企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

リスク管理


不正防止、その責を背負うのは? ビジネス法務2019年5月号

ビジ法5月号、拾い読みです。メイン特集の「広告審査法務の実務」はゆっくり読むとして実務解説の
「日産自動車事件にみる『経営者不正』への向き合い方」(山口利昭弁護士)を読んでの雑感。

 日産自動車の件は報道先行のきらいがあるので経営者による不正のみの事件なのかどうか不明ですが、そのほかにもアパートメーカーや業界トップのプレハブ住宅メーカーの不正工事隠蔽など立て続けに発覚、報道されています。はたして勤務先は何か隠していないかという疑念と万一企業不祥事の当事者側に立たされたらどうしようかという不安におそわれている法務担当者もいるかもしれません。
 ふだんはこちらの意見は軽くあしらうくせに、有事の際に「法務は何をしていたんだ!」と責められるのではまったくわりに合わないと思っている方もいるかもしれませんね。
 記事では他企業の不祥事を「他山の石」にするためのポイントとして、①未然防止の視点②早期発見の視点③有事対応(危機管理)の視点の3点が挙げられ、それぞれ解説されています。読んでみれば、本記事に限らずいろいろな場所で山口弁護士が主張されている内容で最後にジェネラルカウンシル、CLO待望論に触れてまとめられています。

 企業法務対象の誌面なので、経営者の暴走に対する法務・コンプライアンス部門の役割や責任にフォーカスされる点は仕方ないのですが、法務・コンプライアンス部門だけがその責任を背負うものではないと思っています。日産の事例に限らず会計絡みの不正であれば、財務・経理部門や監査部門も無関係ではありません。「コーポレートガバナンス」「コンプライアンス」に関して、もう何年も法務・コンプライアンス方面と会計方面、ときに監査方面から様々なアプローチがされているにもかかわらず企業不祥事が後を絶たないのはどういうことなのでしょうか。それぞれの部門が負っている不正防止に対する「責任」がうまく噛み合っていないからでは?とも思うのです。

 誰が経営者・役員の不正や暴走、あるいは不作為を止め、諌める責を負うのか。
 本記事15ページに一例として非業務執行役員を巻き込むことの必要性に触れられています。一従業員である法務や経理部門の中間管理職・担当者が単独で経営者や役員と対峙することは非現実的で、途中で潰されないように、そして身を守るために「対峙できる存在」の懐に飛び込むのも一つの手段でしょう。
それを可能にするためには社外取締役や監査役と日頃からある程度接点を保っておくことが必要になりますが。
 ただ自分が思うに、いかなる事情であれ経営者・役員を刺す(訴える、辞任に追い込む)ことには違いないので、法務・コンプライアンス部員がその胆力をどのように身につけていくのか、この点も議論されるべきだろうと思います。人の恨みつらみを引き受ける覚悟なしにできる仕事ではありませんからね。


「なぜ」を繰り返す  『半席』

 法務情報のフォローを後回しに日々を過ごしながら。

 少し古いネタになりますが、BLJの2019年2月号ブックガイド特集に異質な1冊が紛れ混んでいたので
その読後感といえばよいのか。「管理職が読んだ1冊」にあった「半席」(青山文平著)。ジャンルでいえば江戸の武家モノになるのでしょうけれども、主人公は若い徒目付。現代の企業での役割でいえば監査担当者に近いお役目でしょうか。この役目を果たしてなんとか旗本の身分を得ようとしているのですが、上役からいいつかるのは、裁決済みの事件の「なぜ」を究明せよというものばかり。こんな仕事をしていて自分は旗本になれるのかと思いつつ事件の当事者や周辺に当たっていくのだが…という連作。

