企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

過去記事


正しい「会社の売られ方」1

「君たちの会社は、当社連結経営から外れてもらいます。今後は別の資本の下で事業を行ってもらいます」

2007年の秋のある日。
親会社の社長が重要な話があるので、と当社取締役や幹部の一部を会社の会議室に集めました。
「あまり時間がないので20分ほどで説明します」と前置きしたあと、本当に簡潔に用件を伝えていただきました。
その瞬間ほとんどの取締役、幹部はあっけにとられた表情をしていました。

法務に異動して10カ月目。これが僕の法務マン人生迷走の本格的スタートの瞬間。
企業買収だとか事業譲渡とか組織再編など会社法務関係の本では読んでいましたよ。ただ、すぐにそのような事態が自分の身にふりかかるとは思っていませんでした。
しかも「売却される立場」で。                            (不定期に続く)

正しい会社の売られ方 2

法務とはあまり関係ありませんが、まあ背景として。

会社(または事業部門)が売却されるには、当然相応の理由があります。
次の場合に該当する場合は、まず間違いなく売却検討の俎上にあると考えていいでしょう。
 (1)会社、企業グループの戦略上ノンコア事業に位置付けられた
 (2)会社、企業グループとの取引上シナジー効果がない
 (3)不振事業

で、勤務先の場合、当時見事に3つに該当していたのです。
証券アナリストによる親会社のレポートには必ず「●部門をいつまでグループ内におくのか」
と勤務先が連結グループ内にあることがネガティブ要因であると書かれていました。
正直読むのが辛かったですね。
しかし、親会社はグローバル企業でしたから、特に海外の投資家から社長やIR担当にはもっと容赦のない質問が投げかけられていたことだろうと、今の自分なら想像できます。

でも、こちら側は「子会社とはいえ元は親会社の事業部門*1で、同じ釜の飯をくっていた仲間」「売上規模は決して小さくない」などと経営陣に限らず、ほとんどの従業員はそう思っていました。親会社はいつまでも「親」のような存在、「資本の出し手」とは思っていなかったのです。
まさか突然「資本の理屈」を持ち出してくるとは!そんな感じでした。完全に見誤りです。

では、何の予兆もなかったかというと、実はそうではないのです。
たとえば
当時人事や経理部門の人員は親会社からの出向者が占めていました。
その中でも本社風を吹かさず、実直に業務を行う優秀な若手スタッフから順に親会社に戻って行きました。
当時自分はまだ営業部門にいましたが「おかしいなー、なんかあるなー」と思っていました。
あとで親会社から転属してきた役員にきくと売り払う会社に親会社側の将来ある若手スタッフ*2を置いておく理由はなかったから、ということでした。
なんと正直でわかりやすい..

この文章を読んだ方が、上記のような状況におかれていないことをお祈りいたします。


*1:2001年の商法改正施行にあわせて事業部門を分社されました。
 まあ、このあたりから伏線があったというか。
*2:当然全員が戻ったわけではありません。自分のように元々事業部門に
 所属していて転籍した人間は思い切ることもできますが、親会社に出向
 復帰できずこちらに残されてしまったスタッフには少しばかり同情します。

正しい会社の売られ方 3の1

「あなた、会社で何かやったの?」「え、なんで?」「家の前に新聞記者がずっといるんだけど」

冒頭は出張先から東京に戻る途中の社長と奥様の電話のやりとり
親会社が当社売却の基本合意締結公表前夜。
一部メディアが今回の売却話をききつけ、親会社の社長や売却対象の当社の社長の談話を取りに文字通り自宅に夜討をかけてきたわけです。
ま、リークがつきもの、ですからね

