企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

書籍など


働き方を考える ビジネス法務&Business Law Journal 2017年4月号から

 特集記事が「労働法」界隈で共通しているので2誌まとめて「拾い読み」。個別の記事については別エントリーで。



 異業種企業の完全子会社になって5年目。就業条件も製造業のそれではなく、親会社業界のものに合わせ年間休日数も減った今日この頃、働き方というのは法務職を離れたところでもよくよく考えたいのですが、それはひとまず脇に置いておいて。

 勤務先の事業領域の業界は構造的に長時間労働にはまりやすい。得意先とじっくり商談をしようと思えば、先方が事務所に戻る夕刻以降にアポを取らざるをえません。では昼間遊んでいられるかというとそんなことはなく、見積書作成やら売上物件のチェックやら何やら。クレームがあればいつだろうと対応しなければなりません。昔は固定電話とFAXだけが連絡手段だったから多少逃げがうてましたが、今や携帯電話とメールでいつでもどこでも連絡がついてしまいます。真面目に顧客対応すればするほど時間外労働は増えていく…
 「働き方改革」と掛け声は良いのですが、業界の上流から下流まで、発注者から末端の請負業者や納品業者まで一貫した取り組みにしなければ長時間労働の問題は「労働時間の付け替え」にしかならないと思うのです。

 特集記事に触れると、チェックしたのはまずビジ法の複数の記事で取り上げられている「かとく」動向。次に「過労死・過労自殺判例にみる取締役・管理者の責任」。長時間労働問題については経営側と従業員側とがもはや対立の関係にあるのではなく、いや対立などしている場合ではないということですかね。当の労使関係者がどこまで現状を認識しているだろうかと少し不安にもなります。とかく古い企業の労使関係は(以下自粛)
 BLJの特集記事では、やはり「実務担当者の視点」。労働問題における法務と人事労務の距離感については同業の皆さん苦労しているのがうかがえます。自分も不祥事処理の際には人事労務の領域に入りますが、それ以外の場合においては足をなかなか踏み入れませんからね。何をやっても鬱陶しがられるなら、踏み込んでしまえと最近は思っています。

 内部監査の際に従業員に労働時間の実態を訊くのですが、若い父親である従業員から「正直、時間外ゼロだときついっす。」などときかされると、労働時間の問題の根は深いと嘆息せざるをえません。

 いつもながらの雑文で失礼しました。


 

不正の種は尽きまじ 職場がヤバイ!不正に走る普通の人たち

 久々のエントリーとなってしまいました。

 ここ何年か新卒社員の研修の初日か二日目に「コンプライアンス研修」の時間枠が割り当てられるのですが、まだ企業勤めを始めてもいない子らに一体何を伝えれば良いのだろうかと考えあぐねるのですが。
ここで何回かネタにしてそれなりの反応があるのが「企業不祥事はどんな人が起こしているのか」というもの。不祥事はいけないこと、でも会社の中でそんなことをしでかすのはどんな人物かというと、当然ながら入社数日の若者には想像がつきにくいもの。「普通の人ですよ。不祥事を起こした人も皆さんと同じように学校を卒業して4月1日に入社してこうして新入社員研修を受けていたのですよ」というと「え?」という表情をします。すぐにはイメージできないのでしょうね。

 タイトルに惹かれて手に取った本書、「フリーランスの経理部長」が書いたものですので会計系の不正が主な内容です。
不正会計というと某電機メーカーの事例が取りざたされていますし、企業法務担当者の関心もついああいう大事件に向きがちかもしれません。独禁法、景表法や個人情報保護法などのリスク管理も本気で取り組まなければならないかもしれません。しかし、これらのリーガルリスクよりも日常的にさらされているリスクは、「普通の社員」が手を染めてしまう横領、着服、背任、そこまでいかなくても不正な会計処理だと思うのですよね。

 内容はというと軽い読み物風の文体ですが刺さるところにはグサグサ刺さります。目次を読んだだけでも心が痛みます。例えば、『「社員を信頼して」が間違いの始まり』『不正は必ず目上の人を見ながらやっている』『「嘘をつかない」のが当たり前だというほど騙されている』『ハラスメントをする上司は本業の実力がないから騙される』など、「ああ、あるある」などといっている場合ではないのですが、頷かざるをえません。本書は経理担当者や監査担当者を念頭に書かれたものですが、リスク管理を担当する法務担当者も読んで損はしないと思いますし、研修ネタにもできそうです。

