企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

雑感・備忘録


示唆するもの 『観応の擾乱』(亀田俊和 著)

 本日のネタは『観応の擾乱』であります。何がどうなのか混乱の極みの解散総選挙についてこの文言を呟いたところ、『観応の擾乱』(著:亀田俊和 中公新書)の著者にRTされまして畏れ多いことであります。#LegalTechLTで盛り上がっているというのに、室町幕府初期の内乱をネタに?というところですが企業の組織ネタとして考えていたので、まあそのあたりをぶつぶつと。

 観応の擾乱は、兄弟仲良く幕府をスタートさせたはずの足利尊氏・直義兄弟の骨肉の争いに全国の諸将と北朝・南朝が巻き込まれた(南朝方はつけ込んだというのが正解か)内乱。歴史嫌いの理由にあげられる「登場人物が多いし、敵味方がコロコロ変わるのでよくわからない」そのもの。
 大雑把に現代風に例えると、長年大手企業の下で苦渋を舐めてきた下請会社の経営者尊氏・直義兄弟と彼らを支えて来た総務部長である高師直一族が、ようやく単独で事業を立ち上げたものの組織の統治方法や権限やらを巡って争いさらに後継者問題も加え、大株主を巻き込んだ争いになってしまったという感じでしょうか。
 内乱初期では兄尊氏はぼろ負けです。尊氏側についていた高一族もほぼ壊滅させられました。それから尊氏は巻き返し、弟直義を追い詰め死に至らしめ勝利します。この後も武蔵野での合戦や、庶子直冬との戦いは続きましたが最終的には反対勢力を駆逐するのです。
本書『観応の擾乱』ではこの内乱を通じて尊氏と室町幕府は政権担当能力を身につけたと評価しています。
 共同経営者の弟と有能な総務部長を失って初めて兄が経営者として独り立ちしたというところでしょうか。

 本書を読んで自分なりのポイントとしたのは「なぜ尊氏は巻き返しできたのか」という点。
ぼろ負けしながらも直義との講和で恩賞充行権(役職員の査定や報酬決定とその執行権といえばいいのかな)を死守したところが潮の変わり目になりました。
幹部や上司を何をもって信用するか、その組織に留まるかという判断基準が「業績に対する正当な評価と報酬支払」というのはいつの世も変わらないということですね。
 また室町幕府スタート時は尊氏・直義の二頭政治と理解していたのですが、実質は直義がほぼ切り盛りしていたことが本書で明らかにされています。
 シンボルとしての経営トップと実務上のトップとに分かれる「共同経営」の危なっかしさも中世の時点ですでに起こっていたのですよ。統治と権限、というのは今も昔も経営者にのしかかる課題であることに変わりないということでしょうか。

 ところどころ企業法務の視点を織り交ぜ読みましたが、中世史に興味がある者としては面白い本でした。
 日本の中世史は趣味としてじっくり取り組みたいと改めて思いましたね。
 

読んだ本 ブラック・マシーン・ミュージック

 先月半ばからの体調不良からようやく脱け出したものの、夏季休暇でだらけております。

 白人至上主義者一派とそれに反対する一派の衝突したニュース映像。人ごととして眺めるのか、日本人も有色人種である以上いつ矛先が向けられるかわからないと思うべきなのか。実はすでに向けられているのか、かの国で暮らした事がないのでなんともいえません。

 ジャズ、R&B、ブルース、ソウルといわゆる「ブラック・ミュージック」とカテゴライズされる音楽を聴き散らかしていた時期がありました。その中で聞きなれない「ジャンル」でどうもしっくりこないまま、結局あまり聴いていないもののなかに「デトロイト・テクノ」がありました。初めてこのジャンルを目にしたのは河出書房出版のマイルス・デイビスのムック(2001年初版)ですが、その記事を書いていた野田努氏が同年発刊していた「ブラック・マシーン・ミュージック」が増補新版として復刊したので読んでみました。結構な文章量に加え自分が若い頃聴いた音楽が登場するのはごく一部に過ぎませんでしたから、ときおりYouTubeなどで動画を検索しながら読みました。(法律書もその熱心さで読もうな)
70年代のディスコ、80年代のハウス、そして90年代のデトロイト・テクノとアンダーグラウンドの歴史を丹念に追っています。
 
