企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

リスク管理


着地点  #legalAC

  連休前日の夕刻、オフィスの小会議室。人事部長が処分通知を読み上げている。
ほどなく「彼」が退室してきた。こわばり、蒼ざめた表情。
彼はどのような最後の弁明をするだろうか。数ヶ月に渡った調査の日々を思い出してみる。
 ー 連休明け、オフィスに届いたのは、「彼」の代理人からの通知書だった。

 従業員の数が1,000人を超えると残念ながら一定の割合で不祥事が発生してしまいます。当事者に対する処分については事案の性格、内容、会社に与えた損害の規模などを就業規則の規定に当てはめ検討するのですが、懲戒解雇処分まで検討しなければならないケースはかなり時間と神経を費やします。非は当事者にあるといっても人生を左右させてしまうほどの処分です。慎重に検討しなければなりませんが、かかわる法務担当者の肉体的・精神的な負荷も決して軽くはありません。
まず、なぜ軽くないのかということについて。(自戒も含めて)

1.バイアスとの戦い
 その企業での勤務期間が長ければ、よく知っている従業員が「処分対象者」として目の前に現れることがあるかもしれません。法務担当者といえど生身の人間。「彼に限ってそんなことをするはずはない。」「彼はいつかこういうことをやるかもしれないと思っていた。」「裏切られた。許せない。」といった感情が瞬間的に渦巻いたとしても誰が責められようか、とは思います。しかしあくまで「瞬間的」でなければなりません。裏付け調査を進めるときに法務担当者が特別な感情をもつことは調査を誤った方向に導きかねません。どんなに親しかった従業員といえど処分対象者として現れた以上、もはや自分の知らない人間として接する「思い切り」が必要でしょう。

2.勘違いとの戦い
 法務・コンプラ担当者は正義の味方でも裁判官でもなんでもありません。稀に勘違いしているような人がいますが、まずは処分検討調査のための事実の積み重ねに徹することです。調査の過程で経営陣から進捗を訊かれたり、法務担当者の意見を求められることがあっても判明した事実の報告に止めるまででしょう。もっとも弁護士を入れた裏付け調査は処分に関する仮説を立てたうえで行うものでしょうけれど、決裁者を含む経営陣に事前に余計な「情報」を持たせないことです。繰り返しますが、法務・コンプラ担当者は勘違いしてはならないのです。

3.社内政治、圧力との戦い
 調査が進展し、当初の処分対象者の他に新たな人物が登場すると別の戦いが生じる場合があります。「Aの処分は仕方ないが、Bには影響が及ばないように」「CもAとあわせて厳しい処分が下せるようにならないか」などなど。善管注意義務違反など役員の進退にかかわるような事実が出てくると、ますます生ぐさくなります。経営陣の面々の思惑や本音を曖昧な笑顔でかわしながら調査の収束を急ぎます。

 さてタイトル、着地点について。

続きを読む

ヘルプライン

 ヘルプラインか、それとも相互監視になってしまうのだろうかという話。

 過日、取引先(といっても、現在どの部門でどれほどの取引があるのか不明)から、代表者宛に1通の案内が届きました。いつものように「見ておいて」と封も切らずに渡されたのですが(ノールックパスと呼んでいます)、その中身がその取引先の「企業グループ取引先企業倫理ヘルプライン制度の設置」でした。