ところで…
 法務担当者もある程度会計の知識という声がありますし、自社のビジネスをよく理解するということも口酸っぱく言われていると思います。では自社のビジネスを理解とはどういうことでしょうか。業界知識や自社の強み弱み、販売先、取引先に関する知識ということでしょうか。では、そのビジネスを支えている自社の営業担当者や購買担当者が毎日どのような業務についているか、どのような業務システムを利用しているか把握しているでしょうか。高度な業務システムが構築されている昨今、不正を働くには業務システムを熟知し業務フローのどこに隙が生じるかを知らないと難しいのです。したがって不真面目な社員には大それたことができず、真面目にシステムを習得した「普通の社員」ほど不正が働けてしまう面があるのです。法務担当者も自社の販売や購買の業務システムをある程度知っておくべきですね。


 

拾い読み Business Law Journal 2017年2月号、3月号

 不精して2号まとめて、というわけではありません。

 BLJ2月号、恒例の「法務のためのブックガイド」2017版、そして3月号からは、惜しまれつつもとりあえず一旦(敢えて、一旦といっておきます)「企業法務ブロガーの辛口法律書レビュー」 について。

 2月号の「法務のためのブックガイド」。最初期の「今年買って読んだ書籍を持ち込んで座談会しましょう」と手弁当的企画も、今やBLJの柱の特集となりましたね。企業勤めの法務担当者の遠慮のない率直なレビューに敵う提灯記事はないでしょう。レクシスの書籍も斬られているのに、編集スタッフは太っ腹だなと思います。
書籍の購入はどうしても自分の業務に関わる書籍中心になるので(まあ、これも少ないのですが)、業務とは関わらないITやファイナンス、海外法関連の書籍は後回しになります。とはいえ、業務に関わりが少ないとはいえ、企業法務界隈のいわゆる「共通認識」は持ち合わせていたいので、様々な業種の法務担当者によるレビューが掲載されているのは正直助かります。全部を購入するわけではありませんが、参考にはさせていただいております。
 しかしそれにしても昨年はきちんと本を読んでいないなあと反省した次第。

 さて自分の周囲では2月号のブックガイド冒頭座談会での「不在」がかえって話題になったronnerさん、3月号の「辛口レビュー」ではきっちり締めていただいております。1位に「会社謄本 分析事始」を持ってくるあたり、まさに真骨頂ではないでしょうか。(この本、実は立ち読みしたことはあるのですが、閉鎖登記や下線部の多い登記簿謄本を抱える身としてちょっと辛かった(いや悪いことはしていませんよ)ので購入を見送っていたのです。)
 それはともかく最後まで「著者にも読者にも厳しい」連載でした。

 楽しみながらも思ったことを少し。
 ブックガイドやレビューの危険なのは、これから読者となる人間の「先入観」を左右してしまうところ。読者はレビューも「レビュー」しなければならない、と思うのです。ハードル高いけれどね。同じ職種である企業勤めの法務担当者のレビューといえど、所属企業の立ち位置からのものというのは忘れてはならないでしょう。わかりやすい例でいうと「下請法」、「システム開発」関連書籍。発注者側企業の法務担当者と、請負企業側の法務担当者とでは当然関心ごとが違いますからね。

 ともあれ、顕名匿名を問わず企業勤めの法務担当者による書籍レビューというジャンルを打ち立てたBLJ。継続することの難しさは察するのですが、このブックガイドが下手に「権威」にならないよう、手弁当的味わいを残しながら継続することを望みます。

 そしてronnerさんの「辛口法律書レビュー」については、法律書版「読まずに死ねるか」のようになってもらいたいなあと勝手に思っています。(本当に勝手だ、お気を悪くされたらすみません)










 

拾い読み ビジネス法務2017年2月号

 ビジ法、拾い読みです。

 特集は「脱過剰コンプライアンスのすすめ」
 BLJでも増田英次弁護士が「エモーショナル・コンプライアンスの理論と実践」を連載されていますし、「コンプライアンスの見直し」の機運というかムードがあるのでしょうか。CSRだ、コンプライアンスだの旗を振っても、依然企業の不祥事は後を絶ちませんし、特にコンプラ含む企業がバナンンスのお手本のように思われていた大企業が会計不祥事の張本人になってしまいました。ここ20年近く取り組んできた「コンプライアンス」って何だったの?という疑問が企業法務担当者側から生じても仕方ないのかなと思います。

