企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

読んだ本・聴いた音楽


15歳の頃

 どうも法務ネタがまとまらないので、最近読んだミステリー・サスペンスもののメモ。

 15歳、中学3年生の頃の記憶。思い出すこともわずか。40年近くも経過すれば無理もないのですが、とにかくクラス全体の空気が嫌で、早く高校受験を終わらせて学校とおさらばしたいと思っていたことだけを覚えています。自分の心持ち次第でもしかしたら楽しいことも苦しいことも同級生同士で共有できたかもしれないと、ふとそんな気持ちになったのは沢村鐡「雨の鎮魂歌」(中公文庫)を読んだから。

 沢村鐡というと正体不明のバイオテクノロジーと警察組織の闇を絡めた「クラン」シリーズを読んでいたのですが、今作は20年近く前に発刊された作者のデビュー作の加筆修正版ということで手にとってみました。
 主人公は北日本のある町の中学3年生。同級生であり友人の生徒会長の死の真相をたどっていくというのがストーリーの骨子。中学3年生が同級生の死の真相に迫っていくという点では宮部みゆきの「ソロモンの偽証」と共通していますが、「ソロモン」が東京の住宅地と学校が舞台で、周囲の大人を巻き込みながら中学生による「校内法廷」という「静」の世界に展開したのに対し、こちらは「大人のなりかけになろうとしている」事情(恋愛、進学など)と「町の大人の事情」(暴力、犯罪を含む)とが複雑に絡み、汗やら血の匂いが常に作品内に漂っています。
 主人公たちが肉体的にも精神的にも傷つきながら真相に迫っていく姿に、自分が中学3年生の頃にここまでの熱さや狂おしさがあっただろうかと、大変眩しい思いでページを繰ったのでした。
 
 興味がありましたら是非。

 巻末の作者の謝辞に、加筆修正して改めて世に出した心情がにじんでいます。
 


 

語って語り捨て、聞いて聞き捨て 

 わざわざいうまでもない灼熱の日々。
 難しいことを考えるのも億劫ですわ。というわけで今回は埋め草エントリ。

 宮部みゆき、といえば本格ミステリーからSF、ファンタジー、時代物と手がける作品の幅の広さでは当代一の作家の一人だと思います。それぞれにシリーズ、連作ものがいくつかあるのですが、今回は時代物の「三島屋変調百物語」 について。全国紙で連載されたこともあるので読まれた方もいるかと思います。
 自分の迂闊な言動が許嫁と幼馴染の死を招いてしまったことで悔い心を閉ざしたヒロイン「おちか」が、預けられた江戸の商家三島屋で様々な語り手による「怪談」の聞き手をつとめることで閉ざした心を開いていくというシリーズ。第1巻の「あやかし」から最新巻の「あやかし草紙」まで物語の中で経過した時間は3年ほどですが、発刊ペースでは10年かかっています。「怪談」の数は26話。まだまだ百物語までは遠い道のりと思っていたところ「あやかし草紙」で「シリーズ第1期」完結という予想外の展開となりました。伏線は第4巻所収のエピソードに張られていたのですが回収はもう少し先だろうと思っていたのでやや驚きでありました。
 宮部みゆきの作品の共通項は人の情念というものを丁寧に描くという点と「事件」を通じての主人公の成長という点だと思っているのですが、この「三島屋」シリーズにもそれがよく表れていると思います。
 語って語り捨て、聞いて聞き捨てとは、主人公が語り手の話を聴く際のルール。だからこそ語り手は胸の内に閉じ込めていた話を吐き出していきます。つかえた思いを吐き出した後の語り手の姿は様々ですが思い残すことはないと命を絶つ、あるいは命が尽きるというエピソードもあります。この辺りが宮部流の「甘くない」ところ。語り手の死という事実をも主人公に引き受けさせ成長させていく、というところでしょうか。

 担当業務のなかに相対して相手の胸の内を吐き出させなければならないというものがありますが、業務である以上語り捨て聞き捨てというわけにはいきません。このような業務を重ねていくと自分のなかに澱のように溜まっていくものがあります。語って語り捨て、聞いて聞き捨ての場が欲しくなる時期が自分にも来るのでしょうかね。
 