 さっくり感想。
 本書で取り上げられた音楽そのものはCDや配信、動画サイトで視聴できます。しかしその作り手の動機、心情というものを簡単に理解できるものではないということ。人種対立や差別、そこから生まれる抗争といったものがない社会に生まれ育った人間が、文献や音楽に触れただけでわかったような顔をしてはならないということ。当然といえばそうですが。巻末のディスコグラフィーや参考文献を追うだけでも相当な情報量ですが、それらは理解のための糸口に過ぎません。音楽を含めひとつの社会や文化を理解するには並大抵のエネルギーでは足りませんね。

 ところで肝心のデトロイト・テクノの音楽そのものですが、どうやら聴かず嫌いだったようでおりをみて聴こうかなと思った次第。いい歳をして、ですがデトロイト・テクノの生みの親は自分とそう変わらない年齢なので、まあいいじゃないですか。



  

運が尽きさせ給ひて  武田氏滅亡

 いつも以上に法務とは関係ないエントリです。(だってBLJが届いていないんだもの)

 思うところあって「武田氏滅亡」(平山優著 角川選書)を読みました。 
 武田勝頼というと、名門武田家の家督を継いだもののわずか10年余りで滅亡させてしまった「残念な」当主というイメージが強いですよね。NHK大河ドラマをはじめ歴史ものは織田・豊臣・徳川側の視点のものが多いせいか、信玄亡き後の武田家の描かれ方は長篠の戦いで大敗するシーンと、天目山でわずかな手勢とともに自刃するシーンぐらい。昨年の「真田丸」でようやく最後の姿が(フィクションとはいえ)きちんと描かれていました。(少なくとも自分の記憶では)その「真田丸」の時代考証をされていたのが、平山優氏です。
 信玄の死から武田氏滅亡までの10年弱を可能な限りの文献からこれでもかというくらいに丹念に追いかけています。 執念といったほうが良いかもしれません。その結果見えてくるのは、武田勝頼はただ家を潰したバカぼんではなくて、凄まじい速さで情勢が変わる関東甲信越、駿河地域で必死にサバイバルしようとしていた姿です。ある局面ごとに勝頼がとった選択が結果として武田家の世評を貶め、家臣や領民の離反につながったといえます。しかし家督継承直後の長篠の戦いで主要な人材・兵力を失ったなかで打てる手は限られていたはずで、北条、上杉、織田、徳川といった勢力と対峙するのは至難の状況だったのではないでしょうか。考えられる手は打ったものの、タイミングのわずかなズレで、状況を好転させることができなかったのでしょう。「運がなかった」ということでしょうか。武田氏の滅亡から3ヶ月も経たないうちに本能寺の変が起きていることを考えるとなんともいえませんね。

 現代のビジネス環境に置き換えてみるとどうなるか。
 本来子会社の社長でちょうど良かったのが、図らずもグループトップに就任せざるを得なかった。本社に腹心の部下がいないので子会社から部下を引き連れていったものの、本社生え抜きとついに折り合えなかった。先代の社長が業績を伸ばしてきた環境とは一変し、その結果資本を失い、人材も失った。やむを得ない状況だったとはいえ、先代から築いてきた企業提携関係を終わらせたことで相手先だけでなく業界からの評価も悪化した。重要だが不振にあえぐ事業のテコ入れが財務・人員の都合から十分できず、当該部門の社員を見捨てることになった…経営者として必死に取り組んできたはずなのに。
 何か心が痛くなってきますね。


「運が尽きさせ給ひて」というのは「三河物語」の中で織田信長が勝頼の首級をあらためた時に口にした言葉として記録されているそうです。このことは信長が武田氏の終焉に同情したのだと著者は書いています。真実はわかりませんが、名門があっけなく滅ぶ姿を目の当たりにして信長も感じるものがあったのかもしれませんね。

 名門が滅んでいく過程というのは、もっと研究されていいと思いますよ。


 

