用すると呑気に信じているだけ、という例にはけっこう触れています(品質不正ではありませんが)

 品質不正につ法務担当者が関わるのは、いまのところ残念なことに判明・発覚してからの事後処理というのが現実だと思います。その点で本誌の「データ偽装発覚直後の対応」「データ偽装問題の事後処理」の2記事が実務上参考になると思います。特に後者は自分のいる業界の事例ですがいいところを突いていると思いました。(実際はもっと込み入ることはありますが)

 では予防は?というと一筋縄ではいかないというのが実感。守りを固めた城攻めと同じですね。

 

完全子会社のコーポレートガバナンス ビジネス法務2018年8月号

 えーと、拾い読みです。
 旧エントリの中でいまでもぼちぼちとアクセスのあるのが「子会社こそ理解が必要 コーポレートガバナンス・コード」「これからの完全子会社の取締役会」ですが 、今回もその流れかな。

 ビジネス法務2018年8月号。メイン特集は「これからのガバナンス改革」ですが、今回触れるのは特別企画「非上場企業 コーポレートガバナンスの勘所」。学習院法学部の小塚教授とTMIの淵邊弁護士、藤井弁護士の2本の寄稿。どちらもCGC=上場企業のもの、と片付けず非上場企業(ファミリー企業やベンチャー企業)にもCGCの要素を導入してみればという提言。ファミリー企業といえど事業承継のタイミングで外部資本を受け容れる可能性はあるだろうし、ベンチャー企業であればIPOや大手企業による買収の可能性があるので、将来に渡ってCGCと無関係のままというのはたしかに考えにくいですね。
 で、今回のエントリ。完全子会社についてですが、上場企業の完全子会社のガバナンスについて論じられることはまずありません。上場企業である親会社のガバナンスに含まれてしまうからなのですが、そんなに簡単なものなのかというのが、ガバナンスされる完全子会社の「中の人」としての感想。
 上場企業の完全子会社といっても経緯は様々。まず大きく分けると事業部門の分社などでぶら下げた直系子会社と買収子会社。買収子会社といっても、元々は独立していた事業会社(それこそファミリー企業やベンチャー)と別の企業の子会社だった企業などに分けることができるでしょう。いうまでもなく会社の体制やら経営者の感覚から全然違いますよね。

 買収子会社に対して親会社が「これからは我々のガバナンスに従ってください。我々は上場企業です、皆さんは上場企業の子会社なんです、わかりますね!」とコーポレートガバナンスと書かれた錦の御旗をふったところで、子会社の受け取り方は当然一様ではないでしょう。特にCGC導入前の大企業子会社の場合、社長や経営陣といえども株主や金融機関の視点など考えていませんからね。
ただ子会社となった経緯や子会社の元々の文化風土のようなものをまったく考慮に入れないまま、「ガバナンス」を押し付けていくのはかえって子会社発のリスク可能性を増大させてしまうのでは?と思いますね。M&A時代の上場企業の子会社管理部門の苦労は絶えないと思いますが(お前がいうなと蹴り飛ばされそうですが)「同化政策(語句が適切かはわかりませんが)」のありようについてもっと情報があってもよい気がします。
もちろん子会社(の経営陣)がCGCについて理解することも必要なのですがね。

 第2特集の「品質不正への実効的対応」についてはエントリーを改めて。



  

拾い読み Business Law Journal 2018年8月号

 15、6年前、マネージャー向け研修カリキュラムの作成や講師のトレーニングを受けていました。パフォーマンスの思わしくないメンバーを指導するという課題の設定や講義展開、模擬回答などを確認をしていたとき、講師候補のメンバーが「やっぱりさ、彼はそもそもなっちゃいないよな。」と課題に登場するパフォーマンスの悪い「彼」に腹を立て怒り始めました。「ここで俺らが腹立ててどうするんだよ」と他のメンバーと笑いながら取りなしましたが、それでも「俺、彼が自分の部下だったら我慢できないと思う。」と収まりません。「まあまあ、それをなんとかするためのカリキュラムを作っているんだからさ」

 BLJ8月号特集「ハラスメント対策の最新実務」。
パワーハラスメントについて関わることが多いのですが、ハラスメント行為が悪いということはマネージャーは頭ではわかっています。しかし現実には上からのプレッシャーと現場を預かる責任感、一方でメンバー指導に関する知識やノウハウや経験の乏しさから自分たちが若い頃受けた熱血指導のコピーしかできず 結局自らパワハラに囚われてしまう。世代を超えた(若い人からみると昭和世代で括られますけどね)不幸の連鎖というものを感じます。
 いざ事案が発生したときに法務や労務が取るべき措置というのは、記事に組まれた内容のとおりではあります。
 ハラスメントは今日当事者間企業内で収まる問題とは限らず、訴訟まで発展する可能性があること。訴訟で勝とうが負けようがハラスメントが発生している企業としてレピュテーションが悪化すること。訴訟までいかなくとも、転職サイトなどに書き込まれれば採用にも支障が生じます。いちマネージャーの問題では終わらないということをまず経営者や幹部が認識してもらうことからですかね。
 そして現場目線で考えれば、不正行為と同じく男女問わず誰もがハラスメントの当事者(加害者)になる可能性があることを自覚してもらうことが大前提。そして法務マターではありませんが、マネジメント教育や訓練の場を企業が用意することは欠かせないと思います。

