企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

書籍など


拾い読み ビジネス法務 2017年5月号から


 ビジ法です。なかなか読みきれません。

 特集記事「ボーダーラインを飛び越えろ!法務部と他部署の連携術」
 ビジ法の特集記事は企業法務担当者向けと若手士業向けのものとサイクルがあるようで、本号は企業法務担当者向けですね。

 本ブログでもぶつぶつと触れている法務業務の「領域」ときには「領空侵犯」ですが、大手企業6社の法務部門責任者、担当者の寄稿、インタビュー記事で構成されています。
 他部門との壁を越える!という点では、何かと担当者が業務兼務するケースが多い企業よりは大手企業の事例の方が確かにわかりやすいですよね。
 ただセクショナリズムとは、企業の成長過程で部門や人員を増やす頃に生まれ始める面があると思うので、伸び盛りの企業の例もあればと思ったのですが、当該企業は自社を事例として紹介する余裕がないかもしれませんね。
 個人的には冒頭の旭硝子の上田氏、LIXILの君嶋氏のインタビューが頭に残りました。

 10年ほど業務兼務(法務、広報)して、それ以前は営業部門、事業企画部門にいた身からすると、本当は年齢的にもこの経験を可視化、記録化すべきなのかもしれませんが。
 以前もどこかで書いたかもしれませんが、必要なのは複眼というか、複数視点で物事を見ること。それが不十分でただ自部門(あるいは自身)の主義主張だけで他部門にずかずかと踏み入れれば無用な摩擦を生むもの。他部門が法務の領域に踏み込んでくることはあまり考えられないので(できればスルーしたいですからね)、法務の非礼無礼が目立つようでは連携どころではないでしょう。他部門領域に踏み込む時は相応の準備をするか、無防備に「教えて!」と飛び込むか。自分はその両方で過ごしてきましたが、それが正解かどうかは未だにわかりません。
 ただまあ情報は発信しフットワークの良い人に集まりますので、法務室にいるだけでは何も始まりません。他部門との連携は自分のフットワークを良くすることからだと思っています。

 最近は諸々と腰が重いのですが。
 

 


  

拾い読み Business Law Journal 2017年5月号

 恒例の拾い読み。とりあえず特集記事のみ。

 拭いきれないモヤモヤ感、第2特集「広告の間違いで契約は取り消される?」
 先般の健康食品のチラシ事件最高裁判決をめぐる記事。

 昨年業界団体の消費者関連分科会でも懸念される事項として「勧誘要件」が上がっていたのですが、顧問弁護士の「通常の取り組みをしっかり行っていれば、現段階では特段の対応は必要なし」との意見を得ました。それにより当面心配ないものと判断したのですが、今回の判決により再び検討しなければならないのか、どうなのだろうかという点。個人的には依然もやもやが残ります。

 取引形態はメーカーなのでB to B、しかし商品・役務の最終需要家は消費者。
  • カタログ、チラシ、Webサイトといった販促ツールの内容は消費者向け。
  • 商品が消費者のもともわたるまで、請負契約を含めて数段階の流通を経る。
  • ショールームではカタログなど不特定多数向けと共通の販促ツールを使いながら特定の消費者を相手に「おすすめ」という形で購入を促す、しかしその消費者と直接契約を締結するわけではない。
  • ときには、元請や流通の要請や支援という形で消費者への販促や説明を手伝う。
 日々このような活動をしているので、「勧誘」の概念といいましょうか、範囲がどのように捉えるのがよいのか。杞憂に終わればよいのですが。B to B to C事業者の広告や販促活動は消費者契約法上どのような位置付けになるのか。このあたり目線での意見をあまり見かけないので…どうなのでしょう。

 第1特集「9社の実例から学ぶ契約書の管理」
 販売契約は、経理(債権回収責任部門)、購買契約は資材部門というようにずっと当事者部門管理を基本としてきたのですが、管理が細やかな部門とおおらかな部門とがあるので(以下自粛
 紙ベースで行おうがデータ化にしようが、何をするにしても最小人数法務では手が足りないので当事者部門管理をお願いするしかないのが実情。反省というよりも苦悶、です。




 他にも気になる記事はあるのですが、今回はここまで。




 

法のデザイン  ビフォアー・インターネット世代が読んでみた

 話題の「法のデザイン」、アフターインターネット時代を見据えた本書をビフォアー・インターネット世代が脳にこむら返しを起こしながら読んでみました。
 勤め始めたときに業務ツールとしても、生活ツールとしても電子メールやインターネット環境(携帯電話もなかった)もなく、これらの環境が整ったのは30歳を過ぎてから。物事の発想のスタート地点に「インターネット」がない世代なのに、もうアフターインターネットとは…

  幾つかのエントリで触れたと思いますが、自分の勤務先は規制や許認可の厳しい業種に属しています。その中でこれまで自社の業務で官需営業、社外業務では末席ではありましたが自治体の協議会、業界団体の会務に関わってきたことがあります。(業界団体については今も関わっていますが)規制が厳しい一方、行政とのパイプが何本もあるし、法や制度が創り出すマーケットの恩恵を受ける業種であることを身を持って体験しています。法や制度に込められた行政の意図やそれを支える仕組みをよく知ることでビジネスを拡大していくというか、法・制度はうまく使い倒すものという気持ちが今もどこかにあります。(だから、こんなことをいってはあれなのですが「法務といえば法令遵守等」には居心地の悪さを感じるのです。)しかし、ある補助金市場に食い込もうと走り回っていたときに痛感したのは、法や制度が整備される頃にはビジネスの仕組みもほぼ出来上がっているということ。法・制度の整備に「汗をかいたもの(官民問わず」が最初に利益を手にするの自明の理で、法・制度を守る、利用する側にいるだけでは、いつまでも先行者(本書の表現を借りれば法をデザインする者)に追いつきません。ビフォアー・インターネット時代においても情報格差は当然あり、インターネットがない分、もしかしたら情報を持つ者と持たない者の格差は大きかった可能性もあります。(考えつく理由は多々。ここでは触れません)
 ではインターネット時代ではどうなったかというと、公知情報の量が増えただけで格差は縮まっていないという印象です。(あくまで自分の感覚)

