リコール

2012年06月05日 01:11

 本来なら「正しい会社の売られ方」を書きすすめたいのですが、5月12日の「番外」で書いたとおり大きな動きがありまして、今後の内容や進行を少し再考することにしました。

 そこで、BLJ7月号で特集企画「クライシス・マネジメント」が組まれたことを受けて、多少悩みは残しつつも5年前に僕が経験したリコール対応について、何回かに分けて書き残そうと思います。
   
 5年も経過すると当時リコール対応に関わった人間も異動や定年退職やらで次々と職場を去り、当時を知る人間は僕を入れてほんの数名となりました。たぶん共同でリコールを実施した他の企業も同様でしょう。
 リコール実施後の製品対策の実施率は、ほぼ100%達成が見えてきています。リコール実施が功を奏した、という見方もできるかもしれません。
 
 しかしそんな見方はできない事情があります。なぜなら勤務先が2件の死亡事故を発生させた事実と、そのうちの1件を長い間埋もれさせてしまっていた失態があるからです。下手をすれば、ガス給湯器メーカーの二の舞になる可能性もあったのです。この危機を回避するために、どれだけの時間を費やしたか。
 5年経過するのを契機に薄れていく自分の記憶を整理するのと、もしこんな体験でも今後のリスクマネジメントに多少なりとも役立てば幸いと思います。


*注記
前述の2件の死亡事故のうち1件の埋もれていた事故については、2006年7月初旬に行った業界団体共同のリコール記者会見の場で公表して謝罪を行いました。このことはTV、新聞等により報道されています。

また今後本件について書く内容は個人的見解であり、勤務先企業の見解を述べるものではないことを予めお断りさせていただきます。
 


 


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2012年06月08日 06:00

【衝撃】

「まさかこんな事が!」「そんなバカな!」ということが起きたとき、人はまずどのようなリアクションを取るでしょうか。
落ち着いて、次々と打ち手を講じることができるでしょうか。法務パーソンとして経営陣に適切な働きかけができるでしょうか。

5年前の6月。
行政当局の指導(怒りか..)のもと、業界団体で共同製品リコールの準備を行っている最中にそれは起こりました。
リコールを実施するにあたり、まず行政当局がプレスリリースを行うということで、対象製品の総出荷台数、その時点での回収率について精査を重ねていました。なんといっても中央省庁が行うリリース内容に間違いがあってはならないからです。

10数年前(1990年代前半)の過去の書類をほじくりかえしていたところ、「昨年、(製品が原因と思われる)火事で死亡事故があったと建物オーナーからきいた」という一文がある書類が見つかりました。
すぐさまその情報はリコール対策の事務局に届いたのですが、ベテラン社員含めてその「死亡事故情報」については初耳でした。またその書類以外、その「死亡事故」に関するものを見つけることはできませんでした。

つまり
・伝聞情報である「死亡事故」の事実確認を行っていない。
・事実確認を行っていないため、事故当時の法令に従った行政当局への「事故報告」を行っていない。
・事故が事実であれば過去の時点において法令違反(事故未報告)を犯している
・事故原因が製品にあるかは別として、亡くなられた方とご遺族への対応をとっていない
と考えざるをえませんでした。

おりしもP工業やM電器産業の不祥事・製品事故が話題になっていた時期です。

文字通り「衝撃」でした。

この情報をどのように業界団体や行政当局に伝えるか、今からどのような対応をとるべきなのか、苦悶の日々が始まりました。


*注:繰り返しお断りしますが、本件は経緯を含めて共同リコール記者会見で公表しています。エントリーの内容は過去の不祥事の内幕を暴露するものではありません。


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2012年06月12日 23:59

 【経緯・背景】
 リコール実施に至るまでの経緯について。さすがに少しぼやかしますので、少し判りにくいかもしれませんがご容赦を。

1.対象製品
部品(機器)とこれを組み込んだ最終製品(設備機器)

2.販売期間
1970年代終盤から1988年に製造販売された1.の製品
出荷のピークは1980年代中盤。バブル期と重なります。
この製品は同業者の多くが手掛けており、1.のタイプだけで
総出荷台数は50万台超。

3.製品事故
1988年 火災事故。報道記事になる。
1992年 火災による死亡事故(←勤務先の製品)
ただ火災の原因は使用者の不注意による誤作動、誤使用と判断。
この時点では製品起因(設計上の瑕疵)による事故ではない
とされたためリコールに至らず。

4.対応
勤務先は当時の法令に従って監督官庁(通産省・当時)に事故報告届出。
この頃から勤務先だけでなく同業者製品においても同様の火災事故が発生。
製品起因ではないまでも(使用者の不注意による誤作動・誤使用)、同様の事故が発生している以上対策をとることとなりました。
最終製品製造メーカーの多くは同じメーカーの部品(機器)もしくはほぼ同様の構造の部品(機器)を組み込んでいたため、部品メーカーと同業者で構成するメーカー団体等協議のうえ、販売済製品向けの改良部品を準備。メーカー団体としての自主改修活動を行政機関や関連団体の協力を得ながら開始しました。これが1988年末頃の話です。
その頃僕は駆け出しの営業マンだったのですが、納入先リストなどを作成させられたことを憶えています。
なお1989年からは部品(機器)を使用者の不注意・誤使用があっても事故が発生しにくい構造に変更、以降マイナーチェンジを繰り返しながらも勤務先を含む同業者数社は当該最終製品を今も製造販売しています。