示唆するもの 『観応の擾乱』(亀田俊和 著)

 本日のネタは『観応の擾乱』であります。何がどうなのか混乱の極みの解散総選挙についてこの文言を呟いたところ、『観応の擾乱』(著:亀田俊和 中公新書)の著者にRTされまして畏れ多いことであります。#LegalTechLTで盛り上がっているというのに、室町幕府初期の内乱をネタに?というところですが企業の組織ネタとして考えていたので、まあそのあたりをぶつぶつと。

 観応の擾乱は、兄弟仲良く幕府をスタートさせたはずの足利尊氏・直義兄弟の骨肉の争いに全国の諸将と北朝・南朝が巻き込まれた(南朝方はつけ込んだというのが正解か)内乱。歴史嫌いの理由にあげられる「登場人物が多いし、敵味方がコロコロ変わるのでよくわからない」そのもの。
 大雑把に現代風に例えると、長年大手企業の下で苦渋を舐めてきた下請会社の経営者尊氏・直義兄弟と彼らを支えて来た総務部長である高師直一族が、ようやく単独で事業を立ち上げたものの組織の統治方法や権限やらを巡って争いさらに後継者問題も加え、大株主を巻き込んだ争いになってしまったという感じでしょうか。
 内乱初期では兄尊氏はぼろ負けです。尊氏側についていた高一族もほぼ壊滅させられました。それから尊氏は巻き返し、弟直義を追い詰め死に至らしめ勝利します。この後も武蔵野での合戦や、庶子直冬との戦いは続きましたが最終的には反対勢力を駆逐するのです。
本書『観応の擾乱』ではこの内乱を通じて尊氏と室町幕府は政権担当能力を身につけたと評価しています。
 共同経営者の弟と有能な総務部長を失って初めて兄が経営者として独り立ちしたというところでしょうか。

 本書を読んで自分なりのポイントとしたのは「なぜ尊氏は巻き返しできたのか」という点。
ぼろ負けしながらも直義との講和で恩賞充行権(役職員の査定や報酬決定とその執行権といえばいいのかな)を死守したところが潮の変わり目になりました。
幹部や上司を何をもって信用するか、その組織に留まるかという判断基準が「業績に対する正当な評価と報酬支払」というのはいつの世も変わらないということですね。
 また室町幕府スタート時は尊氏・直義の二頭政治と理解していたのですが、実質は直義がほぼ切り盛りしていたことが本書で明らかにされています。
 シンボルとしての経営トップと実務上のトップとに分かれる「共同経営」の危なっかしさも中世の時点ですでに起こっていたのですよ。統治と権限、というのは今も昔も経営者にのしかかる課題であることに変わりないということでしょうか。

 ところどころ企業法務の視点を織り交ぜ読みましたが、中世史に興味がある者としては面白い本でした。
 日本の中世史は趣味としてじっくり取り組みたいと改めて思いましたね。
 

読んだ本 ブラック・マシーン・ミュージック

 先月半ばからの体調不良からようやく脱け出したものの、夏季休暇でだらけております。

 白人至上主義者一派とそれに反対する一派の衝突したニュース映像。人ごととして眺めるのか、日本人も有色人種である以上いつ矛先が向けられるかわからないと思うべきなのか。実はすでに向けられているのか、かの国で暮らした事がないのでなんともいえません。

 ジャズ、R&B、ブルース、ソウルといわゆる「ブラック・ミュージック」とカテゴライズされる音楽を聴き散らかしていた時期がありました。その中で聞きなれない「ジャンル」でどうもしっくりこないまま、結局あまり聴いていないもののなかに「デトロイト・テクノ」がありました。初めてこのジャンルを目にしたのは河出書房出版のマイルス・デイビスのムック(2001年初版)ですが、その記事を書いていた野田努氏が同年発刊していた「ブラック・マシーン・ミュージック」が増補新版として復刊したので読んでみました。結構な文章量に加え自分が若い頃聴いた音楽が登場するのはごく一部に過ぎませんでしたから、ときおりYouTubeなどで動画を検索しながら読みました。(法律書もその熱心さで読もうな)
70年代のディスコ、80年代のハウス、そして90年代のデトロイト・テクノとアンダーグラウンドの歴史を丹念に追っています。
 