 「なぜ?を何回繰り返しましたか。」
 業務災害が発生し事故速報が入ったときに、環境安全部門の責任者が報告者に返すコメントです。彼がこのコメントを返す速報は事故を起こした当事者に帰責させる記述に偏っていたり、対策が対処療法に留まっていると(自分の目から見ても)明らかなケースのとき。原因を「個人の資質やスキル、経験」や「すぐできる措置」に留めることは再発防止にはつながりません。社内規則に基づく報告義務を「形式的」に守ることを最優先にしてしまいがちな現場に対して厳しい一言です。

 「もう1回訊くけど、なぜこんなことをやろうと考えた?」
 従業員が不祥事を起こしたとき、本人や周囲に対するヒアリングや調査は数回繰り返します。上層部は早く結論を出せとせっついてくることが多いのですが、聞き流すことも多々あります。不祥事を発生させそれを可能にした環境や土壌など本人以外の要因まで洗い出さないことには有効な再発防止策を打ち出せないと思うからなのですが、以前エントリーで書いたように「着地点」を求められることもあり(以下省略)

「なぜ」を繰り返し、あるいは「なぜ」の筋を描き読み、事故や不祥事の原因の底にたどり着いたとしてもそれが必ずしも心地よい結末をもたらさないのが「監査」や「監察」の一面。目に見える実績ややりがいがあるのか?と思う人も多いでしょう。実際この業務に伸び盛りの若手・中堅ではなく、引退間際のベテランを張る企業が多いことと思います。業務経験に通じた人間が適任というのがそれらしい理由ですが、なんとなく引退前の並木道(花道ではない)のように考えている経営陣もいるのでしょう。
 親会社の内部監査室長と接する機会が多いのですが、彼は監査・監察の仕事を幹部候補生のコースに入れるべきだとの意見の持ち主。将来経営のありようを担う人間こそ中堅の時期に業務や従事者の裏表を知り、経営改善の意見を経営者に具申する経験を積ませるべきだと。「引退までの月日を指折り数えるような人間を監査の仕事に就かせても、本当に組織にプラスになると思う?」と。

 『半席』の主人公は最初は戸惑い抵抗感を頂きながらもいくつかの事案の「なぜ」を探り、真の理由に行き着くことを繰り返していくうちに目付筋の役目に意味を見出していきます。連作の中には、ちゃんと監察の人間が恨みつらみを買い命を狙われる覚悟を持ちわせなければならないというエピソードも織り込まれています。
 時代物、若い武士の成長譚として読んでも十分面白いのですが、監査・監察の仕事の視点で読んでも面白い連作です。著者の経済関係の出版社の記者出身という経歴も反映してのこともあるのかもしれません。

 では。そろそろ企業法務ネタに戻らなければならないかな。


 
 
 

 



 

評判の管理  拾い読み:ビジネス法務2019年2月号 

 収まるところに収まったのかどうか定かではない年末。
忘れないうちに書き留めておく、拾い読みです。

 ビジ法2019年2月号。特集2「レピュテーションリスクの正体」。自分としてはこちらの方がメイン特集記事でした。
 4年前に拙いエントリーを書き散らかしたのですが、今年は大企業が築いてきた評価・評判を自ら毀損する不祥事が相次ぎました。BtoBビジネスの企業では消費者の評価を対象とする「ブランド」にそれほど留意する必要がないことが影響するのかとも思ったのですが、大企業(例えばかつての親会社グループ)の法務・リスク管理部門は、10年以上前ですら何かあるとすぐに「レピューテーションリスクは?」と神経質になっていましたのでそんなはずはないのですよね。どこで何がずれたのでしょうか。

 記事は第三者委員会等でお馴染みの①國廣弁護士・竹内弁護士の対談②SOMPOリスクマネジメントのコンサルティング部五木田氏の論稿③メルカリインハウスの岡本弁護士のインタビューからなる構成。
個人的には②。レピュテーションの定義、風評やブランドとの違い、レピュテーションリスクの捉え方、レピューテーションの評価について、「法務担当者」が頭に入れておいたほうがよい情報をコンパクトにまとめていただいていると思いました。(内部統制や内部監査、会計からのレピュテーションリスクに対するアプローチを詳しくという向きは引用・注記で取り上げられている櫻井通晴氏の書籍などに当たれば良いと思います。)
 