5.くすぶり続けた問題
さて最初の死亡事故発生から19年経てからのリコール実施という異例の事態を迎えたわけですが、当初からくすぶり続けた問題は、本件事故の原因と責任は部品(機器)メーカー側にあるのか、その機器を組み込んだ最終製品メーカー側にあるのか、という点です。
双方の主張は当時から平行線をたどっていたようで、2007年6月にリコール実施協議に至っても変わっていませんでした。
両者の意見が一致していたのは、事故の直接的な原因は使用者の不注意・誤使用である、という点でした。

5.のような問題は、特にアセンブル製品の多いメーカーでは多かれ少なかれ抱えているリスクではないかと思います。
リコール後に使用者から損害賠償請求がある場合は、まず最終製品メーカーがうけざるを得ないのですが、部品(機器)メーカーへの求償可否は金銭面で無視できない問題となります。(実際、なりました)

どうも、ぼかしきれていませんね  (続く)


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2012年06月14日 23:47

つづきです

【潮目】

 BLJ7月号の特集「クライシス・マネジメント」の中で郷原弁護士が行政当局の動きについて言及されています。
今回取上げているリコール実施は2007年ですが、このときがどういう時期だったかというと...

 2000年代半ばというのは製品事故や企業コンプライアンスの事例で必ず挙がるP工業の湯沸器不正な修理方法での死亡事故、M電器産業のFF式(室内設置型)石油温風器の製品欠陥、シュレッダーでの指切断事故が立て続けに発生し、製品事故とその企業対応が何かと問題になった時期です。製造業の監督官庁としての経産省、特に製品安全に関連する部署は非常に追い込まれていた時期ではないかと推察します。

 このような状況に対する経産省の打ち手がまず2006年12月の消費生活用品安全法(「消安法」)改正(2007年5月施行)です。

 改正のポイントは重大な製品事故(火災、人身事故)が発生した場合の製造事業者、輸入事業者に対して主務大臣への報告義務を課したのと、主務大臣による公表制度を設けたことです。これは重大な製品事故をすみやかに開示して周知することで事故の続発を防ぐという点で理にかなったものと思いますが、これは経産省が企業のためだけの役所ではなく、《ユーザーのための役所、ユーザーの安全のために尽力する役所》に軸足を移し始めたことを表明した法改正だと思います。(もちろん正論ですよ)一方で当時この舵の切り方を性急に感じたのも正直なところです。
経産省のなかは業種別に所管部門がありますが、こと製品重大事故に関しては製品安全課が仕切る形になりました。製品事故は必ず報告させる、毎週火・金曜日に製品事故(製造者・製品名・事故の内容)はプレスリリースする、これは見事に徹底されました。

 改正消安法施行日は2007年5月14日でした。
この直後に、本リコールを実施せざるをえない事件が起こったのです。


 


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2012年06月19日 22:46

つづきです

【急転】

「リコールさせる」「業界をあげて改修率100%を実現させる」「TVCMも実施させる」
正確かどうかもう自信がありませんが、時の主務大臣が国会において、野党からの質問にこのような主旨の答弁をした時点で、業界全体の運命は決まりました。

 おりもおり、ある機器メーカー製品(自主改修中)で火災事故が発生してしまったのですが、そのときのメーカー側の対応に不満をもった関係者が、某党機関紙に投書。そこでこの製品事故(当時はまだ「使用者側の不注意・誤使用)の状況が知れました。ちょうど国会の時期にあたったため、格好の与党の攻撃ネタになったのでしょう。監督官庁である経産省の事務次官、そして大臣に矛先が向かったのです。つまり20年近くも自主改修などといっているが、類似の事故の件数からいえば製品欠陥ではないか、監督官庁としての責任をどう考えているのか...このような論調で追及されたわけです。

 改正消安法を施行させたばかりの経産省は、「製品安全」「消費者保護」の立場から業界になたをふるうよりありません。なんといってもメーカーの失態により大臣に答弁させてしまったのですから、所管部門の課長(キャリア)の怒りはただ事ではありません。
 「過去に溯って製品欠陥を認めよ」「リコールを実施しろ」「これまでの改修の進捗の遅いメーカーはリコールCMをうて」
最終製品メーカー側も機器メーカー側もそれぞれ言い分はあるにしろ、もはや経産省の命令に従うよりありませんでした。

 そして、「改修の進捗の遅いメーカー」の1社が勤務先だったのです。非常に重い課題を負わされました。(まだこの時点(5月末)ではリコールCMの実施はなんとか避けようとしていましたが)

 とはいえ即日リコールというわけではありません。
国会答弁にまでなったこの案件については、最終的に経産省が記者発表したのち、同日メーカー団体がリコール実施、記者会見実施というフローとなりました。
 経産省が発表する以上、対象製品の総出荷台数、改修済台数とその結果としての進捗率、事故があった場合はその件数を正確なものにしなければなりません。そこで5月末時点で最終製品メーカー、機器メーカーとも数値の洗い出しにかかりました。またリコールを行う主体についてメーカー間での協議が開始されました。

 リコール会見が終わり、経産省の所管と落ち着いて話せるようになった頃、「あの大臣答弁がなければね、厳しい指導はするにしても、ここまで騒ぎ立てることはなかった。あそこ(国会)までいったら、悪いけど君らを叩かざるをえない」とぽつりといわれました。
 
 行政の面子をつぶしたらまずい、ということはあるのです(教訓)
                                                                    つづく


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