 さっくり感想。
 本書で取り上げられた音楽そのものはCDや配信、動画サイトで視聴できます。しかしその作り手の動機、心情というものを簡単に理解できるものではないということ。人種対立や差別、そこから生まれる抗争といったものがない社会に生まれ育った人間が、文献や音楽に触れただけでわかったような顔をしてはならないということ。当然といえばそうですが。巻末のディスコグラフィーや参考文献を追うだけでも相当な情報量ですが、それらは理解のための糸口に過ぎません。音楽を含めひとつの社会や文化を理解するには並大抵のエネルギーでは足りませんね。

 ところで肝心のデトロイト・テクノの音楽そのものですが、どうやら聴かず嫌いだったようでおりをみて聴こうかなと思った次第。いい歳をして、ですがデトロイト・テクノの生みの親は自分とそう変わらない年齢なので、まあいいじゃないですか。



  

運が尽きさせ給ひて  武田氏滅亡

 いつも以上に法務とは関係ないエントリです。(だってBLJが届いていないんだもの)

 思うところあって「武田氏滅亡」(平山優著 角川選書)を読みました。 
 武田勝頼というと、名門武田家の家督を継いだもののわずか10年余りで滅亡させてしまった「残念な」当主というイメージが強いですよね。NHK大河ドラマをはじめ歴史ものは織田・豊臣・徳川側の視点のものが多いせいか、信玄亡き後の武田家の描かれ方は長篠の戦いで大敗するシーンと、天目山でわずかな手勢とともに自刃するシーンぐらい。昨年の「真田丸」でようやく最後の姿が(フィクションとはいえ)きちんと描かれていました。(少なくとも自分の記憶では)その「真田丸」の時代考証をされていたのが、平山優氏です。
 信玄の死から武田氏滅亡までの10年弱を可能な限りの文献からこれでもかというくらいに丹念に追いかけています。 執念といったほうが良いかもしれません。その結果見えてくるのは、武田勝頼はただ家を潰したバカぼんではなくて、凄まじい速さで情勢が変わる関東甲信越、駿河地域で必死にサバイバルしようとしていた姿です。ある局面ごとに勝頼がとった選択が結果として武田家の世評を貶め、家臣や領民の離反につながったといえます。しかし家督継承直後の長篠の戦いで主要な人材・兵力を失ったなかで打てる手は限られていたはずで、北条、上杉、織田、徳川といった勢力と対峙するのは至難の状況だったのではないでしょうか。考えられる手は打ったものの、タイミングのわずかなズレで、状況を好転させることができなかったのでしょう。「運がなかった」ということでしょうか。武田氏の滅亡から3ヶ月も経たないうちに本能寺の変が起きていることを考えるとなんともいえませんね。

 現代のビジネス環境に置き換えてみるとどうなるか。
 本来子会社の社長でちょうど良かったのが、図らずもグループトップに就任せざるを得なかった。本社に腹心の部下がいないので子会社から部下を引き連れていったものの、本社生え抜きとついに折り合えなかった。先代の社長が業績を伸ばしてきた環境とは一変し、その結果資本を失い、人材も失った。やむを得ない状況だったとはいえ、先代から築いてきた企業提携関係を終わらせたことで相手先だけでなく業界からの評価も悪化した。重要だが不振にあえぐ事業のテコ入れが財務・人員の都合から十分できず、当該部門の社員を見捨てることになった…経営者として必死に取り組んできたはずなのに。
 何か心が痛くなってきますね。


「運が尽きさせ給ひて」というのは「三河物語」の中で織田信長が勝頼の首級をあらためた時に口にした言葉として記録されているそうです。このことは信長が武田氏の終焉に同情したのだと著者は書いています。真実はわかりませんが、名門があっけなく滅ぶ姿を目の当たりにして信長も感じるものがあったのかもしれませんね。

 名門が滅んでいく過程というのは、もっと研究されていいと思いますよ。


 
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