 レピュテーションははたして管理できるのか。できるとしてもそれは法務部門の業務なのかという点。
 昨今の企業を巡る報道や何かと燃えやすいSNS界隈を考えれば、管理できるかできないかではなく、管理せざるを得ないというのが正直なところ。ただ評価方法含めて様々なアプローチは試してみる必要があるかと。リスクの数値化・可視化には異論はないけれども会計からのアプローチだけでよいのか。法務はリーガルリスクからのアプローチだけでよいのか。IR・株式担当者はどうするなどなど。
各方面からアプローチするとして、では実務上誰が統括的にみるのか。考えが行きつ戻りつします。

 リーガルテックの興隆は法務担当者を定型的・緊急度は高いが重要性は低い、といった業務から法務担当者を解放するのはそう遠い日ではないと思います。そして次に来るのは「で、法務は何をするの?」という問題です。
 レピュテーション管理に法務が携わる可能性があるのか、携わるべきなのか。リーガルテックが騒がれた年の終わりによいタイミングで石を投げてきたなと思います。
 








企業品質問題と「ムラ社会」

 カレンダー企画の質の高さに慄きつつ、いつも通りのエントリーで。

 BLJ2019年1月号「【実務解説】2018年の不祥事を振り返る BtoB企業の陥った品質問題とムラ社会のハラスメント問題」を読んでつらつらと。
 今年ほど製造業の品質問題が続いた年はないのではないかと思いますが、本稿にあるように「今年発生した」のではなく「今年発覚した」というのが正しく、マスコミに嗅ぎつけられ糾弾される前に我先に公表に動いたきらいもあります。2007年の改正消費生活用製品安全法施行の際にリコール公告で新聞の社会面の下半分が埋まった頃を思い出します。あの時も所管官庁が「消費者保護」に舵を切ったのが契機だったのですが、一連の品質問題が「最終需要家に対する背信行為」と受け止められているなら、根にあるのは「消費者保護」と同じと思いますね。
 本誌の記事では「ムラ社会」は主にスポーツ団体のハラスメント問題に紐づけていますが、企業の品質問題も「ムラ社会」と決して無関係ではないと考えています。
 そもそも企業と「ムラ社会」の集合体ではないかと思うようになりました。「人事ムラ」「経理ムラ」
「製造ムラ」等など(怒られるかな)。

 それはともかく。

 製造業の工場は地方にあること(都市部ではない)が多く、工場進出の際にもともとあった「地域社会」を丸ごと取り込んでいることが多いでしょう。親子で、親戚で同じ企業の工場に勤務することはそう珍しいことでもありません。都会の大学を出て工場に配属された人間が地域の女性と結婚し地域社会の一員になることなどざらにあります。工場は工場長を頂点にした階層構造で指示系統が明確になっているはずなのですがそこにまた地域社会の人間関係などが組み合わさることもないわけではありません。現在は昔ほどかはわかりませんが、地方で上場企業の工場長ともなれば土地の名士のような存在であった時代もありました。(黒塗りハイヤーで通勤なんて時代もあったのです。)
 会社も地域社会も「一心同体」の世界で、仮に不正に気づいたとしても告発なり通報に踏み切れるか。
理屈のうえでは通報者が不利益を被らないようにはなっています。しかしそう簡単な話ではないと思います。転勤族の人間ならともかくその地域で採用雇用された従業員にとっては、会社の不祥事の告発・通報は地域社会に弓を引くようなもの、自分ひとりがその反動を引き受けるのであればともかく家族にまで何かしらの影響があることを考え何もできなくなるのも無理はありません。広いようで狭い地域社会、「自分でなければ誰が通報した」と皆で世間話をしていくうちに、通報者が特定される可能性は高いと思います。
 そんなことはないという方もいると思いますが、「通報したら自分だけでなく、家族がどうなるか」と思い込ませる空気、それが「ムラ社会」だと自分は考えています。過去に「村八分」の事例がありその恐怖が身に染み付き共有されている地域であれば余計にそうなるでしょう。

