企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

雑感・備忘録


ラストライン 2019

 花冷えの3月末、恒例の定点観測エントリー。
 サラリーマンになって丸32年となりました。
 明日新元号が発表されますが在職中に3つ目の元号を経験するという事実に呆然としています。

 ミステリー、特に警察組織もので堂場瞬一の作品を読む機会があるのですが、昨年から始まったシリーズもので「ラストライン」というものがあります。訳あって所轄警察署に「退避」した「定年まであと10年」のベテラン刑事が主人公です。シリーズ冒頭、所轄に赴任する場面で「長いようで短いような10年」「残り10年」と思うと自然に背筋が伸びると主人公の心境が描かれて流のですが、自分は「おいおい、あと10年もあるじゃないか」と思わず呟いてしまいました。

 @kataxさんが数年前の年末ブログカレンダー企画で「無資格法務のキャリアパス」について書かれたエントリーがあります。多くの無資格法務部員がそのエントリーを読んで考え込んだと思います。まだ全ての企業というわけではありませんが、上場企業やベンチャー企業の法務部に一定の割合で弁護士登録した法務部員が勤務するようになりました。そう遠くない将来、昭和末期、平成初期入社の無資格法務部員が企業の一線から完全に退く頃には、有資格者とロー卒が中核を占める企業法務部が多くなると思います。

 2006年12月の法務職への異動は自分の希望によるものではなく、40代を迎えた自分に「次のキャリア」が勝手に向こうからやってきたといってもよいでしょう。それまでの20年近くのキャリアをほぼチャラにして始まった法務キャリアはそれなりに波乱含みで、こちらの経験や知見など一切お構いなし、その場を納めていくのが精いっぱい。12年余経験した今でさえ無手勝流の域を出ないというのが正直なところ。そろそろ本気で経営陣や人事に掛け合い、ロー卒なり実務経験者を採用してバトンタッチしなければならないと思っていた矢先、またもや「次のキャリア」が勝手にやってきました。

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線 (あるいは何かの予告)

 縦の糸は、横の糸は、という歌詞で始まる歌がありますが、コーポレートガバナンスの一線、二線、三線は織り成してよいものなのか、どうか。

 上場企業完全子会社は直接投資家と相対することはありませんが、親会社のガバナンスに組み込まれます。子会社の事業規模、親会社グループの中の売上構成比によって「内部統制体制」の構築や内部監査の充実を求められます。しかし子会社の管理部門というのは、カツカツの人員体制というケースが珍しくなく、業務の掛け持ちも当たり前というのが実態。下手をすれば(経営陣のガバナンスの理解がないと)「二線は私、三線も私」などという状況も生まれかねません。

「企業不祥事は(ノンコアの)子会社(事業)で発生するとよくいわれますが、そうなるのが当たり前です。管理部門が少人数で掛け持ち業務も多いとなれば「牽制」機能を働かせるのは至難の技です。
上場企業グループを対象としたコーポレートガバナンス論はそれはそれでわかるのですが、子会社自身のガバナンスをどうするのか、子会社の脆弱な管理部門にただただ「内部統制」を押し付けても限度があると思うのですが…さて。

去りゆくものに

 30年ちょっと企業で働いている間に、様々な職種やツールが役目を全うし身の周りから去っていきました。
 入社した頃は「電話交換手」「タイピスト」といった職業の人が会社にいました。受付では総務部門の女性が座って微笑んでいました。
 外回りの人間にポケベルがもたされる前は、出先から定期的にテレホンカードで公衆電話で職場に電話して、不在時に顧客からかかってきた電話メモを読み上げてもらっていました。昭文社のポケット地図は必需品。 バックの中には常に東京、神奈川、千葉、埼玉の地図が突っ込んでありました。建設現場で設計図面を「青焼き」させてもらい、「フィルム付きレンズ」で現場写真を撮影して(フラッシュや接写機能が付いた時は感動したっけ)、写真屋に現像に回す。
 売掛金も直接小切手や手形で回収でした。販売先の支払日は何を置いても「集金」業務が優先しました。まああげていくときりがない、というか昔のことをやたら語るのは老化の兆しなのでこれ以上は自粛。
 これらの中には既に姿を消しているものがありますし、残っていたとしても業務で使用されることはなくなっているものがあります。
 
 まあ、こんなことを書き連ねたのは例の「ハンコ」「印鑑」の件があってのことなのですが。

 長年役所や企業の仕事を地味に支えてきたのに、突然手のひら返し。「信用性」「安全性」に乏しいだの責められ「もういらない」といわれる側に押しやられて、黙っているわけにはいかないというのはわからなくはありません。またデジタル界隈のもののいいようにも、もう少し「(近い未来の)勝ち組」の余裕があってもいいだろうと思うことがあります。
 「ハンコ」そのものが悪いのではなく、ハンコをめぐる業務にかかる手間と、その手間のわりに実は「信用性」「安全性」が乏しいのが問題でした。これまではそんなことはわかっていたけれども「暗黙の了解」「お約束」で成り立たせてきたけれど、もっと「信用性」「安全性」が担保できる仕組みが登場してきたわけで。企業としてはそちらに移行するのは自然な流れです。