 企業法務担当者は自社のビジネスに関する法に通じるのが当然、であれば法や制度の整備の際にもっと関与できればよいのですが、業界団体には主に事業企画や技術部門の人間が参画しますし、その団体も顧問弁護士を置くことがあります。したがってパブコメなど事業者(団体)として意見を出すときに間接的に事業担当者から意見を求められることはあるにせよ、直接関与する機会は少ないかもしれません。そこにもどかしさを感じている人もいると思います。

 それゆえ、本書1部の「リーガル・デザイン論」は若い法務担当者の心をつかむだろうと思いました。

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汗をかく仕事  BLJ2017年4月号(2)

 今頃になって3月初めのエントリとは。

 かつて「数字は人格だ!」と叱咤していた上司がいましたが、彼がそれと同じくらいいっていたのが「汗をかいた者が成果を手に入れろ」ということ。一つの仕事をとるために様々なアプローチで攻めるのはどの業界も似たようなものだと思いますが、ライバル事業者だけでなく身内の部門ともなぜか争うことがある、そんなときに上司が「誰がこの仕事のために一番汗をかいた?」と突っ込み、整理するのでした。
 BLJ4月号「独禁法の道標」にいわゆる「汗かき談合」が取り上げられていたので思い出したのでした。
 
 公共工事(特にインフラ系)の仕事獲得に取り組むとなると、基本計画、基本設計、実施設計、積算、入札とプロセスを踏むのですが、数年がかりになります。その間、行政機関、コンサルタントに何回もアプローチを行い、技術面の提案、図面の作成などすぐに売上にはならない仕事を繰り返します。その末の工事発注が競争入札によるものですから、最後の刈り取りのために法の領域を侵さざるをえないと考えることになりますし、同業者もライバルとはいえ仕事については共通の理解があるので、まあなんというか記事のようなことになります。汗をかいた者が仕事をとる、汗をかかない者の横取りは許さない。そういうこと。以前「道標」で取り上げたメーカー系列維持管理業者と非系列維持管理業者を巡る不公平な取引についても根っこのところはこの精神です。
 当の担当者は自らの仕事を「必要悪」であるといっていたので、罪悪感があるかはわかりませんが法に抵触していることは承知しているのです。

 自社の場合はかなり早い時期に過分にヒステリックにこの世界に関わりのある事業を取り潰したのですが、副作用というものも当然あります。大きいのは人の問題。「談合」の一点を除けば、公共工事に関わる担当者の営業は人脈構築力、情報収集力、行動力を求められるもので決して「なあなあ」で仕事をしているわけではないのです(中には典型的な寝技師のような者もいますが)。だから担当業務を変えたとしても支障がない場合があります。
 事業は潰しても人まで潰す必要はないわけで、このあたりが企業や法務、コンプラ担当部門の柔軟性を求められるところかなと思います。

 ではでは。




 

萎むな、萎ませるな ビジネス法務2017年4月号(続)

 引き続きビジ法2017年4月号から。
 特集2は「グレーゾーンを克服するビジネス著作権」
日常業務では関わりが少なかったのですが、現場からの問い合わせが徐々に増えてきていますので、気合を入れ直さないと、と思っていたところ(気合だけでどうにかなるものではありませんが)。

 特集は福井健策弁護士の「なぜ『なぜグレーゾーンの克服』か?ーゼロリスク幻想からの脱却を」で幕を開け、骨董通り法律事務所の北澤弁護士、ヤフーの今子氏、中嶋弁護士の記事が続きます。

 福井弁護士はダメだししかしない法務担当者にきつい一発をお見舞いしています。
 Google社と最近ずっこけた日本のキュレーション・メディアを比較、前者をリスクをビジネスコストに読み込み収支予測を立てた先行企業、後者を収支予測を立てなかった「乱暴なだけの後発企業」とし、Google社がグレーゾーンを走り抜くことができたのは、収支に関する鋭敏な感覚を持ち合わせていたという。もっともこれは著作権に限らず、他の法令についても同じことがいえると思います。(景表法などは課徴金の算定方法が明らかになっていますから収支予測できるはず?)
 先行者のいないグレーゾーンを進むことはある種冒険のようなものと思います。未踏の峰を攻める登山家もアマゾンの奥地を行く探検家も出たとこ勝負ではなく入念な準備を行います。ビジネスにおいても同じではないかと思います。登山においての成功が山頂制覇ではなく麓のキャンプまでの生還であるなら、ビジネスにおいては第三者から請求を受けない、課徴金を食らわない、評判を毀損させないということになりますか。それこそ法務担当者の頭の使いどころ、ですね。

 ところで福井弁護士、「東京人3月号 特集これはパロディではない」にも「日本のパロディ文化は阿吽の呼吸で守られている」を寄稿されています。この雑誌に法律家が登場するのは非常に珍しいのですが、こちらでも「著作権を知って、日本のパロディ文化を萎ませない」「炎上を恐れてパロディ精神を萎縮させるのはもったいない」と「萎縮」をキーワードとされているように思いました。

 「萎むな、萎ませるな、ビジネス著作権」という特集タイトルの方が良かったかもしれませんね。










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