 しかし内部通報制度に関わっていながら地方の工場における制度の運用にどこか限界を感じているのは、自分が「地域社会」というものの「赤の他人」とレッテルを貼った者に対する無情なところを見ながら育ったからなのかもしれません。
 ではどうするのかというところですが、本社品質保証部門による各工場の監査ということがまず考えられますが、内部監査と連動しないとこちらも「品証村」で決着がつけられてしまう可能性があります。
先に書いたように「通報者」の心理的負担を考えると、内部監査的なもので不正の芽を摘んでいく方法もありかと思うのですが、こちらもハードルは高いでしょうね。
難しい課題ですが、不祥事の早期発見・解消を従業員の「良心」に賭けるばかりというのは避けたいですね。

Xデー

 自動車メーカーの解任劇。陰謀説から盗人の仲間割れのような見出しが飛び交っていますが、所詮報道は報道という印象が強いので(といったら怒られるかもしれないけれど、最近は特にそう思うので)、違う切り口で。

 良いニュースでもそうでもないものも公表すると決めたら公表日を「Xデー」と設定して具体的な作業を詰めていきます。作業は細心の注意を払って進めるのはいうまでもありません。特にステークホルダーにとって「衝撃的な内容」を含みかつ内密に進めなければならないものは、意図的なリーク以外の漏洩は防がなければなりません。
 仕事は段取り8割だと営業時代からよく上司にいいきかされていましたが公表に関わる仕事はその最たるもの。自動車メーカーの記者会見が用意周到すぎるという声もちらほらありましたが、用意周到が当たり前で、炎上し収拾がつかなくなる会見のほうが問題なのです。
 
 ここ10年ほどで企業広報とりわけ危機管理に関する書籍や情報の数は増えました。記者会見までの準備、記者会見当日の諸注意などそれらを読めば、ひととおりのことは理解できると思います。メディアトレーニングを受ける経営陣も増えたのではないかと思います。
 しかし「公表」の矢面に立つのは経営陣や広報担当者(ときに法務担当者)ばかりではありません。
営業担当者、購買担当者、コールセンター、ときには代理店特約店の担当者も矢面に立つのです。
「公表までの段取り」は当然ですが「公表後の段取り」も重要です。特に㊙︎事項で従業員に対してですら「公表日」 まで伏せていたという場合はなおさらです。こういうと語弊があるかもしれませんが、報道記事はメディアにとって「美味しい部分」あるいは「理解できた部分」の抜粋です。そうはいっても報道=事実と捉える人が大多数でしょう。報道により動揺、疑心暗鬼に陥るのは販売先、取引先だけでなく従業員も同じですが、自社の事情を社外の関係者に正確に伝えるのは従業員の協力をえるよりないのです。
公表直後に(あるいは直前)に少なくとも主だった従業員には説明し理解してもらわなければなりません。
 公表直後にステークホルダーに説明に向かう役職員の担当振り分け、スケジュールまで決めていく必要もあるでしょう。相手によっては契約に関わる話ももちかけられる可能性もあります。「リスク管理」が法務部門の業務であるなら、「公表」直後にスタートする諸々にも目を配りリスクを潰しておくことでしょう。「公表」だけでも大変な業務でそこまでで関係者は気力体力を使い果たしがちですが、そこからが正念場。「Xデー」は完了日ではなく、スタートの日でもあるのです。

 苦しんだリコールの記憶も10年以上経つと細かなところはおぼろげになってきました。
「へえ、知っていたんだ。そりゃ、そうだよね。」と社内のあちこちから微妙な感情をぶつけられた企業再編もひと昔前のことになりました。
 備忘のためのエントリー、でした。
 
 
 
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