企業法務マン迷走記2

 大船ならぬ「酔っぱらった船」に乗ったかのような企業法務担当者の日常

リコール


リコール 一番長かった6月 6

 つづきです。

【葛藤(1)】

 メーカー団体による共同リコールという方向が決定したところで、リコールの主体となる協議会の発足や広報体制づくりが始まるのですが、それはひとまず横に置きます。

 本篇2で書いたように、新たに発足した協議会と加盟した企業で共同リコールに向けて改めて対象製品の総出荷台数、改修済み台数、事故件数の報告と詳細確認が開始されました。実際、最初の事故の発生から20年もの年月が経過しており、再確認作業というのはけっこうな労度です。20年も経てば製造、出荷、販売それぞれの業務に関わった人間も異動なり退職なりしていますし、在籍していたとしても記憶もおぼろげになっています。
 またこの作業の中で、各企業間で微妙に「製品事故」の定義が異なっており、最終数値がまとまるまでの間何回か議論となりその都度数値を見直すことになりました。(注:けっして「事故」認定の基準を甘くしたということではありません)

 本篇2で書いたように、この作業のなかで6月第2週に発見された勤務先の「報告されていない1件の人身事故」の情報ほど協議会内を困惑させたものはありません。「なぜ今頃そんな話がでてくるのか」「いまさら..」などという声があがったのも無理はありません。また機器メーカーからは、社内情報管理体制について厳しく追及されました。もともと機器メーカー側は、過去の自主改修活動を含めてユーザーに対する責任は最終製品メーカー側にある、というスタンスにありましたから、機器メーカー側への報告直後の協議では、先方のCSR部門長から辛辣な言葉を浴びせかけられました。(あとからその会社の広報室長に慰められたほどです)当然我々に反論の余地はありません。

 メモ発見後、即座に親会社(当時の)法務にも報告、そのまま親会社の顧問法律事務所に今後の対応について相談しました。対応といってもひとつしかありません。この「報告されていない人身事故」の公表についてです。

 答えはいうまでもありません。しかし、こういうときに悪魔のささやきをきいてしまう人もいます。
「事故直後から現在に至るまで、被害者の家族から当社に対して何のアクションもないじゃないか」「寝た子を起こさなくても」
「もう時効だよ(時効じゃありませんが) 」

 さいわい(という言い方も変ですが)、当時の事業部門長は「公表する」という意思を固めていたのですが、経産省と協議会とで枠組みを作ってきた共同リコールとの関わりをどうするか、ということが課題となったのです。  
                                                                      つづく 

 

リコール 一番長かった6月 8

つづきです。
 
【変転】

 所轄消防署に事故詳細の確認を依頼したものの、そこはやはりすぐに回答が頂けるものではありませんでした。日はじりじりと過ぎていきます。

 一方で、リコール公表&会見の最終調整に入っていました。機器メーカー側に大手上場企業が多く、定時株主総会の日程が迫っていましたが、さすがの経産省もここは配慮したのでしょう、リコール公表と会見は7月初旬で落ち着こうとしていました。
 そこで念には念を入れての公表数値の最終確認にはいったところで、ある機器メーカーの製品(リコール対象製品には入っていなかったが用途が同じもの)にも、似たような製品事故が多発していることと、販売先の把握や回収状況が低い水準であることが明らかになったのです。経産省からは当然この際その製品についても同時に公表せよ、という指示です。
 
 どのような会見ストーリーにするか、協議会内での協議を重ねました。

 結局、件の人身事故については、会見の日までに所轄消防署の確認がとれない場合は公表を控えざるをえないという判断になりました。そしてまず事故があったことが明確な「報告済みの人身事故」について、「ユーザーの誤使用」ではなく「製品設計上の瑕疵があったこと」を認め、公表、謝罪を会見の場で行うこと、前述の機器メーカーの別の製品事故についても同じ会見の場で公表する、このような流れで会見原稿の練り直すことになったのです。

 この時点でカレンダー上では6月は終わりを迎えていました。
しかしこのままずっと月が変わらないのではないか、そんな思いにとらわれていました。

 次回はリコールCMについて少し触れておきます。

リコール 一番長かった6月 9

 つづきです

【リコールCM】
 
 2006~07年頃というのは湯沸し器メーカーや電器メーカーをはじめいろいろな企業が「お客様への重要なお知らせ」といったTVCMが放映されていた時期です。覚えていませんか?