 不動産・建設業界は非常に裾野の広い業界で、取引先と一口にいっても大企業から個人(一人親方)まで数えれば千を超える数になっても不思議ではありません。支払口座のあるところに全部案内を郵送したとしたら、それだけでどれほどのコストがかかったことやら。
 請負(うけおい)と書いて「うけまけ」と読む業界と散々いわれていますが、案内の文面には「運命共同体」としての取引先企業の懸念の解消や解決に繋げる、一層の共存共栄を図るといった趣旨が書かれていました。
 建設業界はここのところ「例の傾いたマンション」事件のように、施工データの偽装や施工不良の隠蔽などとかく良くない話題が多かったのですが、その原因を昔ながらの「請け負け」の風土に求めるのはいたしかたないところ。元請企業の法務・コンプライアンス部門としては自社の無理強いにより施工不良が発生し、結果として企業価値を毀損することは回避したい、早期にその芽を摘んでおきたいと通報制度を立ち上げるのは必然の成り行きなのかもしれません。
 気になる点はいくつか。裾野の広いこの業界、数次にわたる請負では何も元請だけが諸々の無理強いの当事者とは限りません。中間の業者が当事者の場合もあります。このような場合でも相談や通報が入れば法務・コンプラ部門が調査や是正に入るのか。現場の工程に影響が出てまでもやるのかという点。もう一つはよくも悪くも「現場仲間」、他の職種のミス、手抜きを積極的に通報するだろうかという点。もっとも諸々のことは織り込んだうえでスタートさせたのでしょう。
 来年以降、この企業のCSRレポートにでもこの制度を発足したことや利用状況が公表されることになるでしょう。請け負けの風土を変える制度になるのか、今後が非常に気になります。

 (企業名を明記しようかと思いましたが、本制度開始のリリース等がないようでしたので伏せたままにしました)


 

火災事故についての雑感

 米国大統領選挙関連で、様々なニュースやその続報がすっ飛んだ感じがするので、メモ代わりに。

 某イベントでの展示物の火災で小さな子どもさんの命が失われた事件について。

 「最近の若い(建築学科出身の)社員は、建設現場の仕事につきたがらない。嫌う。設計ばかり志望する。」と大手ゼネコンのとある現場所長の嘆き。現在の話ではなく、20年ほど前の話。

 しがない下請業者の営業マンですら、建設現場の「安全」に対する徹底ぶりは身にしみています。
建築物というのは完成後の利用者の安全は当然ですが、施工中の従事者や第三者(現場付近の通行人など)の安全確保も必須、大前提にあります。
 展示物だから、デザインスタディだから、(結果として)安全までは配慮が行き届きませんでした、ということでは建築の最も大事な「安全」をおろそかにしていると思われても仕方がないのではと思った次第。今回の展示はガラスケースの中に飾るものではなく展示物の内部に人を招き入れるのですのでなおの事だと思います。
 冒頭の現場所長の嘆きを思い出したのは、当時「最近の若い者」と嘆かれた人たちが40代を迎え、若手指導に当たったり、場合によっては学校で教鞭をとっている可能性があるかもしれないと思ったからです。

 白熱灯が熱を持つことを知らないなんて、という声がネット上で溢れていました。
まあ、そんなものだろうなと思っています。メーカーがどんなに詳細に取扱説明書や保証書に書き込もうが、なかなかそれが実らないのが実態です。
若い人が知恵、知識を生活の中で身につける機会が減っているのかもしれません。点灯している白熱球を触ればわかることですが「安全設計」された製品は、ユーザーが電球に触れないように作られているかもしれませんしね。
子供の頃からの消費者教育という話も浮かんだのですが、今回はそこまで膨らませることはしません。

 すっかり報道されることがなくなりましたが、いろいろな確度から考えるべき事故だと思いました。

 雑感でした。

 

