読んだ本・聴いた音楽

2020年03月22日 19:50

 桜満開、ここ数週間の自粛モードに倦み外出した向きも多いことだろう。

 ある漫画の結末に感動し余韻に浸っていたいのに、その漫画に広告代理店が関与していたことがわかったことで漫画なりその作者の評判が一転していく…というのを遅ればせながら知った。
 この手の商売の難しさを改めて思う。広告代理店の商売の進め方が拙速だったといえばそうかもしれないが、人が「手垢のついた」感動に敏感になることはよいことなのか悪いことなのか。

 「東京の青い空」とは、70年代半ばから80年代初めにかけて「少年ジャンプ」や「ヤングジャンプ」でギャグ漫画家として活躍したコンタロウ氏の読み切り作品である。もう50代以上の人間にしかわからないかもしれないが、当時の少年ジャンプは年1回、人気上位漫画家が読切漫画を掲載、読者投票で「愛読者賞」を決めるといったことをやっていて、当作品はコン氏の1976年か1977年のエントリー作品だった。いつものギャグ漫画ではなく、SFものだった。内容については、ネット上にいくつかこの作品に関する記事が上がっているので 興味がある方はそちらをご覧になっていただければと思う。
 ネタバレにならないように作品内容に触れれば、ある閉塞的な環境に置かれた未来社会で、ギスギスした群衆の心理を和らげ何とか社会を維持するために、政府があるシナリオを実行する。その代償となるのが3人の孤児の生。政府の思惑どおり、孤児たちの行動に大衆は感動し涙を流すのだが…といったもの。
 今となっては新鮮味があるストーリーではないかもしれない。ただ40年以上前に少年誌上でコン氏のほのぼのとした画風ながら「感動ストーリーには裏があること」を描いた意欲作だったと思う。当時小学生だか中学生だった自分は、大人がやたらと盛り上げようとする感動は胡散臭い、裏があると考えたほうがよいと思うようになった。まったく可愛げのないガキになった。(同時代に始まった「なんとかは地球を救う」は今もって観たことがない。)

 70年代には想像もつかないレベルの「高度情報社会」となり、報道ですら「真実」とは限らず、出処のわからない「感動」や「怒り」が個人の情報端末を介して世界中に拡散される。「手垢のついていない」感動は、自分が実体験して得たもの以外にないのかもしれない。
 しかし、その体験すら誰かのシナリオによるものだったら? 
 




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2020年02月16日 23:13


 風邪からの復帰と休日なので音楽ネタ。

 先週はジャズ・ピアニスト(キーボーディストか?)のライル・メイズの訃報で力が抜けた。単独でこの名前を出すよりもジャズ・ギタリストのパット・メセニー・グループのキーボード、といえばわかる人もいるかもしれない。それでわからなくても「Last Train Home」は聴いたことがあると思う。

 iPadや音楽プレーヤーに収める楽曲データ、または所有できるLPやCDの数が制限を受けるとしたら、パット・メセニー・グループの「OFFLAMP」とエバーハルド・ウェーバーの「Later That Evening」は最後まで残すだろう。80年代初め、10代の終わり頃にジャズ(特にECMレーベル)を聴き始めるきっかけとなった2枚である。そしてどちらもライル・メイズがキーボード(後者はピアノのみ)を弾いている。 
 パット・メセニー・グループでのライルの活躍については多くの人が触れているだろうから、ここでは書かない。グループ名はともかく、パットとライルの双頭グループであったことは間違いないし、ライルが関わらなくなってからのパット・メセニーの作品は一味も二味も足らないと勝手に思っている。

   後者について。 
 「OFFLAMP」で虜になったライルがピアノで参加しているということでレコード店を探し回った。ちょうどECMレーベルの日本での供給元であったトリオ(現KENWOOD)のレコード事業部門が事業撤退した時期で、輸入盤を探すしかないと思っていたところ、八王子の山奥の大学生協のレコード売場でトリオ盤を見つけたときは思わず笑ってしまったのを憶えている。
 自分にとっては1曲目のライルによるピアノの旋律が全てであった。あれを聴かなければECMレーベルが手掛けた欧州のジャズを聴くことも現代音楽も聴かなかっただろうから、自分が聴く音楽の幅はかなり狭いものになっていたと思う。