 ハラスメントとは「昭和のおっさんの今日的なマネジメント能力の欠如の結果」と思う人もいるかもしれません。そういう面があることは否定しませんが、20代、30代の方もいずれは「平成のおっさん」になります。企業での働き方も変わりつつありますが、それによりまた新しいハラスメントが生まれないとは限りません。誰もがハラスメントの当事者になりうるのですから。
ハラスメント対策も常に「最新実務」であれということですね。


 

災害のとき、法務は (2年ぶり)

 2年近く前に同タイトルのエントリを書きましたが、地震が続発していることと先週勤務先でちょっとした案件があったので、改めて。

 大阪北部の地震について関東地方で報道で取り上げれる回数は減っていますが、被災された個人や事業者にとっては現在進行形の出来事。お見舞い申し上げます。

 第一報が通勤の最中でしたが、8時20分過ぎにオフィスに着いた時点で関西地区の従業員の安否がほぼ確認できていました。 何を置いてもこれが最優先。次にサプライチェーンの問題。販売先や取引先の状況確認ですが、今回の地震はサプライヤーが拠点をおく地域であったので生産活動への影響の有無の確認。これについても半日程度で概況を把握、経営幹部や株主(親会社)への速報も支障なく行えたと思います。瞬時の対応については直近10年間の災害対応経験が活かされていたとも思ったのですが、自社への影響があまりないため比較的落ち着いていられたのだと思います。まあ不幸中の幸いというところ。

 法務部門の仕事の「カテゴリ」について意見や主張が活発となっていますが、平時の業務と非常時のそれとは明らかに違います。法務担当者が災害時対応業務でその能力と手腕を発揮するのはどういう場面でそしてどんな役割なのか。そんなことはBCPやリスク管理規則に定めているよ、というのであればけっこうですが、では今回の大阪北部地震ではちゃんとそれに基づいた役割を果たせたのか。(出張らなくて済んだことも含めて)
 これはこれで検証しておかないとダメですよね。 

 みなさん、どうでした?  

本当に消費者を守れるのか

 もう緩和されることはないと腹を括ってはいるけれども「消費者法」(というよりも消費者庁か)が目指す消費社会はどのような社会なのか、消費者側に立つ法曹の人々が作りたい消費社会のカタチは?
 ということで第3版となった「基本講義 消費者法」を手にとってみました。「法学セミナー」連載を収録した書籍ですので対象は法曹を目指す人や学生ということなのでしょう。版を重ねていますので、最近の消費者法周辺を押さえるのに向いていると思います。
もっとも消費者法は「事業者」と「消費者」どちらの立場にあるかで受け止め方は変わりますよね。
本書と改正消費者契約法条文を読みながら思いが千々に乱れたもので、乱れたまま書き残しておきます。

 本書第1部第1章「消費者とは何か」(龍谷大中田邦博教授)の5.むすびにかえて の記述。少し長いけれど引用します。
個人的には、消費者法の存在意義は、第一次的には、その本来、生身の人間としての消費者を「保護」することにあると考えているが、消費者法がカバーする領域の拡大とともに、それにあわせて消費者像ないし消費者概念もまた多元的に理解される可能性があることも指摘しておきたい。こうした消費者像の拡大に対応した包括的な消費者法の構想も将来の課題として重要なテーマとなるであろう。
 
 企業法務担当者に限らず企業人も仕事を離れれば一人の消費者、生身の人間であります。「弱者として保護すべき消費者」にはあたらないのでしょうか? 
C2Cビジネス。事業者が関わらない「取引」、購入側の消費者だけを守る?
「取引」のカタチの変化の速さを実感(追いつかないという意味で)していますし、取引を従来の「事業者」対「消費者」の図式に当てはめているだけでよいのか??

 引用した部分についてはうなづいたものの、改正消費者契約法条文は従来の「消費者保護」そのもの。「社会生活上の経験の乏しさ」とは不動産投資や霊感商法、デート商法の被害者を念頭にしているのかもしれませんが。社会生活上の経験が乏しいから被害に遭うのか、本当にそうなのか。被害者が自ら社会生活上の経験の乏しさを証明することになるのか、とにかく釈然としないというのが正直なところ。
「山王」は被害者が出るたびに当該取引事業者に規制をかける法改正を続けるという方針という宣言なのでしょうか。法改正には手間はかかりますが行政としては消費者教育よりも事業者に対する法規制強化の方が簡単。そのような姿勢にみえるといったら言い過ぎでしょうか。

 消費者保護の流れには異議はありません。企業勤めの人間も仕事を離れればいち消費者ですからね。
ただ消費者保護のためには時間も費用もかかりますし、そのコストを商品やサービスの価格に転嫁できるとは限りません。どこかにしわ寄せがいく仕組みというのは長続きしないものです。消費者保護のつもりが、実はそうではないということにならないと良いのですが。





 



  
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