過去はそんなに美しくない

 カテゴリーが妥当かはわからないけれど、リスク管理といえばリスク管理だろうと。

 広告代理店の新入社員の労災認定について色々と飛び交っていますが、残業当たり前のマネジメントで育てられ、そして管理職側に回った世代として何ができるか。
 
 若い頃は本当に残業漬けでした…と思ったのですが、20代当時は新宿高層ビル街にオフィスがあったのですが、そのビル街にある居酒屋のラストオーダーには間に合っていたので、残業したにしても21時までの間には仕事を終わらせていたということになります。今と違って携帯電話もメールもありませんから、取引先にFAX送信後ダッシュでオフィスを飛び出せばその日は逃げ切れるというのもあったかもしれません。
 本当に残業が多かったのは30代前後のバブル崩壊直後。本当に仕事を獲りにかからないと数字が作れませんでしたし、上司にホウレンソウの結果毎日遅くまで「指導」を受け、時計の針がてっぺんを回る頃から飲みに行き、またそこで「指導」を受けるという日々でありました。80〜100時間は時間外労働をしていた時期が数年続いていたと思います。(飲みの時間含まず、ですよ)
 年をとるとそんな日々ですら懐かしく思い出してしまうのですが、別に残業が懐かしいのではなく、自分が若かった頃が懐かしいだけ。脳内で都合よくブレンドされてしまっているだけです。
 たしかに厳しい業務の中で体得したものもありますし掴んだチャンスもなくはありませんが、それをスタンダードにしてはいけないと思うのですよね。30代半ばの頃、短い期間ですが上司になった人は当時普及しつつあったPCを使った業務はからきしでしたが、タスク管理は抜群で「残業させる奴は考え方と段取りがおかしいんだ」と毒づいていました。
 この毒づきが毒づきであってはならないわけで。

 若い頃、残業が楽しかったか、面白かったかといえばそんなことはなかった、楽しかったのは仕事を終えてあるいはぶん投げて夜の街に繰り出したほうの記憶なのです。
 労務コンプラだの何だのまたぞろ取り上げられると思いますが…
残業ありきマネジメントで育ったおっさんに必要なのは、自分らの過去はそんなに美しくはなかったことを認めることと、若い頃自分がされて嫌だったことは下の世代には味あわせないということを腹に落とすことではないかと思うのです。


羊の皮を被ったオオカミ少年

 過日、レクシスネクシスさん主催の山口利昭弁護士のセミナーを聴講したのですが、そこで思ったことを少し。

 企業は人間の集合体なので、過ちや不正の発生をゼロに抑えることを理想やスローガンに掲げても、実態はそうはいきません。予防法務をおろそかにするわけではありませんが、発生した場合にいかに迅速に対応するか、というところに軸足を置かざるをえないというのが現実的なところかもしれません。

 組織に能力のある「オオカミ少年」が必要、企業法務がその役割を担うという主張は企業法務担当者にとって共感できる部分がありますが、はたして。

 「大変だ、大変だ」と騒ぎ立てる目明しのような渉外担当、指摘する事項はもっともだが、どこか上から目線で「べき論」だけ展開するコンプラ担当(役員含む)など、これまでも様々な人物を目のあたりにしてきましたが、人材・人員豊富な企業であればともかく、そうでない企業では「言いっぱなし」「汗をかかない」人間は特に疎まれるもの。正しい指摘であろうとも受け容れられなければそれまで。リスク情報を感知するセンスやどこからか情報を仕入れてくる術と、その情報を活かす先(必ずしも上司とは限らないし、社長とも限らない)を確保する術を身につけていかないとリスク管理担当者(法務含む)は厳しいと思った次第。
 一方このような人間はやはり経営陣からは好まれないだろうもと思います。「まあまあ、今わが社には事情があってだね。」と懐柔しようとしても難しそうですからね。有能なオオカミ少年は多分上にとっては可愛くないはず。尻尾を振ってくる犬は飼えても、なつかない狼は飼えませんからね。また経営陣が誰を重宝している、煙たがっているというような情報は組織内に案外広まっていくものです。仮に物分かりの良い経営陣が有能なオオカミ少年を認めたとして重用されてもそれはそれでまずいなとも。法務やリスク管理担当者は組織の中で色付けられたら終わりだと自分はそう思っていますので。
結局経営陣には役割を認めさせて一定の距離を保つようにするか、日頃は羊の皮を被り、あるいは昼行灯を決め込み経営陣や社内に必要以上の警戒心を抱かせないか…

 ともかく企業法務(リスク管理)は神経を使い思い悩む業務であることよと改めて思ったのでした。







 



livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
アクセスカウンター

    • ライブドアブログ