 そんなことを思いながら特集記事を読んだのですが、そもそも何をもって「過剰コンプライアンス」なのか、というところが腑に落ちず。特集タイトルは「脱過剰」というよりも「脱形式的」とした方が相応しいのではないかと思いました。キャッチーな見出しにはならないのかもしれませんけれど。

 企業によって「コンプライアンス」の生い立ちは異なります。勤務先は、かつて所属した企業グループの総会屋問題が源流にあるので、どうしても「企業倫理」というか「べからず」系コンプライアンスの性格を帯びてしまいます。総会屋問題に限らず、不祥事・重大事故という事件を経験した企業(のコンプラ担当者)は「再発防止」を念頭に置かざるをえません。どうしてもギチギチの仕組み作りを進めます。行政やメディア対応などに忙殺された(原因は自社にあるにしても)「あんな思いは二度としたくない、させたくない」というのがそのココロです。
 一方、比較的業歴の若く伸び盛りで、幸いなことに不祥事などが発生したことがない企業(のコンプラ担当者)は、伸び伸びとした、自由闊達な社内の空気を大事にしたい、コンプライアンスだって楽しくやりたいと思うでしょう。

 どちらが正しいとか間違っているということではありません。

 不祥事・重大事故を経験したといってもいつまでもその企業に当事者が残っているわけではありません。当事者や当時のコンプラ担当者が定年退職等でその企業を去った後に、仕組みやルールを設けたことの理由や意味を理解しないまま、盲目的にそれらを遵守するところから「形式化」が始まるのだろうと思います。
 また、今現在若い企業も、業歴を重ね「企業の青年期」を知らない従業員の割合が増えていきます。その時に、和気あいあいとした空気を前提としたコンプライアンスの仕組みで充分かということを検証しなければ、こちらもまた「形式化」の道をたどるのではないかと思うのです。

 「形式化」や「陳腐化」を避けるかということ、ひいては「発端や経験の伝承」がベテランと中堅以下若手法務担当者の共通の課題であって、 「過剰」というのはその課題が生んでいる現象じゃないかと思った次第です。
 
 空きっ腹でビール飲みながらのくだまき。




拾い読み Business Law Journal 2017年1月号

 月刊誌の時間では、もう年が明けているという。今週半ばは師走ですしね。

 拾い読み、BLJです。
 特集「小さな不祥事を大きくさせない危機管理術」
 組織は人の集まり、十人十色とはいいますが人の数だけ事情がある。不正や違反(うっかり違反を含む)などの不祥事リスクも人の数だけ存在するというもの。とはいえ、各部門部署に法務コンプラ担当を張り付けられるかというとそうもいかない。不祥事ゼロ、あるいは初期消火というのはそうそう容易いものではない、というのが実感としてあります。
  不祥事の芽というか種は、社内のどの部門にも等しく埋まっていると思っています。それに(悪い意味で)水をやり、肥料をくれてやってしまうのが現場のマネジメント。過酷なノルマ、ハラスメント、ディスカウント(無視、無関心)、アンフェアな人事評価、緩いチェック能力などなど。いくつか「小さな不祥事(=事件にはならないという意味)」の処理に関わりましたが、「なぜここで現場で手を打てなかったか」とため息をつくこと数知れず。どうだったのと尋ねると「全く気づきませんでした」と肩を落とすマネージャー。
 「気づけ!」といったところで、マネージャーに不祥事の芽に気づくだけの知識も経験もなければ酷というもの。ではマネージャー向けに不祥事防止マニュアルやガイドラインを準備してコンプライアンス教育を充実させれば不祥事は防げるのでしょうか。

 「エモーショナルコンプライアンスの理論と実践」連載第2回め。
今回も序章の続きという印象で、特集記事とは直接にはつながる内容ではありません(当然ですよね)。しかしなぜコンプライアンスが定着しないのか、という点でうなずけるのが「べき論」的コンプラ。
 勤務先もそうなのですが、総会屋、海の家事件あたりの反省からコンプラをスタートさせているので事務局が唱える「べき」「べからず」的色彩が強く、実務現場の人に考えてもらう余地がありません。「べからず集」に含まれていなければ「やってもいいのかな」と捉えらかねない部分がありますし、素直に守られても「べき「べからず」とした趣旨や背景を理解してもらわなければ形式化しやがて形骸化するだけ。
 そんなわけで勤務先でもコンプライアンスの運営を見直すことにしたのですがなかなか難しいものです。次回の展開を待ちます。

 取り急ぎこんなところで。






 

  
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