 人身事故を発生させていること、改修率が低いことを考えれば、経産省の命令には従わざるをえず、また国会での大臣が「リコールCMを実施させる」と答弁している以上、実施しないことには行政側もメディア等に対する示しがつかないという状況だったと思います。
 協議会が正式に発足し、勤務先の二件目の事故例が発見されたときは6月下旬に入っていました。経産省にリコールCMを実施すると回答するには、実施時期とCMの放映量をある程度押さえておく必要がありました。
 年間または半年単位のTVCMのタイム枠(特定のチャンネル、提供時間枠)をもっているような企業であれば、その枠の中で通常のCMから、リコールCMに素材を切り替えてしまえばそれで済むのですが、あいにく勤務先はタイム枠をもっていません。
 単発枠(スポット枠)を押さえるのが課題でした。

 巡り合わせというのかなんというのか、僕は法務に異動する前は販促部門にいたので、その時のつてで広告代理店に連絡をとり、7月のスポット枠を押さえることを依頼しました。といっても、一方で資金にも限界があるので、投下量として700~800GRP(1日のうち朝から夕方8時までの間、1時間に1回はどこかのチャンネルで流れる程度)の確保です。
 頭の痛いことに法令や行政の命によるCMであっても、TV局は無料で放映してくれるわけではありません。さらに(これは新聞広告でも同じなのですが)リコールの際は料金が上乗せされてしまうのです。(そもそも予定していた広告主にどいてもらうから、という理由のようですが?)
 どうにも合点がいかない点です。最近は広告料のダンピング提案も珍しくありませんが、リコールの場合はどうなのでしょう。

 それはともかく、リコールという目的もあってか代理店の営業マンが頑張ってくれたのか7月中旬から2週間のスポット枠を押さえることができました。経産省に時期と放映量の目安を報告を行いましたが、また放映量が少ないの何のといわれるかと思いましたが、CMを実施するということで何かほっとされたような印象を受けました。
 やはり大臣答弁の内容を実行させることができたという安堵感だったのかもしれません。
行政も現場は現場なりの苦労があるのだと思いました。

次回もリコールCMのつづきです。

リコール 一番長かった6月 10

 ぼやっとしているうちに7月下旬にさしかかってしまいました。

【リコールCM】

TV放映枠がとれたところで、次は素材(CM放映する画像、動画)づくりです。
当時はP工業やM電器産業がリコールCMを多量に投下していた時期です。特にM電器産業は、石油ファンヒーターの事故の初期対応で評判を落としたあと、リコールCMの大量投下と対象製品の買取による回収で一気に評判を挽回していました。そのリコールCMはD社やH社が関わっているのですが、広告代理店では既にそのパターンが「成功パターン」として商品化(?)されていました。コンテの打ち合わせでは「P工業パターンとM電器パターンとどちらにしますか」といったプレゼンでしたから。15秒または30秒で「大切なお知らせ」で「事故の危険性」と「フリーダイヤル」そしてなにより「お詫び」を伝えなければならないのですが、確かによくできているものだと苦笑交じりに感心したものです。

リコールCMは記者会見のあと、7月中旬から下旬にかけて2週間、全国で都合3900回弱放映されました。
効果はというと、やはりコールセンターへの入電は確実に増え(CM放映に備えて増員していましたが)、8月までの1ヶ月半で捕捉率をかなり上げることができました。TVCMの力は侮れないものだと実感しました。(今はちょっと疑問ですが)