 あれから40年近い年月が流れ自分が50代半ばとなっているのだから、当時夢中になったミュージシャンがこの世を去るのも仕方がないのだが、歳をとると失うものが増えていくとしみじみ思う。合掌。

 ちなみに「愛のカフェ・オーレ」は「OFFLAMP」トリオ盤の邦題。一体どうしたらこんな邦題になるのか謎だった。「第3の扉」は後者の邦題。これも意図がよくわからなかった。事業撤退間際のやっつけ仕事ではないとは思うが。









 





 

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2019年09月29日 22:00

 法務系エントリは後で上げるとして。
 
 久々にCDを買う。マイルス・デイヴィス『RUBBERBAND』
 1985年に録音されていながらお蔵入りしていた音源にヴォーカルやその他音源を加えミックスし仕上げたもの。マイルス本人がとうにこの世の人ではないので、このような手法で発表することに賛否はあるかもしれない。でもマイルスが存命だとしても30年以上も前の音源をそのまま発表するような人物ではないので、これはこれで「あり」と勝手に思う。本人が存命だったら例によって「shit !」というかもしれないが。

 新しい音源を加えているとはいえ「あの頃の音だよなあ」という瞬間がある。そう思う時点でもう完全にシニアなのだがこればかりはどうにもしようがない。この週末もヘビーローテションしていたのである。

 




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2019年05月29日 00:04

 なんとも形容しがたい事件の報道。今日の事件に限らず弱い存在が犠牲になる事件が多いですね。
被害者の心情を一切無視するかのようなマスメディア。そのマスメディアを叩く識者。どのような立場、見識を持ち合わせているのかわからないがインターネットで己の存在を示そうとする者、これまたそれを叩く無数のネットの声。
 これらの行為が誰かを煽り、追い詰め次の事件のタネを蒔いている可能性があるのではなかろうか?



 今日の報道で思い出したのは北欧ミステリー「制裁」。
何か具体的なことを少しでも書くと即ネタバレになってしまう作品。
ミステリーといいつつ、冴えた謎解きもなく読後の爽快感とは無縁。加害者が起こす犯罪やそのさいの心理描写は正直不快なもの。被害者の家族の心情は痛ましいの一言に尽きます。そして被害者の家族のとった行為の結果に便乗していく世間。便乗していく世間が最も醜悪だし恐ろしい。

 もうやめよう。 

 亡くなった方のためにただ祈る夜にしよう。
 
 




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2018年11月11日 18:15

 どうも法務ネタがまとまらないので、最近読んだミステリー・サスペンスもののメモ。

 15歳、中学3年生の頃の記憶。思い出すこともわずか。40年近くも経過すれば無理もないのですが、とにかくクラス全体の空気が嫌で、早く高校受験を終わらせて学校とおさらばしたいと思っていたことだけを覚えています。自分の心持ち次第でもしかしたら楽しいことも苦しいことも同級生同士で共有できたかもしれないと、ふとそんな気持ちになったのは沢村鐡「雨の鎮魂歌」(中公文庫)を読んだから。

 沢村鐡というと正体不明のバイオテクノロジーと警察組織の闇を絡めた「クラン」シリーズを読んでいたのですが、今作は20年近く前に発刊された作者のデビュー作の加筆修正版ということで手にとってみました。
 主人公は北日本のある町の中学3年生。同級生であり友人の生徒会長の死の真相をたどっていくというのがストーリーの骨子。中学3年生が同級生の死の真相に迫っていくという点では宮部みゆきの「ソロモンの偽証」と共通していますが、「ソロモン」が東京の住宅地と学校が舞台で、周囲の大人を巻き込みながら中学生による「校内法廷」という「静」の世界に展開したのに対し、こちらは「大人のなりかけになろうとしている」事情(恋愛、進学など)と「町の大人の事情」(暴力、犯罪を含む)とが複雑に絡み、汗やら血の匂いが常に作品内に漂っています。
 主人公たちが肉体的にも精神的にも傷つきながら真相に迫っていく姿に、自分が中学3年生の頃にここまでの熱さや狂おしさがあっただろうかと、大変眩しい思いでページを繰ったのでした。
 
 興味がありましたら是非。

 巻末の作者の謝辞に、加筆修正して改めて世に出した心情がにじんでいます。
 


 

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