位置づけ、報酬 となりの芝生

 かなり間隔が空きました。何がどうということもなかったのですが諸々の疲れでしょうか。毎晩のように寝落ちです。
 
 SNSでちらほらと見かけたネタなど自分の備忘録として。

『法務部門の位置づけについて』
 ひと昔前に比べて、法務部門も法務月刊誌の記事、某法律雑誌の読者交流会、ライトニングトーク、SNSなどを通じて限度はありますが他企業の情報に触れることが増えたと思います。と同時に他の企業の情報に触れて、あれこれ悩む時間が増えているかもしれません。例えば法務部門の位置づけ。自分の評価にも関わりますからね。
 法務部門の管掌業務が何をどこまでということと深く関わると思いますが、これは企業の組織の成り立ちと深く関わるので一概に「これが理想的」というものはないように思います。法務に限らず、総務、人事、財務、経理、事業企画、販売なども同じ。業界団体活動を通じてわかるのは同業界でも管掌業務が横並びということはないということ。あの会社の仕組みが優れている、この会社の方が自分の業務がやりやすい、というような話は始めるとキリがありません。各企業が業歴を重ねている中でモアベターだと判断した組織と分掌になっているので、表面的・部分的に取り入れても同じ結果が得られるとは限りません。
現状肯定、維持が一番ということではありませんが、部門の位置づけを変えるということは部門内業務、部門間業務の仕組みに触ることになる場合もありますので、視野狭窄に陥らないよう注意した方がいいですね。

『有資格者、ロー卒の処遇』
 自分は古典的な製造業がベースにある企業にいます。修士卒、博士卒というと研究開発部門という認識しかなく、文系の修士卒、専門職といってもイメージできない人の方が圧倒的に多いのが現実。以前の企業グループでは、技術系の新入社員はほとんど修士卒採用になっていたのですが、製造現場に近いところでは「年齢はいっているが社会人経験もなく、何ができるわけでもないのに給与が高い」と嘆かれていました。また研究職に就いても30代半ばで「足切り」とでもいいましょうか、研究者に不向きと評価が下され他部門に異動されることがあります。さすが役職なしというわけにはいかないので、マネジメント経験や訓練もないままに管理職につけるのですがそれで周囲が大変、というようなことはちらほら起きていたました。それで周囲からいわれるのが「給与が高いだけで」の一言なのですね。
 技術系と法律専門職は違う、有資格者もロー卒もここまで来るまでに時間も金銭も投資してきた。然るべき処遇を得られるべきだという主張はわからなくはありません。でも給与の源について考えてみましょうねということ。製造業でもサービス業でも「原価」というものがあります。自分のコストがどのように原価に反映されているのか教えてもらうのもいいと思います。
 法務の仕事がそのままその企業の収益に直結するような業態であれば高収入は得られると思います。ただこの場合前述の「研究職」と同じく、ある年齢で向き、不向きの線を引かれる可能性も高い気がします。

まあ、今日はこんなところで。
 

RED HILL MINING TOWN 

 定点観測。取り立てて意味はないけれど、区切りとして。

 入社式の前日、3月31日に関東のローカル線の最寄り駅に降り立ったその日から今日でちょうど30年。
 徐々に記憶が薄れ、その日の天気がどうだったか。研修寮に入り「これでサラリーマンになるのか」というなんとも複雑な気持ちになったことを覚えています。
 同期は80人を超えていたと思います。自分は10年前、部門ごと企業グループから外れる形で入社した企業を離れましたが、他にも組織再編やら何やらがありましたし、大企業の常で出向や転属を受け入れる世代でもありますので、今も元の企業に残っているのは何人いることやら。80数通りの30年目があるということですね。

 2週間ほどの集合研修の内容は申し訳ないほど覚えていません。
その後1ヶ月ほど続いた生産ラインの実習の方が記憶に残っています。樹脂や接着剤の匂い、身にまとわりつくガラス繊維のチクチクした痛み、身体を動かしたことの方が脳に刻まれるということでしょうか。
実習なのにやたらと残業していました。
 エントリタイトルは当時毎日のように聴いていたU2のアルバム「THE JOSHUA TREE」の中の1曲。
廃れていく鉱山の町を歌ったこの曲が肉体労働に明け暮れている生活に妙にしっくりきていたのでした。

 さてこれからどうするかということですが、あれこれ考えにくれているのみで。目の前のことはしっかりこなさなければなりませんが、このまま今の延長で生きていけるとは思っていないので準備は必要だろうと覚悟を決める次第。

 雑感でした。



 





  
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