 完全にビジネスの現場からハンコが姿を消すまでは一定の時間がかかるでしょうし、その間に「ハンコ」の次の身の振り方を考えることもできるのではないかと思います。(自分は「書」や「日本画」の世界のように工芸美術や工芸品の領域にいけるといいのにと思っています。)

 自分の業務でもハンコ回りの業務が一定時間を占めます。ハンコがビジネス現場から去っていくときはちゃんと見送ろうと思いますが、今般のアレで自分の方が先にリタイアなんてことになったら、それはいやだなあ。
  

サクリファイス  アシストの生き方

 心身の疲れか衰えなのか、通常業務はこなしているものの法律系の情報から距離を置いて数日。
たまたま近藤史恵の「サクリファイス」シリーズの3作目(スピンオフの短編集は除く)「スティグマータ」が文庫化されていたのをみつけたので読む。

 自転車のロードレースチームを舞台に、エースではなく「アシスト」を主人公に据えたシリーズですが、アシストが負う酷な役割をきちんと描いている小説だと思います。チームの勝利のため、エースを優勝させるため、風よけ、牽引役、ライバルを消耗させるためのアタック、ときにスポンサーを満足させるためにTV中継で大写しになるような走りまで要求される。エースはアシストを使い倒し、アシストはエースのために己の体力・能力を使い切る。「サクリファイス」とはよくいったものです。
第1作目の「サクリファイス」が刊行されたのは2008年。勤務先が売却され資本が変わり組織も流動的に変わる期間の始まりの頃、部門長は上にいるものの「法務」「広報」業務の経験者はなく、組織内における位置付けも混乱している状況で自分はどういう職業観を持って働くべきなのか、そういう思いが幾度となく浮かぶものの、日常業務に落いつくのが精一杯でした。

 それから10年。
 年末に事情があってとある面談に臨んだときに、10歳は年下であろう相手に「あなたは攻めの法務ですか、守りの法務ですか」と訊かれ苦笑いで応えるぐらいまではきました。
 世の中の大概の事業会社では収益を稼ぐ部門が「エース」であり、「攻め」であろうと「守り」であろうとバックオフィス部門に位置付けられる以上法務部門等が「アシスト」であることに変わりはないと思っています。
自転車のロードレースにおける「アシスト」が、ときにエースに先行してレースを作る、伴走して牽引役、風よけとなるのと同じような役割を果たすことができればいいかと。 
 ただしアシストとして使い倒されるにしてもそのための経験や能力は必要で、それが備わってなければ「アシスト」としてエースに選ばれないのはいうまでもありません。
 一方アシスト側から使い倒してくれる相手を選ぶことがあってもおかしくなく、使い倒されがいのないチームから別のチームに移籍するのはプロとして当然のことでしょう。経理や法務部門の担当者が転職する理由も似たようなところがあると思います。

 「スティグマータ」では、不安定なエースの様子を見てアシストとしての仕事をせずに自分のレースをしないかとのチームメイトが誘ってくるのに対して、エースと一緒に走ると主人公が言い切る場面があります。自分だったらそう言いきれるか。
 
 使い倒され、使い切るアシストになれているのか。爽快なスポーツ小説を読んだにもかかわらず、読後にそんな思いを抱えたのは、やはり疲れているからなのでしょうかね。
 



 



 

どこからどこへ 2018

 年末定期ポストです。
 何かと「平成最後の」というのが当たり前のようになった1年。そんな1年を何をして過ごしてきたのか、首をひねるばかりであります。

 仕事の面では詳細は書けないのですが、年明け早々労務系リスクに追われ、その後はケチな不祥事の始末にかかわり、と 法務担当者というよりも監査のような業務に関わる時間が多かった1年でした。
会社の置かれた状況によって求められる業務のカタチが変わるものだ、と溜め息半分で自分を納得させていたことも多々ありました。

 気がつけば50代を迎えてから何年か過ぎています。自分が20代の頃、今の自分の年齢の人間が職場にいたかというといませんでした。役員、次期役員候補になる人間以外は順に子会社や関連会社に出向なり転属していました。そうやって新陳代謝がはかられていたのでしょう。(それでは子会社や関連会社側の人間はたまらないだろうと思う向きもあるかと思いますが、そこは子会社側もしたたかにやり過ごしていたわけです。)
 しかし今はどうでしょうか。組織再編が進み出向・転属先がないということも珍しくありません。社会情勢を考えるとおっさんはあと5年から10年は働かなければならない状況です。若者からみれば、「いつまでもおっさんが職場にいる」という大変煙ったい状況が続くことになります。たまりませんね。
なんとかテックが興隆する時代にバブルなおっさんの経験なんか価値ないよ。「おっさんの経験をデータ化してみてもタブレットのストレージの消費量が全然増えないんだよな。スカスカ。」なーんてことをいわれるのでしょうなあ。ちくしょう。

 2019年はどういう年になるのか、するのか。

 おっさんとなんとかテックは共存できるのか。
 おっさんは今いる職場にしがみつくしかないのか。

このあたりがテーマですかね?

 さてこの1年、本ブログにお越しいただきありがとうございました。
年々ノイズのようなエントリーが増えてきている自覚はあるので、来年はもう少しマシな内容が書けるよう精進します。

 良いお年をお迎えください。
 



 
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