それにひきかえ、新聞紙上でのリコール広告はかけた費用の割には、という状況でした。なぜなら改正消安法施行のあと、やたらとリコールなり製品自主回収の広告が増え、それこそ社会面の半分はリコール広告で埋まる日もあったぐらいですから「埋もれてしまった」「印象に残らない」状況になってしまったわけです。全国紙や有力地方紙全部に掲載すれば最低でも数千万円かかるのですが、捨て金のようなものになっていました。

さて、TVでのリコールCM費用はというと、素材制作費、15秒スポット、約3900回放映で大体1億8千万円強でした。在京キー局4社分だけで1億円前後と記憶しています。
ひとたび重大製品事故を発生させリコール実施となると、周知するためだけでも巨額の費用がかかります。実際、ある中小機器メーカーが製品事故を発生させ法令に基づきリコールを実施、新聞に広告掲載したものの、その時点で資金が尽き倒産してしまった例がありました。ユーザーは置き去りです。

今はWebやSNSがあるだろうといわれるかもしれませんが、リコールは早期に周知徹底しなければならず、どれかひとつのメディアだけでは不特定多数のユーザーに周知できません。TV、ラジオ、新聞など複数のメディアを活用しなければならないのですが、それには上記のとおり多額の広告費用がかかります。

ひとたび重大製品事故を発生させたら企業はどうなるのか、重い教訓となりました。

次回は記者会見について、です。今月中に終わらせないと。

リコール 一番長かった6月 11

【記者会見1】

 紆余曲折はあったものの、協議会での共同リコール記者会見に一本化され記者会見の準備に入るのですが、当時は危機の際の記者会見といえば某証券会社廃業会見の際に泣き出してしまった社長の姿や社長の「寝ていないんだ」という声を拾われてしまい、ぼろぼろになっていった乳業メーカーの記者会見のイメージがまだ強く残っていた時期です。従来「使用者の誤使用が原因」と主張してきたものを方向転換して「製品設計上の配慮不足」を認める、しかも重大人身事故が発生していた..という内容は、こういう言い方は適切ではないかもしれませんが、下手をすれば記者の格好の標的となってしまいます。
 しかし一方でニュースなり新聞記事で適切な形で取り上げてもらえないと、リコール会見の本来の目的である情報周知と回収・改修の促進が進みません。いかに過剰な反応を起こさせないでこちらの意図を確実に電波なり活字にしてもらうか、記者会見原稿と想定問答の作り込みと何より会見そのものの運営、会見する人間の表現力にかかっていました。

 会見の構成は、「製品改修取組の加速化」と銘打ち、新たに協議会を発足させること、協議会加盟会社による改修促進体制を再整備したこと、過去の事故は製品に起因することを認め謝罪するというもので、そのなかで勤務先の過去の重大人身事故(消防署に確認中のものではない、1件目の事故)について個別説明を行う形にしました。

 当事者である勤務先の社長がその説明を行うのですが、いわば会見のヤマ場になる部分、ここで火がついたらあとは炎上するだけというパートなので、原稿の練り込みだけでなくメディアトレーニングも急遽受けてもらいました。
 スーツ、シャツ、ネクタイの色柄、腕時計その他身につけるものに関する注意から始まり、会見のロールプレイング、会見中の仕草などすべて厳しくダメだしをされました。(あとできいたら社長は急遽スーツを仕立てたとのこと)
 どう考えても記者会見当日の記者の質問よりも親会社の法務部長や広報部長をはじめとする我々の質問のほうが辛辣でしたが、それがかえってよかったのだと思います。

 会見前日の深夜まで協議会で記者会見原稿の確認や会見の段取りを確認しました。いくらやっても十分ということはないかもしれませんが、僕は皆で1ヶ月さんざん苦しんで準備してきたのだから悪いようにはならないだろうと変な自信をもっていました。(自分が持ったところで仕方がないのですが)

 さてリンクは当時記者会見の準備を行うにあたって急いで読んだ本です。5年前の本ですが、危機管理広報の本質がかわっているわけではありませんので、関心のある方は平時のうちに読むことをお勧めします。

 次回も記者会見のつづきです


その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際その「記者会見」間違ってます!―「危機管理広報」の実際
(2007/02)
中島 茂

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