1.で書いたとおり、親会社社長からあっさり通告されたあと、自分がやることといえば、親会社の法務と広報とコンタクトを取り、直近の作業諸々の工程をすり合わせることでした。親会社(上場企業)第2四半期決算開示日に合わせて当社売却に関するプレスリリースを行うこと、基本合意締結ののち、年末までに株式譲渡契約締結まで一気に詰めること、などを確認。とりあえず親会社広報とリリース後の想定問答作成にかかりました。公表まで残すところ10日ほどでしたからね。
当社の販売先、取引先、そして何より従業員にとって寝耳に水、な話ですから、親会社の視点だけで作成されたリリースや想定問答だけでは十分とは思えなかったし、その点、広報は理解してくれていました。(とはいえ、売却される会社の意思で回答できる範囲は非常に狭かった)
「公表日」2日ぐらい前、親会社のプレスリリースは四半期開示日同日、大引け後、と正式決定したのを受け、「公表日」の朝9時に役員、工場長、子会社社長、本社部課長を「緊急会議」として招集したり、公表後の販売先、取引先、官公庁、業界団体などへの通知方法などばたばた段取りしているうちにあっというまに「公表日」前夜。
当時の上司と「もー、あとは明日!」などと軽く呑んで帰宅したのが夜10時過ぎ。

すると上司から携帯に着信アリ..でてみると
「明日●●放送に抜かれるかもしれない」
         (この項つづく)

正しい会社の売られ方 3の2

「予想外のサプライズ」

用意万端整えたはずが、直前でスクープとして抜かれたときの敗北感、脱力感。
前日というか公表当日の深夜、携帯で連絡をとりあった結果、記事と放送は止められないとわかったのが2時前だったでしょうか。

朝6時台のTVニュースで「●●(親会社)、不振の●事業から撤退」と流れました。何も知らない社員が受けた衝撃はすごいものだったと思います。親会社からみれば撤退なので間違いではないのですが、当社が事業停止するわけではないのでこの扱われ方はひどいなと思いましたが、もうどうにもなりません。
朝の「緊急会議」を含めてすべての段取りを変更、本社で急遽朝礼を開き、外部からの問い合わせは窓口を広報(自分と上司)に集約することを周知したあと、官庁、業界団体等への報告のアポイントを取って、午後から何箇所か報告に廻りました。そういえば、その日は冷たい雨の日でしたね。

夕方、社に戻り親会社の株価をみたところ、ストップ高となっていました。もともと四半期決算の内容がよかったことに加えて、不振事業の売却話が具体化したことが「予想外のサプライズ」として市場に好感云々というコメントがありました。
当社の存在がいかにネガティブ要因だったのかを株価という形で思い知らされ、情けないやら、悔しいやら、唇をかみしめるよりありませんでした。

この日から1週間ほどのちに、売却に向けての作業が本格的に始まりました。
デューデリジェンスです。(不定期につづく)

正しい会社の売られ方 4の1 

法務らしい話に戻します。

 勤務先売却の概要をざっくり表すと、こんなところ。
  売主:親会社(東証1部製造業)
  買主候補:投資ファンド
  対象会社:勤務先
  投資ファンドの買収スキーム:
   ファンドが設立するSPCを利用したLBO
 
 投資ファンドへの売却というと、2007年当時は「ハゲタカ」のイメージが付き纏ったのと、同業の企業で外資の「ものいう株主」との応酬が始まった頃だったと思います。幹部の間にも少なからず動揺があったので、さっそく定例会議に投資ファンドのパートナーがやってきました。そしていわゆる「ハゲタカ」ではないこと、投資先企業とともに企業再生に向けて汗をかくつもりだなどと説明し、企業再生のプロセスについてプレゼンを行いました。それをきいて動揺していた事業部門や営業部門の幹部や中間管理職も少しは落ち着いたようですが、こちらは株式譲渡契約締結に向けた作業のほうに関心がありプレゼンに対しては正直「ふーん」という程度の感想。
 その作業とは、そうです、デューデリジェンス対応です。
 
 企業提携や買収などの実績のある企業ならともかく、40年余も企業の一部門に過ぎなかったので、経営陣ですら「デューデリって何?何されるの?」という反応。(自分もそうでした)親会社の法務に訊くのも癪なので、参考になる書籍はないか本屋にかけこみました。
 売却(買収)が決まった企業の法務担当者はどのような対応をすればよいのか、と探してみたのですがありませんでした。(まあ当然ですね)あと数日で読み切り、そこそこ理解できそうな書籍を探したところ、ありました。中央経済社の「M&Aを成功に導く 法務デューデリジェンスの実務」。買収の立場側の内容ですが仕方がありません。即買いで読みました。 将来を思い、何回もため息がでました。

 そしてデューデリのキックオフの日を迎えたのです。(続く)
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